その35

星川海軍 F-14D×2機“ロストル・ブラボー”編隊


「さあ、会社の保証書どおりに動くか見てみよう」“ロストル009”のRIO・中山大尉はマスクの中で鼻息荒く言った。

渋谷大尉と中山大尉がTOPGUNの学生だったとき、このシステムを開発した会社の技術者が講師として招かれた。その技術者は自慢げに言った。「どうです? このシステムなら、目標を決めてミサイル発射のボタンを押すだけ。後は、E-2Dの精密誘導AIがミサイルに指令を送ります。最後は、皆さんご存知のとおりミサイルに内蔵されたレーダーが作動して目標に向かいます。そして“ボーン”目標を撃墜してくれます。命中精度を上げるために目標にレーダーを照射し続ける必要などありません。あなた方の機動を阻害するものはなくなるのです。長年あなた方の夢だったことが、私どもの技術によって完璧に実現されたのですよ」

「なにがリモートアタックだ! 撃墜したところでちっともうれしくねぇ!」前席の渋谷大尉は憮然と答えた。

「そう言うな。“遠距離攻撃こそすべて”と言うじゃないか。こんな遠距離攻撃ができるのはこいつ(F-14D)しかねぇ」

「それはわかっているんだがな」

二人の議論はこれで終わった。このことは、仲間内で何度も議論しているのだが、なかなか結論のでない問題だった。そんなことよりも任務に集中しよう。渋谷大尉と中山大尉はそう思った。


ロストル010の石川少尉は、床に設置された機内交話装置のマイクスイッチを蹴りながら怒鳴った。「これが最後のフォックス3!」

「うるせえよ! 怒鳴らなくたってわかってるさ」AIM-53++のロケット・モーターから噴出する炎で目の暗順応が失われないよう目を閉じた緒方少尉が言った。

「くそっ! 実戦で初めてミサイルを発射するっていうのに何がリモートアタックだよ!」

「オレだって…」緒方少尉が話し始めると石川少尉はさえぎった。「それより編隊を組みなおそうぜ。スラマー(AIM-120D空対空ミサイル)まで撃ったら次はいよいよACM(空中戦闘機動)だ。気合入れるぞ!」

「ガチャ!」

つい先日までは戦いの恐怖に押しつぶされそうな緒方少尉と石川少尉だったが、今の二人にそんな影は微塵も見られない。だが、この戦いが終われば再び恐怖が押し寄せてくるだろう。それでも二人は再び恐怖をはねのける。このようなことを繰り返すことによって二人は強くなる。加藤中佐はそう信じていた。自分もそうだったように。




香貫公国空軍 “衝撃”編隊


谷少佐が率いる“衝撃”編隊のMiG-31M4機は、全速力で東に向かっていた。星川の輸送機はどこだ! 敵に発見されたいま、一刻の猶予もない。

そして彼らの願いはかなえられた。谷少佐の“衝撃”1番機と、その南側に位置する3番機のザスロン・レーダーが、空域の南側に避退するため旋回中の“チョップスティック・フライト”を捉えたのだ。

谷少佐は、わずかに機首を右に向け “衝撃”編隊に攻撃の指示を出し、“白バラ”編隊に目標の位置を告げると、ミサイルの発射準備にかかった。

「トゥリー・スェーミ」谷少佐は、最初のR-37空対空ミサイルを発射した。

ミサイルは白い煙の筋を引きながら南東の空に上昇していった。

谷少佐が2発目にかかろうとしたその時、突然、警告音が鳴り響いた。“ロストル・ブラボー”編隊が放ったAIM-53++ミサイルの終末誘導用レーダー波を探知したのである。

「ミサイル!」谷少佐は防御のためチャフを発射したものの、2発目のミサイル発射を優先させて回避行動をとらなかった。そのツケはすぐ払わされることになった。

AIM-53++は、谷少佐の後ろ2ミリほど後方の胴体を直撃して爆発した。MiG-31Mは墜落ではなく粉々になり鉄の雲になった。

“衝撃”編隊のほかの3機も谷少佐のMiG-31Mと同じような運命を辿り“衝撃”編隊は消滅した。

“チョップスティック・フライト”に向かったR-37ミサイルは3発だけだった。“トング46”への奇襲を手助けした強い北西風は、今度は星川軍に味方した。




香貫公国空軍 “白バラ”編隊


5メートルほど前を飛ぶMiG-31Mが突然爆発するのを目撃した瀬奈ふぶき中佐は、本能的に回避行動を始めた。

それでも8機のSu-27SMは、瀬奈中佐の指示によって激しく上下左右に回避行動をとりながら “チョップスティック・フライト”に向かった。

RWR表示器を見る限り、こちらに向かってくる敵は北東からだけ。これまで輸送機の位置を教えてくれていた“衝撃”編隊からの信号は無くなったけれど、足の遅い輸送機ならそれほど遠くまで逃げられないでしょう。

Su-27SMのレーダーは、MiG-31Mのザスロン・レーダーほどの長距離探知能力を持っていない。それでも、あと1分もしないで輸送機を探知できるはず。北東からくる敵には月組(“白バラ”編隊7番機と8番機)に対処させて私たちは目標に向かいましょう。敵の何機かは私たちの針路前方に出ようとするでしょうけど、その前に輸送機にミサイルを撃てるはずだわ。そう判断した瀬奈中佐は、短い命令を発した。

厳しい訓練を重ねている“白バラ”編隊の操縦士は、短い言葉の命令でも瀬奈中佐の意図を理解し、次の行動に移っていった。




星川合衆国海軍 VAW-114 E-2D“トング・ノベンバー02”


CICOは、急遽“白バラ”の攻撃に割り振ったBARCAP(防空網戦闘空中哨戒)のF/A-18C2機にレーダーの照射を命じた。


攻撃に参加できず、CVBGのBARCAPに甘んじていたVFA-27(第27戦闘攻撃飛行隊)の二人のパイロットは、「待ってました」とばかりにF/A-18Cのノーズ・コーンに装備するレーダーを作動させた。すでに最大出力に達している2基のF404エンジンの力を借りて、2機のF/A-18Cは“白バラ”に向かっていった。


“ロストル・ブラボー”と協力して行ったリモートアタックで4機のMiG-31Mは排除した。目潰しには成功したが危機が去ったわけではない。任務に集中するCICOは、ホッグ(E-2D)に描く撃墜マークのことなど忘れて、全センサーの使用許可を“ロストル・ブラボー”にも命ずると、“チョップスティック・フライト”の直接護衛を任務とする“ウエットタオル・フライト”のF-15C4機に対して“白バラ”と“チョップスティック・フライト”の間に割り込ませる針路を指示した。

これで敵さんは3方向から攻められ、奴らの目標との間にも4機のF-15Cが割り込むことになる。おそらく、これで敵は攻撃を断念するだろうが、油断はできない。CICOが見るディスプレイには、すでに榎本中佐が指示した5分待機のF/A-18Cが発艦したことを示す2つのシンボルが映し出されていた。CICOは、この2機に対する針路の指示や、BARCAPを配置換えするため、管制卓のトラックボールを操作し始めた。




星川合衆国空軍 15SOS(第15特殊作戦飛行隊)と48AS(第48空輸飛行隊)による混成編隊“チョップスティック・フライト”


“トング46”の指示により“チョップスティック・フライト”を南東に向けた徳永中佐は、数秒ほど待った後に編隊を解散させた。AWACSを仕留めてくるとは! これは本格的な攻撃だ。今のうちに回避行動が取れる空間を確保したほうがいい。徳永中佐は、そう考えたのである。

その矢先、“トング46”を引き継いだ“トング・ノベンバー02”からミサイル警報が届いた。それでも11機のC-130は、急激な回避行動を取れなかった。編隊の規模が大きく、急激な回避行動は他の編隊僚機と接触する危険がある。


事前の打ち合わせで何度も確認した要領に従って解散する“チョップスティック・フライト”に、MiG-31Mが発射した3発のR-37ミサイルが迫った。

3発のミサイルは、指定された地点に到達すると終末誘導用シーカーを作動させた。すでに発射母機は撃墜され、ミサイル自身の慣性誘導装置に頼った飛翔だったが、シーカーは多数のC-130を確認すると、その中の一つを目標に選んでミサイル尾部の操縦翼を動かし始めた。

ミサイルは急速に“チョップスティック・フライト”に迫った。

3発のうち1発は“アルファ・フライト”3番機のC-130Jを目標に、残りの2発は偶然にも同じ“チャーリー・フライト”1番機のMC-130Jを目標に選んで突き進んだ。


最初に“チョップスティック・フライト”に到達したのは“アルファ・フライト”3番機のC-130Jを目標にしたミサイルだった。目標となった3番機の自機防御システムは、自動的にチャフを発射すると、ミサイルは騙されてチャフの雲の中、目標の後部約3センチの空間で爆発した。

爆発した弾頭の一部は3番機の垂直尾翼を数ミリ破壊したが、それだけであったため飛行の継続に問題はなく、クルーもそう判断した。“アルファ・フライト”3番機は任務続行が可能だった。


幸運な“アルファ・フライト”3番機に対して、不運だったのは“チャーリー・フライト”1番機のMC-130Jだった。

“チャーリー・フライト”1番機は、チャフを射出すれば2番機か3番機にミサイルを向けさせることになりかねないためチャフの射出を停止させていた。また、MC-130Jは、翼の下に高価なAN/ALQ-165機上自衛妨害装置を搭載していたが、向かってくるミサイルとAN/ALQ-165の位置関係から放射する妨害電波の効果が低下していたため有効な妨害ができなかった。加えて、編隊の解散途中にリーダー機が激しい回避行動もできないため“チャーリー・フライト”1番機は身を守る術がなかった。

邪魔するものがない2発のミサイルは、迷うことなく“チャーリー・フライト”1番機に迫り、2発とも右主翼付近で爆発した。

右側の主翼を失った“チャーリー・フライト”1番機は赤い炎を噴きながら、きりもみ状態となって落ちていった。60名のレンジャー隊員のうち、脱出できたものは一人もいなかった。その中には副大隊長兼先任参謀であるS-3(大隊作戦担当将校)と、S-2(大隊情報担当将校)も含まれていた。




星川海軍 F-14D×2機“ロストル・ブラボー”編隊


2機のF-14Dは、AIM-120Dを2発ずつ発射するとミサイルの後を追って“白バラ”編隊に迫った。

「よくて1発だな」ロストル009のRIO・中山大尉はレーダーの操作画面を開きながら言った。目標に対するミサイル発射角度は最適だったが、追う目標に対してギリギリの距離で発射しただけに回避行動をとられると当たらない。確実な撃墜を期待するならば、奴らがミサイルをかわせない回避不能領域まで近づいて発射しなければならないのだが、このミサイル発射の目的は、奴らに回避行動を強要させて“チョップスティック・フライト”への接近を遅らせることにある。

唯一有利な点は、奴らはまだ我々が後ろから攻撃していることを知らないことだ。LOAL(ミサイル発射後にロックオンする方式)でミサイルを発射したため、2機のF-14Dは、いまだにレーダーを作動させていない。ただ、こいつのレーダーはLPI(低被探知)機能を備えたAN/APG-77レーダーだ。奴らが我々のレーダー波を探知できるとは思えん。奇襲効果を最大限に発揮するためにレーダーを作動させていないだけだ。

奴らは、思いも寄らぬ方向から突然AIM-120Dのシーカー波を探知するだろう。このような状況では、どんな奴でも平静でいられない。それでなくても3方向から星川が接近してくることを知っているはずだ。俺だったら攻撃するどころか、さっさとトンズラするな。それさえも成功するかわからん。さあ、そろそろレーダーを作動させる距離になってきた。「ネオンをつけるぞ」

「ド派手にいこうや」前席のパイロット・渋谷大尉はそう答えた。

「ロストル・ブラボー レーダーホット」中山大尉は、無線封止を解除して緒方少尉と石川少尉のロストル010にレーダーの作動を命じた。




香貫公国空軍 “白バラ”編隊


ミサイル警報が瀬奈ふぶき中佐のヘルメットに鳴り響いた。

瀬奈中佐はRWR表示器をチラリと見て状況を悟った。「今夜は派手に騒いでいるわね」RWR表示器に向かって呟きながら一瞬で判断を下した。

「白バラ ショーは中止! 組ごと第2ポイントに向かいなさい。上手の敵に注意。解散! 急いで!」このような状況にもかかわらず、無線から流れる瀬奈ふぶき中佐の声は、まるで歌を歌っているような響きがあった。敵のミサイルに狙われているからといって慌てた話し方をするわけにはいかない。だって、私は“強く正しく美しく”がモットーの第586戦闘機連隊の大隊長なのだから。

AIM-120Dは真後ろから迫ってくる。“白バラ”編隊は無駄な回避機動などせず速度を増すために直線降下を開始した。

そのころAIM-120Dは、すでに燃料を全て燃焼し尽くし、最大速度から徐々にスピードを落としながら“白バラ”編隊に迫っていった。それでもAIM-120Dと“白バラ”編隊との距離はぐんぐん縮まる。

死の競争に勝ったのは“白バラ”編隊だった。追う敵に対する射程ギリギリで放たれたAIM-120Dは、わずかに“白バラ”編隊に届かなかった。その代わり“白バラ”編隊は攻撃を断念するという大きな代償を払った。

「白バラ BSH(信号機よりも低い高度)を維持するのよ」

“白バラ”編隊は、北西に旋回しながら道路上30センチまで降下すると4機ずつに分かれて第2ポイントに向かった。




星川合衆国海軍 VAW-114 E-2D“トング・ノベンバー02”


敵は“チョップスティック・フライト”との接触を断って北西に進路を変えた。香貫は攻撃を諦めたのか? それとも、ほかに隠し玉を持っているのか?

“白バラ”の瀬奈中佐が攻撃を断念したことでホルモン・スモークまでの空域が安全になったことを知らない榎本中佐は、香貫の次の攻撃に備えた配置をそれぞれの編隊に指示していった。

とはいえ、榎本中佐は敵のさらなる攻撃はないと踏んでいた。攻撃する気があるのなら目標との接触を断つわけがない。隠し玉があるとしたらホルモン・スモークの付近だろう。あそこなら我々を探す必要はない。我々が勝手にやってくるのを捕まえればいいだけだ。次に不意打ちを食らえば本当にこの作戦はおじゃんになる……加藤さんに行ってもらうか。鼻が利く加藤さんなら隠し玉でも発見できるだろう。“チョップスティック”は編隊を組みなおして、このまま西に向かわせる。敵と接触を保っている“ロストル・ブラボー”と“ブッチャーナイフ”は引き続き北西に向かった敵に対応させよう。

榎本中佐は、AWACSの喪失によって破綻したATO(航空任務命令)を素早く組みなおすと、その内容をCICO(先任管制士官)に説明して飛行中の航空機に指示を出すよう命じた。

手短な説明でも榎本中佐を理解したCICOは、航空機に指示を出しながら、ふと思った。この人は最初からこうなることを予想していたんじゃないか? そのくらい榎本中佐の指示は的確で素早かった。




星川合衆国海軍 原子力航空母艦<カール・ビンソン>(CVN-70)ブルー・ドラゴン司令部


香貫のMiG-31を発見してからわずか20分。この20分でAWACSを失い、レンジャーを乗せたC-130も1機失った。陸上戦闘でも激しい戦闘の勝敗が20分で決まることがあり、航空戦だからといって特別進展が早いというわけではない。それでも、わずか20分でこれほど大きな損害を出すとは想定外だった。

相模川東岸は我々が支配する空域だと当然のように考えていが、今の星川軍に常時この空域を監視して力で抑える手段はない。単に力の空白地帯になっていただけだ。香貫はそこを突いてきた。

文字がやっと見えるほどの明るさしかない司令部の指揮官卓に座る星川軍ブルー・ドラゴン指揮官・岸本中将は、そう考えた。

とはいえ、幸いなことに飛行機乗り達は、この奇襲を押し返したようだ。正面の状況表示ディスプレイには、編隊を組みなおしながら西に進む“チョップスティック・フライト”の緑色のシンボルと、赤色のシンボルで表示された敵機を追う緑色のシンボルが動いている。

だからといって安心はできない。現場航空作戦統制官を引き継いだ“トング・ノベンバー02”が要請した戦闘機の増派は、次の攻撃を防ぐことができるのか? 計画外の戦闘機増派は地上戦の航空支援にどれだけの影響を与えるのか? 先の先を読んで計画を修正しなければならない。岸本中将は、彼の周りに集まった幕僚の顔を見渡した。

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