その39
星川合衆国海軍 原子力航空母艦<カール・ビンソン>(CVN-70)ブルー・ドラゴン司令部
「我々が気になっていた対空火器は全て排除しました。第1段階完了です」航空幕僚の言葉に高須大佐も同意の頷きをした。
TARPSで撮影した写真と、シールズから送られてきた通信文を手に持った岸本中将は「続けよう。開店だ」と命じた。
航空幕僚は、手に持つマイクのスイッチを押して岸本中将の命令を“トング・ノベンバー02”に乗る榎本中佐に伝えた。「定時開店! 繰り返す。定時開店」
星川合衆国海軍 VAW-114 E-2D“トング・ノベンバー02”
命令を受領した榎本中佐は、無線機のマイクスイッチを踏んだ。「オール・ブルードラゴン・フライト、ストア・マスター 定時開店 アイ・セイ・アゲイン 定時開店」
榎本中佐は、MDFに表示されるシンボルが徐々にホルモン・スモークに向かっていくのを目で追った。
星川合衆国空軍 “チョップスティック・フライト”
“チョップスティック・アルファ・フライト” 一番機のMC-130Jが、ホルモン・スモーク南側にある水田の中にポツンと立つ赤い屋根の倉庫上空を通り過ぎた。
“チョップスティック・フライト”のIPであるその家を過ぎれば降下まであと3分。
「IP通過。5秒の進み」徳永中佐の右に座る副操縦士が計画の時間より5秒早くIPを通過したことを報告した。
「ラジャー」徳永中佐は右手に握るスロットルを微妙に操作しながら、速度を調節した。
キャビンでは、すでに降下準備ができていた。レンジャー達はキャビンの右側と左側に一列で並び、キャビンの前から後ろに張られた繋止ワイヤーにフックで架けた黄色いスタティック・ラインを持って降下を待っていた。
キャビン後部のドアは左右とも開け放たれ、左右それぞれのドアでは、ジャンプ・マスターを務める軍曹が、スタティック・ラインを引きちぎる可能性のあるドア付近の突起物などがないかを確認した。
ジャンプ・マスターは、隣で降下を待つアルファ中隊長・上沼大尉に親指をあげて異常がないことを知らせると、ホルモン・スモークの建物を探そうと身を乗り出した。
そこに単発のプロペラ機が、彼の横約30センチのところに現れた。酒匂海軍空母<瑞鶴>飛行隊の艦上攻撃機・流星改二 12機からなる“スパイシーソース”編隊である。
事前に知らされていたジャンプ・マスターは、すぐに酒匂の攻撃機だとわかった。
ジャンプ・マスターは一瞬見とれた。12機ともなるとさすがに壮観で、力強く感じたジャンプ・マスターは「頼みますよ、酒匂さんよ」と言って手を振った。
“スパイシーソース”は、レンジャーが最も脆弱になる降下から集結までの間、香貫軍を制圧する任務を与えられていた。
カーゴマスターから降下開始1分前の知らせを聞いたジャンプ・マスターは、人差し指を高くあげ「1分前!」と怒鳴った。
「1分前!」上沼大尉はそう復唱しながら、反対側のドアで最初に降下する中隊最先任下士官“トップ”・大谷先任曹長を見た。
二人は目が合うとお互いに親指をあげて頷きあった。ただ、暗い色のドーランを塗った顔からは、表情まではわからなかった。
その上空を、攻撃に向かうF-14DとF/A-18Fが彼らを追い越していった。
R38基地(ホルモン・スモーク) 星川海軍 F-14D、F/A-18F
最初にR38基地内部に侵入したのは、VF―51のF-14Dだった。能力一杯まで加速した1機のF-14Dは、自衛用のAIM-9X2発と、室内射出用フレアを満載したディスペンサーを腹に抱えただけの身軽な装備をしていた。
全速力のF-14Dは、突然廊下に進入し、あっという間に離脱した。後には無数のフレアが廊下を赤白く照らしているだけだった。あまりの速さに廊下中央部に配置された唯一の生き残りとなる9K35と4箇所の対空機関砲陣地は対応できなかった。
続いて4機のF/A-18Fが一列になって進入した。F-14Dが放った大量のフレアが廊下の空間に漂っているその上から、CBU-87クラスター爆弾の雨を降らせた。
CBU-87は、1両の9K35と4箇所の対空機関砲陣地周辺に集中して落とされた。
これで大掛かりな対空火器を無力化したが、2番目に進入したF/A-18Fは、無力化される前に発射された対空機関砲の57mm弾にやられてガクンと機首を下げると、そのまま廊下の滑走路に激突した。
滑走路上空には、滑走路に激突する直前に脱出した搭乗員のパラシュートが二つ漂った。
さらに、BLU-111地中貫通爆弾を腹に4発ずつ搭載した3機のF-14Dが進入した。
3機のF-14Dは、滑走路脇に並ぶ9箇所の掩体壕に向けてBLU-111を投下して飛び去った。その後ろを爆弾の直撃を免れて掩体壕から飛び出した空挺隊員により発射された4発の9K38“イグラ”携帯式防空ミサイルが追った。
3機のF-14Dは、ホルモン・スモークを離脱すると急旋回をおこなって建物の影に隠れた。このため、4発のうち、後に発射された3発のミサイルは、目標を見失って滑走路の延長線上をむなしく直進していった。だが、最初に発射されたミサイルは最後尾を飛行するF-14Dを追い続け、F-14Dが曳くデコイに見向きもせずにF-14Dの排気ノズルを目指した。
ミサイルが最後尾を飛行するF-14Dの3ミリ後方で爆発した。F-14Dは、ミサイルが爆発する寸前に急旋回したため直撃は免れたが、右水平尾翼と右エンジンの排気ノズルが破壊されて飛び散り、機体からちぎれた部品は地面に向けて落ちていった。
損傷が激しいF-14Dは空母への着艦が困難なため、酒匂の平塚コロニーに緊急着陸することになり、ヨロヨロと平塚に向け飛び去った。
3機のF-14Dが投下したBLU-111地中貫通爆弾の直撃によって、消しゴムのような9箇所の掩体壕のうち、6箇所の掩体壕を破壊した。残りの掩体壕に投下されたBLU-111は、わずかにそれてしまい軽微な損傷を与えただけだった。
R38基地(ホルモン・スモーク)南側 木に設置された監視所
和木空挺軍曹が気を失っていた時間は、わずか数秒だった。
和木空挺軍曹は、負傷していない右足と右手だけで立ち上がると、木の幹に深く刻まれた傷の底を、動かない左足を引きずって歩き始めた。すると、何かが足にぶつかった。足にぶつかったときの感触と音から、「もしや!」と思い、苦労してしゃがむと、足にぶつかった物を手に取った。
「これで復讐してやる」和木空挺軍曹は、暗くてよく見えないが手に取った感触から9K38“イグラ”携帯式防空ミサイルだとわかった。爆風によって監視所にあった9K38が偶然にも木の幹に深く刻まれた傷の底に落ちてきたのである。
和木空挺軍曹は、木の傷によってできた壁にもたれ掛かりながら9K38を操作して肩に担いだ。
和木空挺軍曹は再び意識を失いそうになっていた。それでも9K38がロックオンしたことを示す警報は認識できた。
和木空挺軍曹がトリガーを引くとミサイルが格納されたチューブから、細長いミサイルが飛び出した。
何にロックオンしてミサイルを発射したかは知らないが、ミサイルの発射に満足した和木空挺軍曹は、そのまま倒れると目を閉じた。そして二度と目を開けることはなかった。
星川合衆国空軍 “チョップスティック・フライト”
和木空挺軍曹がロックオンした航空機は、徳永中佐が操縦する“アルファ・フライト” リーダーのMC-130Jだった。
“アルファ・フライト” リーダーがホルモン・スモーク南側の木を通り過ぎようとしたときに発射されたミサイルは、徳永中佐がミサイル警報の警告音を聞いたのと同時に爆発した。
ミサイルは、MC-130Jの右側操縦席の下に直撃して、爆発しながら右側の操縦席を破壊して上に抜けていった。直撃というよりも、かすったという表現のほうが正確かもしれない。おかげで、操縦席にいる徳永中佐と、コンバットの命に別状はなかった。
ミサイルの犠牲になったのは副操縦士だけだったが、爆発の衝撃で上を向いたMC-130Jは上昇してしまい、この位置からでは目の前に迫るホルモン・スモーク2階に大きく開いた出入り口には入れない。このままでは屋根に激突してしまう。
徳永中佐は、爆発の衝撃で操縦系統に異常をきたし、重たくなった操縦桿を目一杯引いた。
MC-130Jは、なんとか屋根の上空に出た。
このままでは、いつ操縦系統がダメになるかわからん。ホルモン・スモーク内部への再侵入は不可能だ。その前に落ちる。「屋根の上だが降下! 降下! 降下!」徳永中佐は、とっさの判断で降下を命じた。
キャビンでは、爆発の衝撃とその後の急激な機首上げにもかかわらずレンジャー隊員たちが立ったままの姿勢を維持していた。自分たちが乗った輸送機が落ちそうだということは言われなくてもわかる。落ちる前に降下したい。そのためには倒れるわけにはいかない。身体の前と後ろに大量の装備を身につけているため、一度倒れれば再び起き上がるのに時間がかかる。レンジャー隊員は、スタティック・ラインと、航空機の隔壁をつかんで必死に身体を保持し、降下を待った。
カーゴマスターから降下の命令を聞いたジャンプ・マスターは、ドアから顔を出して飛行高度を判定した。これならいける。よし!「ゴー! ゴー! ゴー!」
先頭の上沼大尉に迷いはなかった。ジャンプ・マスターの合図を聞いた次の瞬間、上沼大尉は空中に身を投げていた。
全員の降下を確認した左右のジャンプ・マスターは、カーゴマスターに向けて親指を立てると降下していった。
「カーゴマスターの野郎、落ちる飛行機に残っているくせに冷静な奴だ」右のジャンプ・マスターは、ジャンプの瞬間そう思った。
ジャンプ・マスターは、スタティック・ラインがパラシュートを引き出し、引き出されたT-11パラシュートが広がって、ガクンと吊り上げられるような感触が伝わってはじめて降下目標を確認した。
真下は建物の屋根ではないが、この風なら流されて屋根にたどり着く。逆に強い風で屋根を通り過ぎるほうが心配だ。ジャンプ・マスターは、屋根の中央に降りられるように操縦性が向上した新型のT-11パラシュートを操作した。
先に降下したアルファ中隊の上沼大尉とアルファ中隊第1小隊のレンジャー隊員も、ホルモン・スモークの屋根に向けて降下していった。
強い北西風によってパラシュートは流されたが、きわどいところで全員が屋根の上に降り立つことができた。
R38基地(ホルモン・スモーク)屋根 星川合衆国陸軍 3/75Rangerアルファ中隊の一部
上沼大尉は、着地の瞬間、身体が覚えた着地姿勢をとり屋根の上を転がった。素早く膨らんだ落下傘を萎ませて立ち上がると、パラシュートを外して身軽になった上沼大尉は、ヘルメットにNVGを着けるとM4A1カービン銃を構えて周囲を見渡した。
そこでは、パラシュートを外したレンジャー隊員が続々と駆け出して集まってきている。その中心から、第1小隊長・桜井中尉の円形防御をとらせる大声が響いていた。
降下直後の最も無防備な状況は脱しつつある。だが、降り立った場所はホルモン・スモーク2階の滑走路ではなく屋根の上だ。
「さあ、これからどうする」
悩まずに一つずつ問題を解決していくんだ。まずは、人員の確認と周囲の偵察。そのあと2階に降りる算段を考えよう。上沼大尉はそう決断すると、完成しつつある円形防御の内部に向かった。
星川合衆国空軍 “チョップスティック・フライト”
“チョップスティック・アルファ・フライト”の2番機と3番機の操縦士は、編隊の隊形を維持するために、徳永中佐が操縦するリーダー機から目を離さずに操縦していた。
突然、リーダー機の機首付近で爆発が起こると、リーダー機は機首を上げて上昇をはじめた。最初は上昇を始めたリーダー機についていこうとした2番機の機長は、踏みとどまってホルモン・スモーク2階に侵入する高度を保った。
「アルファ3、アルファ2、アイム リーダー、侵入を続行する。続け!」2番機の機長は、リーダー機が被弾したため自らがリーダー機となってホルモン・スモーク2階に侵入する決断を3番機に伝えた。リーダー機に不測の事態があった場合、自動的に2番機が指揮を引き継ぐことは、事前に打ち合わせ済みだったのである。
特徴的な逆ガル・ウイングをもった艦上攻撃機・流星改二が、両翼に装備した20ミリ機銃を発射しながら飛行するその横を“チョップスティック・アルファ・フライト”は飛行し、ホルモン・スモーク内部に侵入した。
2番機の機長は、風向風速、飛行高度、速度、そして豊富な経験で養った勘からレンジャーを降下させるタイミングを計算した。今だ!
「降下!」機長の命令で、副操縦士は降下開始のグリーンライトを点灯させた。
3/75Rangerによるホルモン・スモーク内部への降下が始まった。
“チョップスティック・アルファ・フライト”の後方1メートルを飛ぶ“チョップスティック・ブラボー・フライト”さらにその後方1メートルを飛ぶ“チョップスティック・チャーリー・フライト”もホルモン・スモーク内部に侵入し、滑走路上空でレンジャー隊員を降下させ始めた。
R38基地(ホルモン・スモーク)2階 香貫公国R38基地守備隊 第9掩体壕
滑走路脇に作られた9箇所の掩体壕のうち、最も南側にある掩体壕が第9掩体壕だった。この大き目の消しゴムと同じ大きさの掩体壕には6名の戦略ロケット軍の基地警備兵が配置されていた。
急ごしらえとはいえ、頑丈なコンクリート・ブロックを積み重ねてできた掩体壕は、爆弾の直撃を受けない限り崩れることはなかった。それでも至近距離で爆発した爆弾の衝撃はすさまじく、3名が負傷した。
この掩体壕を指揮する高野軍曹は、このままで終わらせる気など毛頭なかった。高野軍曹と無傷だった二人の警備兵は、掩体壕の外に出ると掩体壕の壁に隠れて流星改二による機銃攻撃をやり過ごした。
「真ん中の輸送機を狙え……よし、今だ、撃て」二人の警備兵が9K38を放った。
2発のミサイルは、ちょうど一人目が降下を開始した“チョップスティック・チャーリー・フライト”のリーダー機に向かっていった。
2発のミサイルは白い煙を出して滑走路上空で花開くパラシュートの間を飛翔した。この2発のミサイルのうち1発は、降下するパラシュートの一つに当たった。パラシュートを突き破ったミサイルは、目標を見失って壁に激突したため問題なかったが、もう1発はリーダー機の右外側のエンジンを直撃した。
三人の警備兵は「やった」と思ったが、目標は依然パラシュートを吐き出し続けていた。
失敗か! と思った瞬間、攻撃したリーダー機の左側を飛行していた3番機の左主翼が廊下の壁と接触し、引っかかった主翼を支点にしてくるりと回ると機首を壁に激突させた。
そのまま滑走路に落ちた3番機は爆発した。
この光景を見た三人の警備兵は、なぜ攻撃していない左の輸送機が墜落したんだろうと顔を見合わせたが、流星改二による機銃攻撃の音が聞こえてきたため、急いで掩体壕の壁に隠れた。
3番機が壁に接触した理由は、ミサイルの爆発による衝撃でリーダー機の針路が左に向いたからである。3番機の操縦士は、リーダー機との相対位置が変わらないようにリーダー機だけを見て操縦していた。操縦していないほうの操縦士は、レンジャー隊員の降下に影響が出ないよう一定の速力と高度で飛んでいるかを飛行計器で監視しながら、チラリチラリと窓越しに前方を監視していた。
操縦していないほうの操縦士が左側の壁に接近しすぎたと気付いたが、その時は既に遅かった。左の主翼が廊下の壁に接触したとたん機首が回転し操縦士の目の前に壁が迫っていた。
3番機から降下できたレンジャー隊員は5名だけだった。
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