その32

伊勢原駅北西約650メートル

井崎コロニー


井崎家の屋根裏に築かれた井崎コロニーは静かだった。古いが頑丈な建物は強い風くらいではびくともしない。ただ、航空機が出入りする穴を塞ぐシャッターが、時折カタカタと小さな音をたてていた。いつも通りの静かな井崎家の夜。その静けさが破られようとしていた。

エプロン横にある運航事務所には、女性専用の当直室が管制室の隣に設置されていた。この当直室にはベッドが3台並べられ、3人の女性が毎夜交代で当直に当たっているのである。

今夜は井崎美代が当直だった。美代は部屋を暗くして右端のベッドで仮眠をとっていた。

「…… レディオ イサキ・レディオ ヤツ・カーゴ・スケジュール0405 ハウ ドー ユー リード」(井崎レディオ 谷津カーゴ・スケジュール0405です。 聞こえますか?)

「ん? なに? 急患?」美代はベッドから起き上がると隣の管制室に急いだ。これはラジオからだわ。誰かが無線で呼んでいる。それに急患なら電話で連絡があるはずよ。

美代は管制卓の天井から吊るされた無線のマイクを飛びつくように掴み取った。「ヤツ・カーゴ・スケジュール0405 イサキ・レディオ 呼びましたか?」

「あー…バリバリ…レディオ いやー 通じてよかった ヤツ・カーゴ・スケジュール040…バリバリ…エマージェンシー…バリバリ…」

「ユア ボイス カッティング エマージェンシーを宣言されましたか?」美代は眉を寄せた。

「ヤツ・カーゴ・スケジュール0405 エマージェンシー・ランディングをリクエストします…バリバリ…受け入れてもらえま…バリバリ…」

「イサキ・レディオ ラジャー 受け入れ準備をします。所要時間5分。リクエストETA(到着予定時刻) アンド ユア エアクラフト・タイプ」

美代はヤツ・カーゴ・スケジュール0405から一通りのことを聞き出すと「たいへん」と言って管制卓のスイッチを次々と入れ、救難班に通じる警報を鳴らし、父親である井崎太一郎に電話をかけた。

「どこの飛行機だ」井崎太一郎は、作業着の上着を持ちながら管制室に入ってきた。

「谷津ラインカーゴのIl-76。あと1分で到着するわ」滑走路の状態を双眼鏡で確認していた美代は、双眼鏡から目を離さず答えた。

「谷津ラインか」太一郎は、上着のボタンを留めながら言った。

「何か問題でもあるの? この飛行機に受け入れ許可を出してあるわ」美代は、双眼鏡から目を離して太一郎を見た。

「いや、受け入れに問題があるわけじゃない。ただ、この会社は運航態勢や整備態勢に問題があってな。近々、星川の査察が入るとの噂がある会社だ。ところで、準備はどうだ?」

「後は救難班が位置につけば完了。シャッターは両方とも開いている。システムはオール・グリーン。異常無いわ」

短い時間でよく判断して準備を整えたものだ。娘を誇りに思った太一郎は大きく頷いた。

「エマージェンシーだって! 負傷者はいるか?」美代の兄、医師の井崎淳一郎も管制室に入ってきた。

「負傷者はいないと連絡を受けているわ」

「なら、一安心だ」淳一郎はホッとした表情を浮かべた。




伊勢原駅西約0.5キロメートル

香貫公国空軍 軍事輸送航空コマンド第6955基地第2航空群 イリューシンIl-76MD“山鳥-570“


“山鳥-570”いや、今は“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”を名乗るIl-76MDのコックピットでは、機長が後ろを振り向き通信士席に座るKGBの北村中尉に言った。「うまいもんだな。KGB(香貫国家保安委員会)ではこんな訓練もしているのか」

「いろいろやっていますよ」井崎レディオとの交信を担当する北村中尉は自慢するように言いながらマイクのジャックを握り締めた。北村中尉は無線機の不調を演出するために、マイクのジャックを抜き差ししながら井崎レディオと交信していた。完全にジャックを抜いたり、微妙に少しだけ抜いたりすることで自然な形で無線機が不調であるように見せていたのである。

「そうだろうな」機長は、人を騙すことを自慢げに話す北村中尉に良い感情は持てなかった。

コックピットの後部で身体を支えながら立っていた木下空軍大尉も、KGBの北村中尉に良い感情を持てない一人だった。木下大尉は戦闘職域の将校ではなく、航空管制官だった。10機以上の戦闘機を秩序立てて離発着させるには航空管制官も必要だということで“魔女の食事”作戦部隊に派遣を命じられたのである。

エマージェンシー機があると、どれだけの人が無事に助けようと必死になるのか。そのことをKGBの中尉は知っているのだろうか? けっして自慢できる話ではない。

「しかし、東京湾の人間はそんなくだけた話し方で無線交信をするのか?」機長は、話を変えた。

「星川はもっとくだけた話し方で無線交信をしますよ」北村中尉は、当然だというように答えた。

我々がこんなくだけた無線交信をすればただではすまんだろうな。機長はそう思いながら目をせわしなく動かして井崎コロニーを探した。あった。我々のために点灯させてくれた進入方向表示灯を見つけた。

「井崎の進入方向表示灯を視認した。いったん上空をパスして、ダウンウインド経由でコロニーに進入する。井崎に連絡してくれ」機長は井崎コロニー上空を進入方向表示灯の示す方向で通過できるよう旋回を開始した。




伊勢原駅北西約650メートル

井崎コロニー


運航事務所の管制室は、暗い外がよく見えるように赤く暗い照明だけが灯されていた。

この薄暗い管制室に、井崎コロニーの運航関係者や整備関係者が集まってきた。

「来たわ!」井崎美代は双眼鏡で“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”が灯すランディング・ライトを視認するとトランシーバーを手に取った。

「見えている? もうすぐ着陸するわよ」トランシーバーの通話相手は、滑走路脇で待機する消防車に乗った救難班長だった。「見えている。こちらは待機完了」

「了解」美代はトランシーバーを置くと再び双眼鏡を手に取りながら「やっぱり管制塔の整備を急がないとね。お父さん」と言った。

「金ができたらな」井崎太一郎は、そう答えたものの一度に多くの航空機をさばくには管制塔の整備を急がなければならないと考えていた。だが、今はそれどころではない。“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”を安全に着陸させなければならない。

そうしている間にも着陸進入する“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”はグングン近づき、ついにコロニーに入ってきた。

太一郎は、車輪が全て降りているかだろうか、外観に異常がないかと必死に双眼鏡で確認した……暗くて全てが確認できたわけではないが問題はなさそうだ。

出力を絞ったソロヴィヨーフ・エンジン音に混じって、タイヤが滑走路に接地する悲鳴が管制室にとどいた。続いて逆噴射のゴーーという音と伴に、自らのランディング・ライトによって淡く照らし出された“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”のスピードはみるみる落ちていった。

ここまでスピードが落ちれば大丈夫。無事に着陸できてよかった。太一郎ら井崎コロニーの人々は、安堵のため息を漏らすと顔を見合わせて笑った。

「バリバリ…がとう。無事に着陸できた。みなさんの邪魔にならない場所でエンジンを止めたいんだ。どこに行けばいいかな?」“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”に乗る北村中尉の声が、無線機に接続されたスピーカーを通して管制室に響いた。

「ランウェイ・エンドで左のタクシーウェイに入ってください。その先に待機している消防車が運航事務所前のエプロンまで先導します」美代はそう言うと再びトランシーバーを取って消防車に乗る救難班長に“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”を運航事務所前まで誘導するように指示を出した。


“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”のコックピットでは、北村中尉が自分の手柄だというように「井崎のほうから運航事務所前のエプロンまで案内してくれるそうですよ」と胸を張った。作戦計画では、空港の中枢である運航事務所を素早く制圧できるように、その近くに航空機を停止させることになっていた。もし、井崎が運航事務所から離れた場所に航空機を停止させるよう指示されたら、運航事務所前に止められるように要請するはずだった。だが、その必要はなくなった。余分な手間が省けたのは自分のおかげだと北村中尉は言うのである。

人を騙した成果をはしゃいで誇示するなんてKGBらしいな。機長はそう思いながら先導する消防車の後を追って“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”を進めた。


太一郎ら井崎の関係者は、“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”を出迎えようと運航事務所を出て、目の前のエプロンで待っていた。その中の一人、停止位置の合図を送る役割の整備員が、黄色く光るライトスティックを大きく振った。

先導する消防車が整備員の横を通り過ぎ、後に続く“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”が運航事務所前のエプロンに入ってきた。そしてライトスティックの合図にしたがって止まった。


整備方法や設備使用料などは会社の整備担当者や財務担当者と話すとして、さあ、乗員にはゆっくり休んでもらおう。太一郎はそう思いながら“ヤツ・カーゴ・スケジュール0405”に近づいていくと、後部ランプと前方の人員乗降用ドアが開いた。

ここから先の出来事は、太一郎ら井崎コロニーの人々にとって予想外の事ばかりだった。

突然、後部ランプから3台のUAZ-469軍用4輪駆動車が出てくるとスピードを上げてエプロンを出て行った。さらに迷彩服の下に青縞のシャツを着た第331親衛パラシュート降下連隊第1大隊第1中隊第1小隊の空挺隊員が続々と機内から飛び出してきた。

「なんだ?乗員は4名と聞いていたが。何が起きたんだ?」太一郎らは、どうなっているのかわからずぼう然と立ちつくした。気が付くと、空挺隊員に囲まれていた。空挺隊員はAKS-74U自動小銃を構え、銃口は太一郎らに向けられていた。

「何をしている 貴様らはいったい誰だ!」太一郎は理解できない事態に怒りを爆発させ、目の前の空挺隊員に歩み寄ろうとした。

「動くな!」空挺隊員の怒鳴り声と同時に複数の銃口が太一郎に向けられた。

そこに空挺隊員とは違う迷彩服を着た清水大佐が現れた。「お騒がせして申し訳ない」

「お前たちは誰だ! 緊急着陸じゃあないのか?」太一郎は、清水大佐に向けて怒鳴った。

「緊急着陸ではありません。この空港を数時間お借りするために来ました。お貸し頂けますか?」

「人にお願いするなら名前くらい名乗ったらどうだ」太一郎は、怒りと不安に支配されながらも毅然として言った。

「これは失礼した。私は、香貫公国ミサイルロケット軍の清水大佐です。ここに派遣された部隊の指揮官を務めています」清水大佐は握手を求めようと右手を出しかけたが太一郎の表情を見てやめた。

「ここを使って何がしたい? 要求は何だ?」

「ここに着陸してくる我が国の航空機に対する燃料補給。及び航空機に不具合が発生した場合の整備器材の借用です。協力頂けますか」

「銃を突きつけておきながら協力もくそもあるか!」太一郎は首を振りながら言った。

「三好少尉、銃を下げさせてくれ」清水大佐の命令は直ちに実行された。

「これでよろしいですか? まずは、ここの責任者にお会いしたいのですが、どちらにいらっしゃいますか?」清水大佐の話し方はあくまでも丁寧だった。

「私だ。井崎太一郎。コロニー全体の運営を任されている」

「あなたが井崎太一郎さんですか。それなら話が早い。我々の指示に従っていただく限り、あなたたちとコロニーの安全は、永野公の名にかけて保障します。それでは皆さん、建物の中に移動してください」

太一郎らは、空挺隊員たちに促されて運航事務所に向かった。


運航事務所では、美代が腰に手を当てて怒っていた。「エマージェンシーはウソだったのね! あなたたちを助けようとした私たちはいったいなんだったの! あなた管制官だと言ったわね。これがどんなことだか分かっているでしょ!」

美代の、あまりの剣幕に香貫軍最強の空挺隊員もタジタジだった。彼らは、どう対処してよいか分からず、運航事務所に入った香貫軍の最先任者である木下大尉の顔を見つめた。

こうして作戦の詳細も知らない航空管制官の木下大尉が美代の攻撃の矢面に立たされた。

「あなたたちを騙したことについては謝ります。申し訳ない」木下大尉は何度も頭を下げたが美代の怒りは収まらない。

まいったな。確かにこの部屋で階級が最も高いのは私だが、航空機の管制以外に何の権限も持っていないし、こんなときの訓練を受けたこともない。木下大尉がそう思っていると太一郎や清水大佐らが運航事務所に入ってきた。

助かった! 木下大尉はそう思った。

太一郎は運航事務所に入るなり状況を察した。「美代、気持ちは分かるが、こいつらの要求に従おう。我々の身の安全と設備の保全が第一だ。それに銃を持った相手に対抗する手段がない」

美代は一瞬考えた。そうね。彼らは暴力で私たちを従わせることもできたはずなのに銃口を向けるだけで一切暴力を受けなかった。お父さんも大丈夫そうだし。美代は父の言葉に従って矛を収めた。

運航事務所は突然静かになった。この静けさを破ったのは木下大尉だった。

「無線機器はここですね。進入方向指示灯のスイッチはどれですか?」木下大尉は、美代に尋ねた。

「あなたも管制官なんでしょ! 見れば分かるじゃない……いいわ。一通り教えてあげる」と言って説明を始めた。

二人のやり取りを見ていた太一郎は、横に立つ清水大佐をにらんで言った。「あんたたちの要求には応じているんだ。コロニーの安全は保障するんだろうな」

「先に申し上げたとおり、あなたたちとコロニーの安全は保障します」清水大佐が答えていると、片手にコロニーの地図を持った三好少尉が運航事務所に入ってきた。

「大佐、全ての制圧を完了しました」

「そうか。ありがとう」清水大佐は、敬礼する三好少尉に敬礼を返すと木下大尉の肩をたたいて言った。「木下大尉、ゼロ・ゼロで送信を頼む。準備はいいか?」

木下大尉は、「準備できています」と言って無線機のマイクを握った。「井崎レディオ ブロードキャスティング  ゼロ・ゼロ・ワン・トゥ・トゥリー・フォア・ファイフ ファイフ・フォア・トゥリー・トゥ・ワン・ゼロ・ゼロ アウト」木下大尉は無線のチェックに偽装した暗号を3回繰り返した。

井崎コロニーの制圧状況を攻撃に向かう航空機に知らせる暗号は、無線チェック用語の前後につける数字で三種類あった。

“ゼロ・ゼロ”は、着陸や燃料補給を含めて問題なし。“ワン・ワン”は、着陸は可能だが後方支援に制約あり。“ファイブ・ファイフ”は、着陸不可能の三種類である。

清水大佐は制圧状況を着陸、燃料補給を含めて問題ないと判断した。

“魔女の食事”作戦の第1段階が完了した。



伊勢原駅北約1.5キロメートル

香貫公国空軍“青鷹編隊“、“衝撃編隊“、“白バラ編隊“


第2東名高速道路厚木南インター・チェンジの北にある倉庫に設定した第1ポイントまであと9分。9機のMiG-31Mと8機のSu-27SMは、強い北西風に背中を押されて燃料消費を最小限にすることができた。それでもアフターバーナーを使えばあっという間に燃料を消費してしまう。作戦成功の鍵は一にも二にも井崎コロニーで燃料補給ができるかどうかにかかっていた。

井崎は使えるようになったのかしら? 瀬奈ふぶき中佐が心配し始めたころ井崎レディオの周波数に合わせた無線機から木下大尉の声が聞こえてきた。

“ゼロ・ゼロ”ね! これで舞台はそろったわ。あとは私たちが踊るだけ。華麗に舞うのよ! いいわね、あなたたち! 瀬奈中佐は部下の操縦するSu-27SMを見つめてつぶやいた。

木下大尉からの無線は、瀬奈中佐以外の16名のパイロットと9名のWSO(兵装システム士官)も聞いていた。彼ら、彼女らは、口を真一文字に結んで高まる緊張を闘志に変えていった。

「間もなく降下開始。現在、コース上、遅れ進みなし……降下」MiG-31M“青の1番”の後席に座るWSO(兵装システム士官)・古川大尉の報告が、前席で操縦する長沢中佐のヘルメットに入ってきた。

長沢中佐は「ポニョ」と言うとスロットルを引いて操縦桿を押した。“青の1番”は、多くのトラックが行きかう深夜の東名高速道路を横切ってBSH(信号機よりも低い高度)に向けて降下を始めた。

彼に続く青鷹編隊、衝撃編隊のMiG-31Mも、そして、その後に続く白バラ編隊のSu-27SMも東名高速道路を横切ると降下を開始した。

白バラ編隊は、A57基地を青鷹編隊と衝撃編隊よりも先に離陸したのだが、巡航速度がわずかに優れるMiG-31Mが途中で白バラ編隊を追い越したのである。これは計画どおりで、高度をBSHにしてからは航法能力に優れたMiG-31Mが先頭に立って道案内するためである。

もちろん全ての機体はGPSを装備している。単に第1ポイントに向けて飛行するだけなら単座のSu-27SMでも苦労なく目的地に着ける。だが、絶えず敵のレーダーに気を配り、障害物を避けながら飛行し、なおかつ正確な時間に第1ポイントに到着するためには、航法を担当するWSOが必要だった。MiG-31M“青の1番”のWSO・古川大尉には、19機の戦闘機を正確に導く大きな責任があった。

BSHまで降下すると、そこは強い北西風が建物にあたり複雑な風が流れる場となっていた。その風によって激しく揺れる機内でも古川大尉は針路の指示を出し続け、長沢中佐は風と格闘し電線をかわしながら指示どおりに飛行を続けた。彼らの後を追う18機の戦闘機も同様だった。厚木郊外の静かな住宅地に戦闘機の轟音が鳴り響いた。

「隊長、第1ポイント通過。ここからは第2東名の高架下を飛行。相模川の対岸にある海老名南ジャンクションが第2ポイントです。079度1.15キロ。ETE(所要時間)5分30秒」この報告によって道案内の任務が終わった古川大尉は、次に自機のレーダーとミサイルの点検を始めた。

点検が終わり、結果に満足した古川大尉は、横を向いて小さな窓から外を眺めると、真っ暗な相模川が目に入った。そこを、1機のMiG-31Mが彼を追い越していった。

暗くてシルエットしか見えないが、小柳少佐の“青の6番”だな。古川大尉はそう思った。

各編隊の攻撃開始地点はそれぞれ違う。

星川空軍AWACSを攻撃する青鷹編隊の攻撃開始地点は、第2ポイントと第3ポイント。第3ポイントは、第2ポイントである海老名南ジャンクションから1キロほど東にある巨大な工場で“青の6番”はここから攻撃を開始する。それ以外の3機の青鷹編隊は、そのまま第2ポイントから攻撃する。

星川空軍輸送機を攻撃する衝撃編隊と白バラ編隊は、第2ポイントから圏央道を1キロほど南下した第4ポイントから攻撃を開始する。

これら攻撃の特徴は、全て相模川の東側で行われることである。「星川は、相模川の東側を自分たちの庭だと思っているわ。そのくせ防空網は穴だらけ。まともな防空網は相模川の東5キロほど行かないとないらしいわ。私が調べた限りではね。もし、これが本当なら奇襲効果をもっとあげることができる。星川が油断している場所で攻撃しましょう」攻撃計画をつめる際、瀬奈中佐がそう言った。星川西部の防空網が穴だらけだということは長沢中佐やA57基地の幕僚も知っていたが、今回の作戦に関連させることは思いつかなかった。こうして攻撃は相模川の東側で行われることになったのである。

相模川を渡った19機の戦闘機はそれぞれのポイントに向けて分かれていった。もちろん高速道路の高架下に隠れてのことだったが、第3ポイントに向かう“青の6番”だけは隠れる高架がないため地面すれすれまで降下していった。

「無事に第2ポイントに着いたな。香貫の戦闘機として初めて相模川を渡った気分はどうだ?」第2ポイントで待機の旋回に入ったところで、長沢中佐が後ろに座る古川大尉に聞いた。

「最高ですよ! 隊長はどうです?」

「おれだって最高さ」長沢中佐はマスクの奥で笑った。そして続けた。「ところでAPY-2(星川AWACS、E-3のレーダー)は探知できたか?」

「いえ。厚木アプローチのレーダー波(厚木国の航空管制レーダー)が断続的に入る弱いシグナル以外何もありません。それに、いまAPY-2を探知するということは我々の攻撃タイミングが遅れたことになります。事前の計算に間違いがなければあと4分後です」

「そうだな」長沢中佐は頷いたが、そのことは長沢中佐も承知していた。ただ攻撃のタイミングに不安を覚えた長沢中佐は、自分以外の口からそのことを聞きたかったのである。

いずれにせよ、あと4分で答えが出る。雑念を捨てよう。長沢中佐はそう思った。

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