その4
鈴川上流 伊勢原駅南約3キロメートル
酒匂王国連邦海軍 1航艦5戦隊(第1航空艦隊第5航空戦隊) 空母<瑞鶴>飛行隊“竜神01、竜神07、孤虎02”
3機のプロペラ機が鈴川上空を川上に向かって飛行していた。全長が3センチメートルの艦上偵察機・彩雲“孤虎02”と、護衛の艦上戦闘機・紫電改二”竜神01”、”竜神07”である。3機は、金目川を3キロメートルほど遡上した空母<瑞鶴>に所属する艦上機であった。
2機の紫電改二が彩雲を前後に挟むように飛行する3機は、外見こそ太平洋戦争で活躍していた当時と同じだが、中身は最新の技術により改修された最新鋭機である。
最大の改修点は、エンジンである。ガソリンを燃料としたレシプロ・エンジンからケロシン系の燃料を使用したタービン・エンジンに換装されたのである。
これは、空母が被弾した際の被害を極限するため、空母内部に危険なガソリンを搭載したくない艦側からの要請で実現した。より発火点の高いケロシン系燃料は、艦の被害極限にとどまらず艦載機に給油する際の危険性も減少させた。
改修は困難だったが、紫電改二では、エンジンのタービン化によって「ダイダラ」換算で3000馬力ものパワーを得た。また、エンジンの換装は重量の低減と省スペース化にも寄与した。馬力の増加によって強力な発電機を搭載する余裕ができ、空いたスペースに豊富な電力を使用した飛行管理コンピュータや、戦闘指揮システムなどのアビオニクスを搭載した。
操縦系統も従来の操縦索からFBW(フライ・バイ・ワイヤ:操縦桿の動きを電気信号に変えて操縦翼面を動かす方式)に変更され、俊敏性と安定性という相反する特性を持ち合わせた。
そして、なによりも戦闘指揮システムと連接した赤外線誘導ミサイル90式空対空誘導弾を最大4発搭載し、レーダーはないものの敵のレーダー波を探知するESM(レーダー波などの逆探知装置)を搭載することで戦闘力が大幅に向上した。
「ダイダラ」の世界ではジェット戦闘機に勝ち目のないプロペラ戦闘機であるが、「スクナビ」の世界では、スピード性能やレーダー性能だけが戦闘機の優劣を決める要素ではない。
低空で障害物を避けながら飛行すれば、建物などの陰に入ることによって容易にレーダーやミサイルを避けることができる。建物や電線をかわしながらの飛行ではスピードを上げることもできない。
このため「家の屋根よりも低い高度」という条件がつくものの、小回りのきくプロペラ戦闘機はジェット戦闘機と互角に戦える。もちろん、何の障害物もない高い高度ではプロペラ戦闘機に勝ち目はないが、近接航空支援や捜索救難などの任務では低空を飛行するため、プロペラ機の有用性は非常に高い。
3機のプロペラ艦上機は水面上1メートルを飛行し続け、鈴川が小田原厚木道路と交差する真っ暗な橋の下を飛行した。そのまま川に沿って西に進路を変更すると、3機の正面に箱根の山と富士山が見えてきた。
3機編隊の先頭を飛ぶ紫電改二”竜神01”には、酒匂王国連邦最大の王家である出雲家の第3王子にして酒匂王国連邦海軍少佐である出雲隼人が搭乗していた。
出雲少佐はヘッド・アップ・ディスプレイ(コックピット前方ガラスの手前に設置された透明の板に、飛行姿勢などの情報を表示する装置)を通して正面に映った箱根の山を見て、思わず祈りの言葉を口にした。
箱根の山は酒匂王国連邦にとって国の守り神である。
常に東への野望に燃える香貫であっても大規模な陸上兵力を酒匂に集結させることはできない。箱根の山が大規模な陸上兵力の移動を拒んでいるからである。
酒匂の国民にとって箱根の山は、まさに国の守り神なのである。今のところは。そう、今のところは。
昨日、出雲少佐は、王位継承権第4位の叔父である海軍軍令部総長・出雲男爵の呼び出しを受けた。このため、出雲少佐はその日のうちに一人紫電改二”竜神01”を飛ばして、空母<瑞鶴>から酒匂川河口に位置する海軍軍令部に向かった。
海軍軍令部がある西酒匂コロニーには酒匂海軍最大の西酒匂海軍基地と隣接する西酒匂海軍航空基地がある。この西酒匂海軍航空基地は空母が入港する前に搭載する艦上機を陸上基地に移す拠点としても使用されるため、離発着する航空機が非常に多い。
着陸の順番待ちのために上空待機することも珍しくない基地ではあるが、出雲少佐の”竜神01”は他の航空機を全て待たせて悠々と西酒匂海軍航空基地に着陸した。
着陸後、高官専用の駐機場所に”竜神01”を止めた出雲少佐は、軍令部総長が差し向けた専用車に乗って軍令部庁舎に向かった。
「おお! 隼人、急に呼び出してすまなかったな」軍令部総長は椅子から立ち上がり、嬉しそうに机を回って出雲少佐を迎えた。「心配しておったのじゃぞ」
「心配には及びません。一人で飛ばしてこられます」
「その件は手配している」
「ですが、私のために貴重な戦闘機を2機も母艦から離すわけにはいきません」
出雲少佐は、王家の都合で<瑞鶴>を離れる際は母艦の戦力が割かれることを心配して一人で飛んでいた。だが、周りの人々は一人で飛ぶ出雲少佐を心配し、何度も護衛をつけて飛ぶように要請していた。
「<瑞鶴>戦闘機隊の定数を2機増やした。2機は今週にも<瑞鶴>に到着するじゃろ。これからは必ず僚機を伴って飛ぶのじゃぞ」
「しかし」
「隼人! しかしはなしじゃ! 酒匂の民は、自ら進んで危険な任務を引き受ける王子を慕っているのじゃ。隼人が思っている以上に民は隼人を大切に思っているのじゃぞ。隼人の身は、おぬしだけのものではないのじゃ」
「ですが、その2機はどこから持ってくるのです。わが海軍に余分な戦闘機などないはずです」
「それは軍令部や海軍省が考える。隼人は心配せんでもよい。それに……隼人に万一のことがあれば、大貫や平岡は生きてはおるまい。 あの二人ならそうするじゃろ。それでも意地を張るつもりか?」
大貫大佐と平岡中佐は、出雲少佐の上司である<瑞鶴>艦長と<瑞鶴>飛行長である。二人は訓練に厳しく、その点では一切の妥協がない。たとえ相手が王子であっても同じである。厳しい訓練が長引いた時などは不満を感じたこともある。だが、出雲少佐は、この厳しい訓練のおかげで今まで生き延びているのだと思っている。出雲少佐は自分のために信頼する二人を死なせるわけにはいかないと思った。
「……わかりました。叔父上」出雲少佐は不承不承受け入れた。
「じゃが、心配していたのはその事ではない」
「なんですか?」
「とぼけるでない! 大王からも知らされている。おぬしの大学進学のことじゃ。大王の意向に逆らって酒匂で「スクナビ」の大学に行こうとしていると聞いた。 なぜじゃ?」
「わたしは、我が連邦の将来が心配なのです。先日も香貫が裏で糸を引いている暴動が熱海で起きました。手をこまねいていると香貫や星川に滅ぼされてしまいます。ですから私は国に残って将来戦場になる場所を調べたいのです」
「隼人、おぬしの国を思う気持ちはわかった。大王が、おぬしの志を聞いたらお喜びになられるじゃろ」
軍令部総長は顔をほころばせたが、すぐに真顔に戻って言った。「じゃが、そのような調査は王が希望される東京の「ダイダラ」の大学に通いながらでもできるじゃろ」
「香貫や星川は、いつ攻めてくるかわかりません。明日かもしれないのです。一刻も早く調査を完了させ、私の準備を終えねばなりません」
「確かに戦う場所を知ることは必要じゃ。織田信長も若い頃は尾張の地を調べまわったと聞く。じゃが地の利を知るだけでは闘いに勝てん」
「わが国の兵士と兵器は優秀です。あとは地の利を生かした作戦ができれば勝てます」
「戦争とは意思と意思のぶつかり合いじゃ。お互いの知恵比べじゃ。そのためには相手が何を考え、どのように動くかを知らねばならん。じゃから大王は多くの国々の学生と学び他国人の考え方を知る必要があると考えられておるのじゃ」
「叔父上は、このようなことを言うために私を呼び寄せたのですか?」出雲少佐は、自分を心配してくれる叔父に感謝しながらも、うんざりしたようにつぶやいた。
「……まあよい。この話は後じゃ。厄介な事態が発生したんじゃ。ついてきなさい」
二人は、総長室を出て、地下に向かった。軍令部庁舎の地下には酒匂連邦海軍の作戦中枢である軍令部作戦司令室と、第1部(作戦・運用)、第3部(情報)の事務室があり、二人は第3部事務室のさらに奥にある特別最高機密室に入った。
そこには第1部長、第3部長の他に若い第3部所属の少尉が待機していた。
「待たせてわるかったのう。そうそう、北川少尉は初めてじゃったな」
「第3部第2課 海軍少尉 北川 啓!」まさか軍令部総長が一介の少尉の名前を覚えているとは思わず、しかも王子にまで紹介されたため、北川少尉はコチコチに緊張して出雲少佐に申告した。
「<瑞鶴>戦闘機隊 出雲少佐。よろしく」出雲少佐も戸惑った。それは少尉を紹介されたことに対する戸惑いではなく、叔父が王族として階級の分け隔てなく人に接する姿勢に対してだった。そして叔父の態度を見習おうとも思った。
「さっそくじゃが、わしも考えをまとめたいんじゃ。すまんが初めから説明してもらえんじゃろか」出雲少佐の戸惑いも気にせずに軍令部総長は話を急がせた。
「わかりました。総長。昨日からの新しい情報を含めまして、北川少尉が説明をおこないます」第3部長は、北川少尉のほうを向いてうなずいた。
「北川少尉、説明いたします」北川少尉はそう言いながらプロジェクターを点灯させ、壁際に歩み寄って部屋の照明を暗くした。
「今回の事象を申し上げる前に香貫の核戦力の構成について説明いたします。香貫軍の核戦力については……」
「ちょっと待て下さい。核攻撃が迫っているのですか?」出雲少佐は驚いた。
「いや。今すぐ攻撃されるという話ではないんじゃ。じゃが、今後重大な脅威になる可能性があるのじゃ。時間もないので先に進ませもらうぞ」軍令部総長は出雲少佐に答えながら、目で先を促すように北川少尉を見つめた。
「……説明を続けます。香貫の核戦力は「ダイダラ」世界のアメリカ軍やロシア軍と同様に3本柱で構成されています。1本目の柱はTu-95“ベア”とTu-160“ブラックジャック”を合計60機装備する戦略爆撃機部隊、これは空軍に所属しています。
2本目の柱はデルタⅢ・Ⅳ級6隻、タイフーン級2隻を装備する戦略ミサイル潜水艦部隊。これは当然ながら海軍に所属しておりまして、全て第1太平洋艦隊司令官の指揮下にあります。そして3本目が移動式核ミサイルを装備する戦略ロケット軍であります。
今回問題となるのは、その戦略ロケット軍の移動式核ミサイルです。戦略ロケット軍は第35ロケット師団と第51親衛ロケット師団の2個師団を保有しています。各師団はSS-27“シックルB”と呼ばれる移動式核ミサイルを27発装備しています。このミサイルはTELと呼ばれる弾道ミサイル輸送起立発射機に搭載されています。
この2個師団がミサイルを発射する場合、射程は約30キロメートルですが、目標の射程圏内に移動してから発射することになります。このため、第51親衛ロケット師団が航空機で、第35ロケット師団が輸送艦で発射位置に移動するよう計画されています。
なぜ移動して発射しなければならないのかと申しますと、今だ「スクナビ」世界では大気圏外に物体を射出する能力がないためです。空気抵抗のない宇宙空間で飛行距離を伸ばせないため、ミサイルの射程は技術的に30キロメートル前後が限界とされています。
また、大型ミサイルは乱気流に弱く飛行経路の修正が困難であります。強い風が吹くことの多い海岸付近での発射や、飛行経路上に山がある場合などは乱気流の影響を受けて実用的な命中精度を得られません。
このような理由から、香貫軍は地下サイロから発射する弾道ミサイルを保有していませんし、我が国に対する移動式核ミサイルの脅威はありませんでした。
情報部が常々疑問に感じていたのは、爆撃機や潜水艦などの柔軟性があるミサイル発射手段を持ちながら、なぜ移動をしてからでないと発射できない面倒な移動式核ミサイルを保有しているのかということです。しかも戦略ミサイル軍は独自の輸送手段を持っていません。
この疑問に対する唯一の答えは、目標を射程圏におさめる平地に発射基地を作って、そこに配備するための部隊ではないかということです。
このような任務を持つ部隊ですから戦略ロケット軍の動きは常に監視していました。そして、先月上旬、海軍省情報部は第51親衛ロケット師団所属の2個中隊に移動命令が出されたとの情報を得ました」
「まだ発射基地はないのですよね。訓練の可能性は考えられませんか?」出雲少佐は希望をこめて質問した。
「訓練の可能性も考えました。戦略ロケット軍は2個師団とも首都のある香貫山コロニーに集中配備されています。この基地から年に2回、定期的に展開訓練を実施していますが、今年はすでに終了しています。
また、戦略ロケット軍の部隊が展開する先の基地では、訓練であっても警備態勢が非常に強化されます。核兵器を防護する必要があるので当然ですが、今のところ、どの基地も警備が強化された兆候はありません。
今回の移動命令で特異な点は戦略ロケット軍司令官の直轄部隊である戦略ロケット管理師団にも移動命令が出されている点です。
SS-27“シックルB”の整備は3段階に分かれています。
第1段階は日々の点検や簡単な整備をする段階です。自動車に例えるなら運転前の点検やオイル交換などにあたり、ミサイルを装備する部隊の兵士が実施します。
第2段階は定期的な検査や中規模の修理を行う段階です。自動車では民間車検場やカーショップに相当し、各師団のミサイル整備大隊が実施します。
ここまでは、ミサイルの即応態勢を維持することに重点を置いた装備と訓練が行われています。
第3段階は完全な分解整備や大規模な検査を行う段階で、ロケット推進器や誘導装置などそれぞれの専門家でなければ対処できない高度な整備を行う部隊です。これを戦略ロケット管理師団が担当しています。この部隊は中長期的なミサイル整備や、各師団への技術支援を行っており、短期的な展開では必要とされません。
また、戦略ロケット管理師団を伴うということは、平時はミサイル本体に核弾頭を搭載せず、その都度所要に応じた規模の核弾頭を搭載するものと考えます。なぜそうするのかと申しますと“シックルB”に最大規模の核弾頭を搭載しますと、我々はダイダラ換算で約550キロトンと推測していますが、これでは破壊力が大きすぎるのです。このような兵器は極めて政治的な兵器です。目標とするコロニーの規模や政治状況によっては、もっと小型の核弾頭で足りる場合があります。通常規模のコロニーならダイダラ換算で50キロトンもあれば十分破壊できます。
我々の情報源から得た情報は、戦略ロケット軍の2個中隊と、整備大隊及び戦略ロケット管理師団の一部、そして陸軍直属の工兵旅団の一部に移動命令が出されたということだけです。いつ、どこに移動したかといった情報はありません。ですが戦略ロケット管理師団を伴うということは、独立した整備態勢を整えた本格的な部隊の移動と推測できます。
その後も情報収集に努めてまいりましたが、2日前、思いがけないところから移動先の手がかりを得ました」
北川少尉は、プロジェクターに写す画像を入れ替えた。
そのプロジェクターからは、右側の翼が折れ、火を噴いて墜落する飛行機が映し出されていた。
「この写真は、鶴巻温泉付近の鈴川で地質調査をしていた我が連邦の資源調査船「白嶺」が撮影したものです。
「白嶺」は調査を終え、鈴川の河口に向けて航行中、鈴川が板戸川と合流する付近でこの撃墜事件に遭遇しました。船長は海軍の予備役中佐であったため、この映像と撮影方向などのデータを直ちに海軍省に送ってきました。
では、この写真の分析結果について報告します。
攻撃を受け墜落している航空機は、星川空軍の捜索救難機HC-130です。そして画面左下に命中寸前のミサイルが見えます。画像分析の結果、このミサイルは9K35“ゴファー”に搭載された新型の9Mミサイルと判明しました。この新型は香貫軍しか保有していないミサイルです。
この撃墜で「白嶺」が確認したミサイルの総数は5発です。9K35は1両につき4発搭載していますが、発射間隔は10秒前後必要なため、最低でも3両の9K35から発射されたものと考えられます」
「1機の航空機に5発以上のミサイルですか。すごいな」出雲少佐は驚きを口にした。
「そうです。よほど重要なものがあるのか、よほど知られたくないものがあるのかと思われます」
「たぶんその両方じゃろ。情報部はここに核ミサイルが運ばれたと考えているのじゃな」
「はい。具体的な証拠はありませんが、戦略ロケット軍を配置するには絶好の場所です。我が連邦だけでなく星川の主要コロニーもミサイルの射程圏内に入ります」
「ここから核ミサイルが発射されると15分で酒匂に到達します。直ちに攻撃して排除すべきです」酒匂海軍の兵科将校は火力を信奉し情報を軽視する傾向が欠点だが、その一人でもある第1部長竹田少将が主張した。
「香貫がここに核ミサイルを配置したのであれば核弾頭を確実に処分しなければなりません。第51親衛ロケット師団所属の中隊が展開したのであれば空輸するための滑走路が建設されているはずです。滑走路があるならば香貫は対空ミサイルだけでなく戦闘機も配備しているかもしれません。攻撃するにしても情報が少なすぎます」第3部長が反論する。
「まずは核ミサイルの発射能力を排除することが優先だ。核弾頭の処分はその後でもできる」竹田少将も第3部長に反論する。
「1部長、陸軍と空軍はこの件で何か動きがあるかのう」
「はい、この件を陸軍参謀長と空軍参謀長に説明してまいりました。両参謀長とも非常に驚いていました。動くとすればこれからだと思います。
今後の対応についても話しましたが、どのような対応をとるにせよ海軍だけでも陸軍や空軍だけでも対応できませんので、統合軍の編成を提案してまいりました」
「うむ。よかろう。じゃが陸軍は対応できんじゃろ」
「熱海の暴動は鎮圧しましたが、真鶴でも暴動の気配があります。裏で扇動している香貫の影響を排除するために陸軍はこれらの地域に2個師団と第1空挺集団を派遣しています。総長が言われるとおり陸軍部隊の大規模な派遣は難しいでしょう。海軍もこれらの地域に特別陸戦隊3個のうち2個を派遣しています。このため陸上兵力は期待できません。ですから航空兵力でいっきに叩くべきです」
「じゃが、核弾頭の確実な処分も必要じゃ……それに、やみくもに攻撃しても効果は薄いじゃろ。なにせ攻撃する場所もわからんのじゃからな。やはり隼人のところで調べてもらうしかなさそうじゃな」
「近くにいるのは<瑞鶴>の機動部隊だけのようですね」出雲少佐が答えた。
「はい。いまこの場所を調査できるのは5航戦(第5航空戦隊)の<瑞鶴>だけです。ですが、大変危険です。王子にお願いするわけにはいきません」
「じゃから隼人をこの場に連れてきたんじゃ。隼人は自分が行くと言い張るじゃろ。そうじゃろ隼人!」
「はい! 国家の危機だからこそ王族が先頭にたたなければなりません」
「行ってくれるな。隼人!」軍令部総長は確認した。
「行きます!」
「よし! 1部長、GF長官(連合艦隊司令長官)に偵察命令を出すのじゃ。わしが出雲少佐の出撃を承認したことも添えてな」軍令部総長は出雲少佐に万一のことがあった場合の責任を一身にかぶった。だが、軍令部総長は出雲少佐の志と勇気が嬉しかった。そして若い出雲少佐の情熱を大切にしたいとも考えた。
「わかりました。直ちに」第1部長は軍令部総長に感謝しながら答えた。王子の志と勇気に感謝し、王子に万一のことがあった場合に<瑞鶴>艦長と飛行長を守ってくれた軍令部総長に感謝した。
「では、私は艦に帰り、艦長に報告して偵察計画を考えます」
「十分に注意するのじゃぞ。よいな隼人!」
「慎重にいきます。叔父上もお身体にお気をつけください」
出雲少佐は、自分の身を心配してくれる人々の視線を受けながら軍令部庁舎を出た。
正面玄関には出雲少佐を西酒匂海軍航空基地に送り届けるための軍令部総長専用車が待機していた。
出雲少佐を乗せた専用車は航空基地へと通じる道を進んでいった。道の両側の町並みは海軍と造船業の城下町として商店やオフィスビルが立ち並び活気にあふれていた。だが出雲少佐にはその町並みも目に入らなかった。
どうやって偵察を成功させるか? どうすれば1機に5発以上もミサイルを発射してくる基地から戻ってくるか? 少ない情報から敵の状況をどう予測するか? 頭の中はそのことで一杯だった。だが、出雲少佐には香貫軍の行動を予測できるほどの知識がないことに気が付いた。これでは偵察を成功できないと考えた出雲少佐は総長専用車を運転する一等兵曹に引き返すよう頼んだ。
「どうしたのじゃ?」総長室に戻っていた軍令部総長は驚いた。
「叔父上。お願いがあり戻ってきました」
一瞬、軍令部総長は出雲少佐が偵察を諦めたのかと思ったが、出雲少佐の目を見てその考えを捨てた。
「なんじゃな!」
「第3部の北川少尉を私に貸してください。もちろん北川少尉が承諾してくれればの話ですが」
「情報を分析できる者が必要なのじゃな?」
「そうです」
「わかった。北川少尉がだめなら他のものをすぐに<瑞鶴>に向かわせよう」
「ありがとうございます。叔父上! ……では、西酒匂の基地で待っています」
「先に<瑞鶴>に戻るのではないのか?」
「2機以上で飛べと言ったのは叔父上です」
「そうじゃったな。すまぬ」
出雲少佐は礼を言って先に西酒匂航空基地に向い、紫電改二”竜神01”の飛行前点検を終わらせた。出雲少佐が整備員から渡された整備確認書にサインしていると、戻ってきた軍令部総長専用車から北川少尉が抱えきれないほど多くの書類や資料を持って、あたふたと車から飛び出してきた。
「王子! お供します。「赤城」の艦爆(艦上爆撃機)に乗ってついて行きます」北川少尉の声は嬉しそうに弾んでいた。
<瑞鶴>に戻った二人はさっそく偵察計画を立案し、大貫艦長と平岡飛行長の承認を得た。
出雲少佐を先頭に飛行する3機の正面に小さな橋が見えてきた。この橋から高度を水面上50センチメートルまで下げ、最大速力で目標の北側から接近する計画である。
出雲少佐は翼を左右に振って後続の2機に合図を送った。一瞬の間をおいて高度を下げ、スロットルを前方に押し出して速力を上げた。3機は晩秋とはいえ、いまだ青々と生い茂る川岸の草に沿って鈴川を高速で飛行した。偵察を成功させるカギはスピードにある。敵に与える時間は短ければ短いほどよい。
偵察の成功とは生きて母艦に帰ることである。生きて帰り偵察結果を報告しなければ成功とはいえない。
3機は小さな橋の下を通過した。間もなく「白嶺」船長の報告から北川少尉が割り出した目標の建物が見えてくるはずだ。出雲少佐は高まる緊張を抑えるように操縦桿を握る手に力を入れた。
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