その38

鈴川と板戸川の合流点付近 伊勢原駅南約2.5キロメートル

香貫公国軍 R38基地(ホルモン・スモーク)とその周辺


R38基地(ホルモン・スモーク)北側の木 星川海軍シールズ ノース・ポスト


島崎大尉は通信機を置くと、下の枝にいる香貫軍を監視していた田巻2等兵曹の隣にしゃがみ込んで「全体のスケジュールが30分遅れになった。なんでもレンジャーを乗せた輸送機が香貫の奇襲にあったらしい。1機失った」と言って肩をすくめた。

「1個小隊分を失ったか。厳しいな」田巻2等兵曹は、ヘッドギアに装着したNVGから目を離さず言った。

「そこで、我々も戦闘に参加することになった。レンジャーの降下後にノース・ポスト、サウス・ポストの順にMH-60がピックアップに来る。交代で準備しよう。監視用の荷物はここに置いて行くしかないな。向こうにも知らせてくる」島崎大尉は田巻2等兵曹の肩を静かに叩くと、R38基地を監視する江見1等兵曹と重岡2等兵曹がいる枝の先に向かった。といっても、強い風で木の枝が揺れるため、10センチほど枝の先に行ったところが監視場所になっていた。

「ここも、結構揺れているな」島崎大尉は、強い風と揺れる枝によって飛ばされないように木の皮の溝を通って江見1等兵曹らが監視する場所に着いた。

「あいにくこの風じゃあ狙撃は無理です」田巻2等兵曹と同じようにNVGを着けた江見1等兵曹が振り向いて答えた。

「ここから狙撃の必要はなくなった」島崎大尉は、田巻2等兵曹に言ったことを繰り返した。

「なるほど。ちょうど報告しようとしていたところですが、さっきまで活発だった活動がピタリと止まりました。ホルモン・スモーク内部の防御態勢が整ったと見るべきでしょうな」

「そのようだな。上に報告しておく。そのほか、気になる動きはあるか?」島崎大尉の問いに江見1等兵曹は手信号で返答した「ない」

「では準備してくれ。君たち狙撃チームはホルモン・スモーク内部でも必要になるはずだ。その装備を中心に頼む」

島崎大尉は、揺れる枝に足をとられそうになった。そして思った。「こんな風の日にジャンプ(パラシュート降下)なんかしたくねぇな」島崎大尉は、これから空挺降下するレンジャー達が心配だった。




星川海軍 EA-18G×1機“チャコールバーナー620”


CVW-15のVAQ-134(第134電子攻撃飛行隊)に所属するEA-18G“グラウラー”電子攻撃機は、ホルモン・スモークから500メートルほど北側にある丘の反対斜面で攻撃開始の合図を待っていた。

「オール・チャコールバーナー、ストア・マスター 開店準備」“トング・ノベンバー02”の榎本中佐から、全チャコールバーナー・フライトに攻撃開始の命令が下された。

「おいでなすった。ヘディング1-8-3としたところで上昇開始」EA-18Gの後席に座るECMO(電子妨害士官)は、忙しくスイッチを操作しながら言った。

「先陣をきれるなんてけっこうなことだ。オンタイムで攻撃だ」前席の操縦士は、旋回を止めると急上昇を開始した。

“チャコールバーナー620”は、丘の上に建つ民家の屋根を越えた。するとECMOのディスプレイにホルモン・スモークの屋根に設置されたレーダーのシンボルが表示された。

「撃つぞ」ECMOはミサイルの発射準備を行いながら言った。

「問題ない」ECMOは、操縦士の返事が終わる前にミサイルの発射ボタンを押した。

“チャコールバーナー620”の主翼から1発のAGM-88E対レーダー・ミサイルが発射された。

もともと飛翔速度が速いAGM-88Eは、強い北風にも助けられて急速にホルモン・スモークに迫った。

ホルモン・スモークに対する攻撃の火蓋が切られた。




R38基地(ホルモン・スモーク)屋上 香貫公国軍


ホルモン・スモークの屋根南側にある長方形の換気口と思われる台の上に、レーダー・アンテナは設置されていた。緑色に塗られたレーダー・アンテナは、クルクルと回りながら周囲をレーダー波で満たし、反射波として帰ってくるレーダー波を待ち構えていた。

レーダーの南側約10センチ、台の下にはレーダー制御バンが台の壁に寄り添うように駐車し、レーダーとは太いケーブルで結ばれていた。

そのレーダー制御バン内部でレーダー画面を監視していた操作員は、基地の北側に目標が表示されたことを確認すると横に座る直長に「探知」と報告した。

直長は、2階滑走路脇の防空指令所で指揮をとる防空指揮官・林少佐に直通電話で報告を始めた。「えぇ、目標の方位0-0-3度、輸送機に指示してあった飛行経路とは違います」

下では敵の襲来を告げるサイレンが鳴り始めた。林少佐は敵の攻撃と判断したのだろうと直長は思った。

直長は、レーダー画面に表示される方位・距離を報告していった。

「目標分離」

レーダー画面では、分離した目標の小さいほうが速度を増しながら接近していた。

「分離した目標は、まっすぐこちらに向かってきます」直長の報告に林少佐は「対レーダー・ミサイルだ。次はお前らのバンが狙われるぞ。掩体壕に避難しろ」林少佐の命令によって直長は、レーダーの送信スイッチを切ると「掩体壕に急げ」と言って。バンのドアを開けた。




星川海軍 AGM-88E対レーダー・ミサイル


“チャコールバーナー620”から発射されたAGM-88Eは、夜空をレーダー電波の発信源に向かって突き進んでいた。

だが、突然レーダー電波が消えた。

それでもGM-88Eは、設計書どおりレーダー電波の発信源の位置情報を持っていたため、その位置目指して突き進んでいった。それさえもわずか数秒間だけで、GM-88Eは終末誘導用のシーカーを作動させると、その誘導にしたがってレーダー・アンテナを目指した。

AGM-88Eはレーダー・アンテナに到達すると爆発し、無数の破片によってレーダー・アンテナを破壊した。




R38基地(ホルモン・スモーク)屋上 香貫公国軍


直長と操作員が掩体壕に向かって走り始めたその時、頭上でAGM-88Eが爆発した。

幸い、台の壁に沿うように走っていたため破片の雨を浴びることはなかった。だが、爆発の衝撃によって二人は飛ばされ、その後二人は、這うようにして掩体壕の中に入った。

二人が転がり込んだ掩体壕には、2名の先客がいた。


彼らの下、滑走路のある2階では、防空指揮官・林少佐が赤外線捜索追跡装置付きのカメラで周囲を監視していた。

サイレンが鳴り止んだ2階は、林少佐が驚くほど静かだった。すでに星川の襲来が予告され、ほとんどの兵士は配置についていたからである。兵士たちは皆、敵の襲来を今か今かと待ち構えていた。

突然、林少佐の目の前にある赤外線捜索追跡装置のディスプレイに目標が現れ、警報が鳴った。

その直後、屋根の上から爆発音が立て続けに聞こえだした。

「いよいよお出ましだ」林少佐は、基地外周4箇所の木に設置した監視所に敵の襲来を告げると、司令本部がある掩体壕に向かうため防空指令所の梯子を降りていった。




星川海軍 F/A-18F×4機“チャコールバーナー・アルファフライト”、“チャコールバーナー・ブラボーフライト”


ホルモン・スモークの東、西、南、北で待機中だったVFA-52に所属する4機のF/A-18Fは、“チャコールバーナー620”のAGM-88E発射を合図にホルモン・スモークに向け針路をとった。

“チャコールバーナー・アルファフライト”は、西と東から同時にホルモン・スモークを爆撃し、“チャコールバーナー・ブラボーフライト”は北と南から爆撃を行う。

この2つの編隊には、2つの爆撃目標があった。

爆撃の第1目標は、ホルモン・スモークの屋根に配置された3両の9K35“ゴファー” (KEITO(京浜条約機構)コードネーム:SA-13“ゴファー”)と屋根中央部の対空機関砲陣地である。

続く爆撃の第2目標は、ホルモン・スモークの周囲4箇所の木に設置された監視所である。


4機のF/A-18Fは、それぞれに設定されたIP(進入開始点)を計画された時間差をとって通過した。

4機は同時に急上昇を開始し、同時に主翼からAGM-65K空対地ミサイル“マーベリック”を発射した。

4発のミサイルは、発射前に与えられた赤外線画像に基づいて勝手に飛んでいった。

ミサイルを発射した4機のF/A-18Fは、それぞれ右急降下旋回して9K35が発射した9Mミサイルの追尾を振り切った。

9Mミサイルは、木に衝突して爆発するか、むなしくあらぬ方向に飛んでいった。だが、9Mミサイルを発射した屋上の9K35に乗る乗員は、その光景を見る前にAGM-65Kの爆発によって吹き飛ばされていた。

3両の9K35と対空機関砲陣地は無害になった。




星川海軍 F/A-18F×2機“チャコールバーナー・チャーリーライト”


“チャコールバーナー・ブラボーフライト”が通過した北と南のIPを“チャコールバーナー・チャーリーライト”が通過した。“チャコールバーナー・ブラボーフライト”に遅れること5秒。彼らの爆撃目標は、ホルモン・スモークの滑走路両端にそれぞれ1両ずつ配備された9K35。

2機のF/A-18Fは、木々の隙間から目標を探し出してロックオンすると、木を抜けるのと同時にAGM-65K空対地ミサイルを発射した。

ミサイルを発射した2機は、同時に上昇して屋根の上を低く飛んだ。

ホルモン・スモークの屋根中央部で2機のF/A-18Fはすれ違った。すれ違ったときの間隔は、わずか5ミリ。星川海軍のアクロバット飛行チーム“ブルー・エンジェルス”も顔負けのすれ違いだった。

「おい! 今のは少し近いぞ」北側から攻撃したF/A-18FのWSO(兵装システム士官)はすれ違ったときの間隔が近すぎると文句を言った。

「そうか」操縦士は涼しげに答えた。

「くそったれが! 敵のミサイルは見えん。木の向こうで態勢を立て直したら、次は滑走路端の機関銃座だ。発動は2分後」


2分後、滑走路の両端にあった9K35と対空機関砲陣地は無害になった。

空機関砲陣地を攻撃したときの2機はすれ違わなかった。“チャコールバーナー・アルファフライト”と“チャコールバーナー・ブラボーフライト”が木に設置された監視所を攻撃するため進入してきたからである。




星川海軍 F/A-18F×4機“チャコールバーナー・アルファフライト”、“チャコールバーナー・ブラボーフライト”


“チャコールバーナー・アルファフライト”と“チャコールバーナー・ブラボーフライト”は、今度は斜め上空から、目標の木に向かっていった。4機のF/A-18Fは、島崎大尉らシールズからの情報によって、どの木のどの枝のどの部分に監視所があるかを知っていた。

4機は、それぞれの目標に4発ずつのCBU-87クラスター爆弾を投下すると急旋回して木の陰に隠れていった。




R38基地(ホルモン・スモーク)南側 香貫公国軍 木に設置された監視所


シールズ分遣隊ナンバー2の越智上等兵曹が指揮するサウス・ポストの北東2メートルにある木に香貫軍南側の監視所があった。

和木空挺軍曹は、この監視所の指揮官だった。香貫公国で空挺部隊というエリート部隊の、しかも軍曹という階級ともなれば誰にでも自慢のできることだった。故郷に帰れば親戚一同が集まって彼を歓迎してくれる。彼の両親にとって和木空挺軍曹は自慢の息子だった。

学生時代の和木空挺軍曹は両親も手がつけられない不良で、いつも仲間とつるんで喧嘩や恐喝などに明け暮れていた。それでも機転が利き計算高い和木空挺軍曹は警察の世話になることはなかった。

頭がよく、がっしりとした体格の和木空挺軍曹は、徴兵によって軍に入ると、すぐに空挺部隊への志願を進められた。「うまく試験に合格すれば下士官として長く軍に勤められるぞ」上官の進めに二つ返事で承諾した和木空挺軍曹は、空挺部隊の選抜試験に合格して3年前に職業軍人としての伍長に昇進、今年の定期昇任日に軍曹になった。軍が彼を更生させたのではない。彼は軍隊生活が身に合っていた。過去がどうあれ、今は軍人としての責務を全うする気でいた。

そんな和木空挺軍曹の気持ちとは裏腹に身体は変調をきたしていた。その原因は木の枝に染み出る木の樹液だった。

この木に降り立ったその日に、何気なく触れた樹液のせいで左手は赤く腫上がり、下痢が続いていた。

敵の攻撃が始まったこのタイミングでもトイレを我慢できなくなった和木空挺軍曹は、監視所から5センチほど幹のほうに設置した簡易トイレに向かった。

和木空挺軍曹は、トイレに行く前に部下に対してこう言った「ここに我々がいることは星川の奴らは知らない。いいか、戦闘機はそのまま見過ごせ。だが輸送機は絶対に攻撃しろ。いいな」

もちろん部下の空挺隊員たちも、輸送機だけを攻撃することを知っていた。もちろん自分たちが攻撃を受けたならば、その時は輸送機でなくても攻撃してよいことも知っていた。だが、彼らはシールズに監視されていたことは知らなかった。


和木空挺軍曹が簡易トイレに座ると、突然頭上でパンパンと爆音が響くと同時に爆風が和木空挺軍曹を吹き飛ばした。幸い、簡易トイレは木の幹に深く刻まれた割れ目の底にあったので、クラスター爆弾からばら撒かれた子爆弾の破片を受けることはなかった。だが、爆風により肺はつぶれて呼吸が苦しく、左手と左足の感覚はなかった。

自由のきく右手と右足を使って立ち上がった和木空挺軍曹の目の前には、監視所が跡形もなくなっていた。

重症の和木空挺軍曹は、立ち上がったことでめまいを起こし再び倒れて気を失った。


ほかの3箇所の監視所も同様に跡形もなくなっていた。どの監視所の空挺隊員も、自分たちは発見されていないと思い込んでいた。星川軍の攻撃が建物に集中していたこともその考えを助長させていた。それでもF/A-18Fが自分達に接近してくる音が聞こえていたならば自分たちが攻撃を受けることに気付いただろう。だが強い風がF/A-18Fの爆音をかき消していた。


堀内少将が考えた防衛態勢の外堀が埋まりつつあった。




R38(ホルモン・スモーク)基地北側の木 星川海軍シールズ ノース・ポスト


F/A-18Fが落としたCBU-87爆発の跡を確認していた江見1等兵曹は、口笛を吹くと「穴しか残ってねぇ」と、いつもながら爆撃の威力に驚いていた。

「もう少し詳しく調べてくれ。下はどうだ?」島崎大尉は、田巻2等兵曹にたずねた。

「下も同じだ。穴のほか動く物はない。クラスターを4発もくらったらこんなもんだろう」田巻2等兵曹はそう答えた。

「よし、BDA(爆撃効果判定)を送っている間に撤収の準備を進めてくれ。住み慣れた我が家を去るのは寂しいな。そうだろ」島崎大尉の言葉に江見1等兵曹は思わず苦笑いをした。最後に笑えない冗談を言わなければいい指揮官なんだが。江見1等兵曹はそう思った。


彼らは気付かなかったが、彼らの上空を1機のF-14Dが通過していった。このF-14Dの腹にはTARPS(偵察ポッド)が装備されていて、ホルモン・スモーク屋根のBDAに必要な撮影をおこなっていた。

TARPSで撮影した画像は、データリンクで<カール・ビンソン>のCVIC(空母情報センター)に送られた。

F-14Dの機首が帰投針路に向き、上昇をはじめたころにはCVICで待機していた解析要員がTARPSで撮影した画像の解析を始めていた。

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