その21

金目川支流 渋沢駅北北西約4.1キロメートル

香貫公国軍 A57基地


8機の大型戦闘機Su-27SM(KEITOコードネーム:フランカー)が次々と薄暗いA57基地の滑走路に着陸した。見事に一定の間隔で着陸した8機は、エプロン(駐機場)に到着すると、それぞれの場所でSu-27SMを停止させた。

Su-27SMが整然と並んで停止した横には、12機のMiG-31Mが同じく整然と並べられ、その周りでは、A57基地の隊員がかたまって好奇の目を彼女らに向けていた。


「なに! ここ! こんなに酷いところ初めて」

「ほんと。それに何! あの男たち。やだ、できちゃいそう」

最初にSu-27SMからエプロンに降り立った二人の若い女性パイロットは顔を見合わせた。

女性だけで構成された第586戦闘機連隊(魔女飛行隊)の彼女らにとって男からそそがれる好奇の目には慣れていた。


「そんなところで油売っていないで自分の機体に戻りなさい。燃料車が来たわよ! それに、あなたたちと一戦交えようなんて度胸のある男が香貫にいないのも知っているでしょ!」8機を率いてA57基地に降り立った第586戦闘機連隊第1大隊長(白バラ隊)瀬奈ふぶき中佐は、部下のパイロットを叱ってみたものの自分もこんな酷いところは初めてで戸惑っていた。


A57基地は「死のトライアングル」と香貫本国を結ぶ中間点の補給基地として、トライアングルの中心であるR38基地と同時に建設が始まっていた。

梨園と林に挟まれて、めったに人が近寄らない場所に「ダイダラ」の企業が建てた倉庫。その中2階がA57基地だった。基地の存在を秘匿するには絶好の場所だったが、基地の建設に必要な資源の多くはR38基地に回されていた。このため航空機が移動する床の舗装を除いてA57基地の建設は進まなかった。

かび臭く埃っぽい空気、窓が少なく昼間でも薄暗い倉庫内の環境は劣悪だった。

政治犯を収容する淡島コロニーだってこれほど酷くはないでしょうね。それに、最初は薄暗くて気付かなかったけれど、ここの男たちの顔は青白く、頬がこけている者が多いわ。ここは環境だけじゃなくて食糧事情も悪いのね。できるだけ早く仕事を終えておさらばした方がよさそう。そう思った瀬奈中佐は、最大の関心事である基地の整備・補給態勢を確認しようと男たちの後ろに並ぶMiG-31Mを見つめた。

すると男たちの列が割れて、そこから顔を真っ赤にして眉を吊り上げた空軍大佐が取り巻き連中を連れてドシドシとこちらに向かってきた。

「指揮官は誰だ!」その空軍大佐は怒鳴った。

「私です。大佐。第586戦闘機連隊第1大隊長、瀬奈ふぶきです」瀬奈中佐はそういって大佐に敬礼した。

「基地司令の大松だ。お前たちは6機で来るのではなかったのか! なんで2機も増やした。勝手なことをするな」

「その件は指示があいまいだったので軍団司令部にも確認しました。軍団司令部はこちらにも確認したと思いますが?」やれやれ、ここにも軍は男のものと考える恐竜がいたわ。瀬奈中佐はうんざりした。

「そんな話は聞いておらん! 君たちはどこに行ってもやりたい放題らしいが、ここでは許さんぞ! 増やした機数分の働きはしてもらう……君たちのために特別に状況説明してやる。準備ができたらすぐに司令部に来い! いいな!」R38基地司令・大松大佐は、そう捨て台詞を吐いて立ち去った。

取り巻き連中も大松大佐と一緒に立ち去ったが、飛行服を着た長身の中佐だけは立ち去らなかった。逆に瀬奈中佐に近づき右手を差し出して握手を求めた。

「458連隊の長沢だ。ようこそカビ屋敷へ。とんだ歓迎になって申し訳ない」MiG-31Mを運用する第458戦闘機連隊第1大隊長・長沢中佐は、立ち去る大松大佐の方を振り向いて顔をしかめた。

「ありがとう。でもああいう方には慣れているわ。それにあなた方もここに臨時配属されただけでしょ。謝ることなんかないわ」瀬奈中佐はにっこりと美しい笑顔を見せた。さあ! この男も私の笑顔に引っかかってくれるかしら。

「ただ、基地司令の気持ちも分からんわけではない。あれを見てくれ。この基地はいまだにあんな燃料タンクに頼っている状況なんだ。全てのものが不足している」長沢中佐が指差した先には十数個のゴム製簡易燃料タンクが並んでいた。これでは12機の戦闘機を3日飛ばすだけの燃料しかない。長沢中佐の危機感は強く、瀬奈中佐の笑顔は目に入らなかった。

私の笑顔にはひっかからないようね。別にかまわないわ。だってこの男は女性に偏見を持っていないようだし、それにいい男じゃない。一緒に仕事する相手としては十分だわ。それでは、この男の力を借りて一つずつ仕事を片付けてしまいましょう。「整備員を乗せた輸送機が遅れているの。燃料給油だけでもおたくの整備員が手を貸してくれたら助かるんだけど?」

「かまわんよ」長沢中佐はそう言いながら男たちの群れにいる一人を手招きした。「整備班長に命じて手伝わせよう」

瀬奈中佐は再びにっこりと笑顔をみせた。「迷惑をかけるわね」

「お互い様だ。それよりも早く司令部に行こう。基地司令が待っている。基地司令は好意で状況説明してくれるわけではない。R38基地の司令官に強くいわれて渋々やるもんだからな」

二人は司令部に向かって歩き出した。

堀内少将が求めた増援の第1陣として魔女飛行隊がA57基地に到着した。さらに、増援の主力となる香貫空挺軍の1個大隊は編成を終え、まもなく移動を開始する予定だった。死のトライアングルの増強は着々と進んでいた。




相模湾 相模川河口の南約5キロメートル

星川合衆国海軍 HSC-4(第4ヘリコプター海上作戦飛行隊)“ブラックナイト02”、HSM-74(第74ヘリコプター海洋攻撃飛行隊)“キャット01、03、04”


対潜ヘリコプター・MH-60R“ブラックナイト02”は、日の落ちた相模湾を西に向かって飛行していた。3機のMH-60S“キャット01、03、04”を従えて<カール・ビンソン>を発艦したこのヘリコプターは、4機の先頭に立って酒匂海軍の空母<瑞鶴>に向かう途上だった。

月が顔を出すのは1時間後。見渡す限り真っ黒な海水は、陸地に灯る光を反射して淡く光り、波が砕けたところでは夜光虫が驚いて青白く瞬いていた。全長6センチメートルのヘリコプターに乗る搭乗員は「ダイダラ」では見逃すような小さな光も大きく見え、真っ黒な海水がけっして暗黒の世界でないことを感じとっていた。この真っ黒な海の先に<瑞鶴>がいる。

4機のヘリコプターは、香貫のミサイル基地を攻撃する星川の司令部要員を<瑞鶴>に送り届ける任務を帯びていた。順調に飛行する4機は目指す<瑞鶴>との会合点に迫った。

「CAG、そろそろです。シートベルトをきつく締めてくださいよ。酒匂がSAM(対空ミサイル)を撃ってこようが鉛弾を降らせてこようが、あなたを<瑞鶴>まで送ります。そのときは激しい機動になりますから」加藤中佐のヘッド・セットにベテラン機長の声が響いた。

加藤中佐は、“ブラックナイト02”の機長席と副操縦士席に挟まれたセンターコンソール後方にあるオブザーバー席に座っていた。この席からはコックピットの計器版が見渡せる。加藤中佐も計器版を見て会合点に近づいたことを認識していた。

今回の件が酒匂の陰謀なら、機長がいうようにSAMを撃ってくるかもしれない。親友である三宅がそんなことをするはずはないと思っても、三宅自身が騙されている可能性だってある。今回の発端を作った加藤中佐自身でさえも、まったく不安がないわけではなかった。

加藤中佐でさえ不安が脳裏をよぎるのに、ほとんど状況を知らない機長が不安を感じないわけがない。それでも機長は平然とヘリコプターを操縦している。うちの航空団はこんな奴ばかりだ。加藤中佐はこのような機長たちを頼もしく思い、そして一緒に戦えることを感謝した。

「12時方向、灯火」物思いにふける加藤中佐のヘッド・セットに副操縦士の報告が流れ込んだ。

「見えんぞ!」機長が言った。

「波の切れ間に一瞬見えました。このまま直進してください」副操縦士の声は自信に満ちていた。機長も機長なら副操縦士も副操縦士だ。みんな心臓に毛が生えている。そう思った加藤中佐はにやりと笑った。

「よし、見えた。あれは艦のマスト灯だな。着艦指示灯が見えないから“トンボ釣り”とかいう艦だろう。あの艦の風上に<瑞鶴>がいるはずだ。よく見張れ! ナビゲーション・ライト(航法灯) オン!」機長は矢継ぎ早に指示をとばした。

4機のヘリコプターは、<カール・ビンソン>を発艦して以来、全ての電波放射を封印し、夜間の目印となる航法灯も消して存在を隠してきた。だが、<瑞鶴>に近づいた今、灯火管制を解除するときが来た。航法灯の点灯は<瑞鶴>に対しては着艦する意思表示であり、他の3機に対しては、まもなく<瑞鶴>に着艦することを知らせる合図であった。

彼らが発見した艦は、酒匂海軍の巡洋艦<能代>だった。<能代>は<瑞鶴>の“トンボ釣り”を務めていた。“トンボ釣り”とは、空母の後方に占位して着艦進入に入るパイロットの目印になる艦のことで、着艦に失敗して着水した搭乗員を救出する役割も担っていた。以前の“トンボ釣り”は小回りのきく駆逐艦が務めていたが、波が高くなると空母の速力についていけないため、今では巡洋艦がこの役を務めている。

波でゆらゆらと揺れる<能代>のマスト上空を通過した4機のヘリコプターは、<瑞鶴>がいるであろう方向に機首を向けた。全長50センチメートルの<能代>が波を掻き分けるその前方を目で追っていくと、またもマスト灯らしき光が見えた。

「あれが<瑞鶴>だな。ここいらで、ランディングチェックをしておこう」

4機のヘリコプターは着艦準備を整えて<瑞鶴>の左舷を飛行した。

NVG(暗視ゴーグル)をつけた副操縦士は、機長の肩越しに<瑞鶴>のフライト・デッキを見て着艦に支障となる要素はないか確認した。異常なし。副操縦士の報告に機長は頷いた。「思ったよりもでかいな……着艦指示灯はグリーン。降りるぞ!……CAG! 着艦します。覚悟はいいですね」

「あぁ! 覚悟はできている」加藤中佐の声は落ち着いていた。

加藤中佐の声に安心した機長は、雑念を捨てて着艦の操作に専念できる余裕がうまれた。

4機は<瑞鶴>を追い越すと次々と編隊を解いて、今度は着艦するために<能代>に向かって反転した。




相模湾 相模川河口の南約5キロメートル

酒匂王国連邦海軍 第1航空艦隊第5航空戦隊 空母<瑞鶴>


加藤中佐は<瑞鶴>のフライト・デッキに降り立った。頭の上ではヘリコプターのローターが回転したままだった。ローターにぶつからないよう屈んでヘリコプターを離れた加藤中佐は、ローターの外に出ると出迎えの<瑞鶴>当直員3名と敬礼を交わした。

「最近よく会うな。加藤!」それは、三宅准将の声だった。

「三宅か? 気が付かなかったぞ!」出迎えの当直員だと思っていた一人が三宅准将だった。二人は、がっしりと握手を交わした。

「ようこそ<瑞鶴>へ」三宅准将の隣に立つ当直員もそういって右手を差し出した。その手を握った加藤中佐の手に当直員の気持ちが伝わってきた。それは敵意ではなく、むしろ親しみの感情だった。

そうしている間に、2番機“キャット01”が着艦した。機内からは、星川軍側の指揮官となった西方軍副司令官・岸本中将が降り立った。その瞬間、スピーカーを通してサイドパイプ(号笛)の音色が2度響き渡った。そして儀仗隊指揮官の「ささげー銃」の号令が響いた。乗艦した岸本中将に対する敬意の表明である。

「指揮官も到着されたようだ。行こうか。最初に司令部公室に案内するように言われている」

「わかった」加藤中佐はそういって頷くと“ブラックナイト02”に振り向き、右手を高く上げて親指を立てた。機長に対する心配無用のサインだった。

加藤中佐と三宅准将は、先導する当直員に従って艦橋に向かった。艦橋後部のドアをくぐって赤色の照明に照らされた薄暗い艦内に入ると、すぐ横に下へ降りるラッタル(階段)があった。当直員はそのラッタルを滑るように降りていったが、三宅准将はぎこちなかった。「加藤、船の階段は急だから気を付けろ」

「艦の造りはどの国も一緒だな」三宅准将に続いてラッタルを降りる加藤中佐が言った。

「そうだった。お前も黒い制服を着ているんだったな。星川の空母の階段はもっとましなんだろ?」

「同じさ。でかいのはフライト・デッキと格納庫だけ。すべて飛行機のものさ。人間様に割くスペースなんか二の次だ。不思議に思うかもしれんが、空母の乗組員になったら最初に人の多さに慣れなきゃならん。でかい空母とはいえ5千人以上が乗っているからな。」

彼らはさらに別のラッタルを降りて、ようやく司令部公室にたどり着いた。

「こちらが司令部公室です。お入りください」当直員がドアを開けて中に入るよう促した。

薄暗い通路から明るい司令部公室に入った加藤中佐は、目をしばたたかせて内部を眺めた。そこでは、一足早く司令部公室に案内された岸本中将が、酒匂軍の幕僚と握手を交わしていた。簡素ながらも心のこもった歓迎を受けた岸本中将の表情は和やかだった。

そうするうちに残りのヘリコプターでやって来た星川軍の幕僚も司令部公室に到着し、彼らも酒匂軍の幕僚と和やかに言葉を交わした。その光景は古い友人と再会を喜んでいるようにも見え、先日まで領有権を争っていた敵国同士には到底見えなかった。

和やかな雰囲気の中、艦内の説明を受けた星川軍の幕僚は酒匂軍の幕僚とともにCIC(戦闘情報センター)に隣接する司令部作戦室に移動した。その部屋は最新の電子機器に囲まれた現代戦を指揮するための部屋で、近代化改修の際に新設されたものだった。

司令部作戦室に入った両国の幕僚はすぐに仕事にかかった。まず最初にUSWESTCOM司令部(星川西方軍司令部)のJ-3(西方軍司令部作戦主任幕僚)、“歩くコンピュータ”高須賀大佐が星川軍の作戦計画を説明した。この計画を基本として酒匂軍の兵力が補強する計画を立案する。高須賀大佐は、その点を強調して説明を終えた。

続いて今回の共同作戦で酒匂側の指揮官である酒匂合同軍副参謀長・入江男爵と、星川側の指揮官である岸本中将が訓示を行った。その内容は、両国の指揮官とも「これまでの確執を捨て新しい友人と共に戦おう」というものだった。

指揮官の意図を確認した両国の幕僚は、それぞれのセクションに分かれて作業を開始した。

岸本中将は、多少ぎこちないながらも共同作業を進める両国の幕僚を眺めながら最後の難関を解決しようと隣に座る入江男爵に話しかけた。「指揮権と司令部の件ですが……」

入江男爵は分かっていますというように頷いて言った。「その件は幕僚の検討が進めばおのずと結論が出るでしょう。少しお時間を頂けますか。我々はそれに従う準備はできています」共同作戦とはいえ別々の指揮系統では現場が混乱してしまう。ただ一人に権限を集中して、ただ一人が命令を下す必要がある。戦力のほとんどは星川軍だ。このため今回は星川軍の指揮官が酒匂軍も指揮するのが当然だと入江男爵は考えていた。問題は我が酒匂の軍人がそれに納得するだろうか。もちろん我が国の軍人なら命令に従うだろう。だが、それだけではだめだ。目まぐるしく戦況が変化する戦場では、消極的に命令を遂行する者は危険な存在となる。だからこそ下からの積み上げで星川軍の指揮下で行動するようにしたいと入江男爵は考えていた。

「あなたのお立場は理解しているつもりです。ところで司令部はどちらに設置されるお考えですか」

「私としては相模川に配置する空母<カール・ビンソン>に司令部を設置しようと考えています。司令部機能だけを考えるならイージス巡洋艦がよいと海軍の幕僚は言うのですが、人員や物資の移動も考えると艦載機を直接使える空母が最適です。ただ艦載機の騒音だけは……なかなか慣れませんな」岸本中将はそう答えながら入江男爵の様子を探った。そして思った。懸念は杞憂に終わりそうだ。岸本中将の懸念とは、入江男爵と同じように「酒匂軍は星川軍の指揮下で自ら積極的に行動してくれるのか?」ということだった。指揮系統が一本化され、その下で長年共に行動しているKEITO(京浜条約機構)加盟国の間でも他国指揮官に抵抗をしめす者がいる。ましてや、今だ敵対関係が正式に解消していない相手の指揮下によろこんで入るだろうか。岸本中将は希望的観測で物事を判断するのは危険だと考えていた。場合によっては酒匂軍の派出兵力は予備兵力として待機させ、一切動かさない計画も立てていた。だが、その計画はゴミ箱行きだ。岸本中将は入江男爵とその幕僚を信頼できる相手だと判断した。情報部が集めた彼らの人物評価も同様の結論を出していた。我々と酒匂軍は一体となって行動できる。岸本中将の腹は決まった。




金目川支流 渋沢駅北北西約4.1キロメートル

香貫公国軍 A57基地


第586戦闘機連隊の整備員と器材を載せた2機のイリューシンIl-76M輸送機は30分ほど前に到着していた。巨大な輸送機の貨物室にあった器材は積み降ろされ、あとは本国に帰るだけだった。

全長14センチメートルの巨大な輸送機が駐機する畳み12畳ほどの貨物専用エプロンには、ジェットエンジンを停止して30分も経つのに排気ガスの匂いが充満していた。空気の流れが悪く、新鮮な外の空気が入ってこない澱んだ空気。それでも少しずつ排気ガスは移動して、瀬奈中佐に対する状況説明が行われている司令部テントに達していた。

その司令部テントの中では、ちょうど状況説明が終わったところだった。

「状況はわかったか。中佐! 遊んでいる暇はないぞ。」A57基地司令・大松大佐は、瀬奈中佐に向かって言った。

何よ! 軍団司令部の情報幕僚は、もっと詳しく説明してくれたわ。女だと思って馬鹿にしないでよ! 瀬奈中佐はそう思ったが表情には出さなかった。そんなことをしても石頭の大松大佐と溝が深くなるだけ。それよりも私が考えた作戦をこの石頭に認めさせるほうが先。それに星川の攻撃に対処する計画は何も説明されなかったわ。敵の動きに合わせて対応するだけでは勝てるわけないじゃない。みんな腐った空気のせいで頭の回転が鈍っているようね。なら、私が変えましょう。その前にもう一度確認することがあるわ。「星川は地上部隊を空から送り込んでくると考えているのですね?」

「そうだ。だから我々は地上部隊を載せた輸送機の接近を阻止しなければならん」腕を組んだ大松大佐がこたえた。

どうやって阻止するの? 大佐殿! 心の中でそう言った瀬奈中佐は、情報将校の顔を見た。「輸送機が離陸したら通報してもらえる手段はあるかしら?」

「あります。詳しい方法は知りませんが、R38基地に向かうであろう航空機があれば直ちに通報を受ける態勢になっています。現在では我々の情報要求は最優先となっています」

「“きのこ”(空中早期警戒機“A-50”)や空中給油機の支援が期待できないなかでは唯一の朗報だな」MiG-31Mの大隊長・長沢中佐がため息混じりに言った。

「でも、“きのこ”と空中給油機がないのは決定的に不利だわ。星川は当然“きのこ”を持ってくるでしょ。星川には空域を監視して指示してくれる手段があるのに私たちにはない。空中給油機がある星川は私たちよりも長く現場に滞空できる。これにF-22(星川空軍の最新鋭ステルス戦闘機)が加わればそうとう手強いわ」

「うれしい話ばかりだな。だが、MiG-31は星川には真似のできないスピードと、足の長いミサイルがある。それにF-22は出てこない。そうだな!」長沢中佐はそういって情報将校に顔を向けた。

「ええ。星川空軍のF-22は星川の大統領令によって生産が中止されています。生産機数が少ない上に星川の戦力削減に不安を募らせるKEITO(京浜条約機構)加盟国を安心させるため、最新鋭ステルス戦闘機であるF-22は東京方面に集中配備せざるを得なくなっています。このため星川の西にF-22が投入されることはありません。これらのことから、少なくとも星川の大統領は我々の仲間だというのが情報部の分析です」情報将校の最後の言葉に司令部テントの一同は笑った。

軍団司令部の情報幕僚から説明を受けていた瀬奈中佐もF-22が投入されないことは知っていた。F-22の話を持ち出したのは、自分の考えを話すきっかけをつくるためだった。「そうなら“きのこ”を排除すれば主導権を握れるわね」

「その点は我々も検討したのだが、空中給油機がないと“きのこ”を攻撃できる位置まで進出すると帰る燃料がなくなる。君たちのSu-27にとっても厳しいぞ」

「そうね。そこで私に考えがあるの。陸軍の助けが必要だけど聞いてもらえるかしら」そういって瀬奈中佐は自分の計画を説明した。

意外なことに、R38基地司令・大松大佐は瀬奈中佐の計画を支持した。だが、大松大佐本人にとっては意外でも何でもなかった。彼の判断基準はあくまでも彼自身の保身と昇任にあった。この作戦が成功すれば、扱いにくい魔女飛行隊を有効に活用できる指揮官として中央の受けはいいだろう。反対に失敗したとしても実行段階で臨時派遣された飛行隊がミスをしたと言い訳できる。優れた戦術家でもなく輝かしい戦歴を持つわけでもない大松大佐が昇任レースに勝ち残れているのは、巨大な軍の組織内をスルリとすり抜ける才能のおかげだった。ともあれ敵の攻撃を防ぐ有効な手立てを見いだせなかったR38基地の幕僚たちは、この作戦を実現させるために一斉に作業を開始した。

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