その2

2 捜索



小出川上流 香川駅南西約500メートル

星川合衆国海軍 CSG3(第3空母打撃群)原子力航空母艦<カール・ビンソン>(CVN-70)


CSG3司令部先任幕僚(副司令)岡部准将は、自分の空母打撃群が置かれている現状に苛立っていた。

岡部准将の苛立ちの原因は、空母<カール・ビンソン>の08デッキから眺める光景にあった。

フライト・デッキ右側に突き出た艦橋の5階。小出川の水面から12センチメートルの高さにあるフラッグ・ブリッジと呼ばれる司令部用の艦橋からは、まるで谷底にいるように両岸の土手が迫って見える。

「スクナビ」にとっては、十分に高い位置からの眺めであるが、「ダイダラ」にとっては水面と同じ高さから見るのと変わらない。

昨日から空母打撃群は、川幅の狭い小出川を5キロメートルも遡上してきた。川幅は8メートルしかなく、全長1メートルの空母を自由に動かす余裕はほとんどない。川岸からの攻撃に備えて<カール・ビンソン>のごく近傍に、イージス巡洋艦<シロー>(CG67)と、イージス駆逐艦<ラブーン>(DDG58)を配置している。このため、なおさら自由に動き回る空間が狭い。

酒匂の勢力圏に近いこともあり、いまの陣形が最適だということはわかっている。上空には、空母打撃群の目と耳になる早期警戒機E-2D“ホークアイ”と、護衛の戦闘機F-14D“トムキャット”を配置し、さらに川岸を監視するため、川の両岸に1機ずつ哨戒ヘリコプターSH-60R“アール”を飛ばしている。

不意の攻撃に備えた態勢はできている。それでも岡部准将の顔は冴えなかった。何かが進行している。いったい何が?

昨夜、伊勢原方面の偵察に向かった空軍のSR-71A、“オーロラ54”が最後の偵察航程に入るとの連絡を最後に消息を絶っていた。

「これで、3機目だ」岡部准将は、そう思いながら手に持った命令書に目を落とした。この命令は昨日の朝、COMTHIRDFLT(第3艦隊司令官)が発令したもので、何度も読み返したため紙が擦り切れていた。


BT

1310060712I

CONFIDENTIAL(機密)

FM:COMTHIRDFLT(発:第3艦隊司令官)

TO:COMCARSTRKGRU TREE(宛:第3空母打撃群司令)

INFO:CDRWESTCOM(通報:西方軍司令官)

作戦命令第111008号

A.西方軍司令官 編成命令 1110060359I

SUBJ:相模川西方の偵察(命令)//NO11202//

情勢:10月3日、酒匂軍の動静を定期調査していた偵察機RC-135V“リベットジョイント”が、相模川西方を偵察飛行中に消息を絶った。

10月4日、消息を絶ったRC-135Vを捜索中の捜索救難機HC-130Jも、相模川西方で消息を絶った。

西方軍司令官は、これら連続した航空機の消息不明は偶然の事故ではなく、正体不明の敵による攻撃と判断した。このため、消息を絶った航空機の捜索を取りやめて、相模川西方で攻撃を行った正体不明の敵を捜索する方針を決定した。

西方軍司令官は、関連文書Aに基づく編成命令を発した。

命令:第3空母打撃群司令は、小出川上流、北緯352109東経1392343を中心とした半径2マイルの地点に向かえ。10月6日1200I以降、西方軍司令官の指揮下に入り、相模川西方の航空偵察を行え。

なお、航空偵察の詳細は、ATO(西方軍航空任務命令)により指定される。

BT


「副司令!」 CVW-15(第15空母航空団)司令代理兼VF-111(第111戦闘飛行隊)飛行隊長・加藤中佐が、空母打撃群情報士官・横山少佐を伴ってフラッグ・ブリッジにやって来た。

「CAGか! 何かわかったのか?」岡部准将は、命令書から目を離して加藤中佐を見つめた。

空母<カール・ビンソン>の艦載機は全てCVW-15に所属している。“CAG”とは、そのCVW-15司令の略称のことである。司令代理とはいえ実質的な司令である加藤中佐は、ほとんどの隊員からCAGと呼ばれている。ただ、VF-111所属の隊員からは“スキッパー”または敬意をこめて“おやじ”と呼ばれている。

「いいえ、はっきりと解明できたことはありません。しかし、USWESTCOM司令部(西方軍司令部)が定めた捜索地点は間違っています」と、加藤中佐。

「そうなんです。そもそもの発端となったRC-135Vの墜落地点が間違っています」横山少佐が、話を受け継ぐ。

「横山少佐が気づいたのですが、墜落したRC-135Vの機長、副操縦士、航法士の三人は、三人とも名誉将校でした。しかも、機長の飛行時間は、たった600時間しかありません」


名誉将校とは、建国当初の軍事費不足を補う手段として創設された制度である。「ダイダラ」人から資金の提供の受け、その見返りに軍の階級を与える制度のことである。「ダイダラ」人が資金を提供すると名誉将校となり、その額に応じて名誉司令や、名誉艦長などに任命される。

彼らは、一部には飛行資格を取って航空機を飛ばす者もいるが、ほとんどは休日の趣味として戦争ごっこをするだけである。本当の実戦に参加することはほとんどない。このため、実際に部隊を動かしているのは副司令や副艦長である場合も珍しくない。


「確かに名誉将校の練度は信用できないが、それと墜落地点は、どう関係するんだ?」

「行方不明当日は、発達した低気圧が日本海を通過していたので、伊勢原付近は強い南風が吹いていました」

「風に流されたのも知らずに飛んでいたというのか?」

「そうです。これを見てください」横山少佐が、持参した神奈川県中部を拡大した戦術地図を広げた。

「この線が、RC-135Vの計画航路です。そして、こちらの線が我々の予測するRC-135Vの実際の航跡です。この予測航跡は当日の風と最後に確認されたRC-135Vの位置から割り出しました」

両方の線は、出発点である二俣川基地を基点としているが、予測航跡は西に行くにしたがって計画航路の北側に離れていく。

「RC-135Vが最後に確認されている位置は、高座渋谷駅の北0.3マイルです。空軍のAWACS(早期警戒管制機E-3C“セントリー”)が確認していました。新幹線に沿った計画航路どおりに飛んでいたのであれば、この時点で既に航路を外れていることになります」

「だが、USWESTCOM司令部は計画通りの航路を飛行したと考えている」岡部准将は命令書に目を落としながら言った。

「はい。計画ではRC-135Vは新幹線に沿って西に向かう予定だったので、位置の確認はできたであろうと考えています。しかし当日は視程が悪く地上の目標を見ながらの飛行は難しい状況でした。しかもパイロットの経験は浅いので、計画航路を大きく外れる可能性は多分にあります」

「次に、この線が捜索救難に向かったHC-130Jの航跡です。HC-130JにはGPSもありますし、救難部隊の搭乗員に航法ミスは考えられません」

その線は、伊勢原駅から南南西に延びている。

「RC-135Vの予想航跡と、HC-130Jの航跡が交差する点は、両者の墜落予想時刻から算出した墜落予想位置とぴったり重なります」

「しかし、SR-71Aの墜落地点は、ここからだいぶ離れているぞ」岡部准将が疑問を挿んだ。

「SR-71Aの墜落地点は、離れていますが、偵察飛行の第1航程で交差地点上空を飛んでいます」

「何か考えがあるようだな」岡部准将に笑顔がよみがえる。

「ええ、横山少佐と私は、昨夜からこれら墜落の共通点を探っていました」加藤中佐は、横山少佐に向かってうなずいた。

「共通点は三つあります。一つ目は、航跡の交差地点。二つ目は、消息をたった航空機が、いずれも緊急通信を発していないという点。三つ目、敵は、いっさいのレーダー波や無線交信を発していないという点です。CAGと得た結論は、RC-135VとHC-130Jは低空を飛行中に地上からの攻撃で撃墜され、SR-71Aは待ち伏せた戦闘機によって撃墜されたのではないかということです」

「攻撃手段は、全て赤外線誘導ミサイルによるものだと思います。これであればレーダー波に反応するESMなどの警報を受けられません。気付いたら攻撃を受けていた。そして何の対処もできず墜落したと考えられます」

「RC-135VとHC-130Jは、低高度を飛んでいたため、地上から赤外線誘導ミサイルで撃墜できます。しかし、SR-71Aは高高度を高速力で飛んでいるため、赤外線誘導ミサイルではSR-71Aを捕捉できません。ですが、SR-71Aの偵察コースについては予測がつきます。敵がオーロラ54を発見してから、戦闘機による迎撃まで約40分も余裕があります。十分に待ち伏せは可能です」

岡部准将は地図から顔を上げて艦橋の前に駐機するF-14Dを見下ろしながら言った。「F-14はミサイルの炎を探知できるのだろ?」

「ミサイルのロケット・モーターが作り出す紫外線を探知する装置はありますが、ターキー(F-14D)やライノ(F/A-18F)など最近製造された戦闘機にしか装備していません」

「攻撃手段に異論はないが、酒匂軍にはSR-71Aに追いつける戦闘機なんかないぞ」

「香貫軍には、MiG-25やMiG-31があります。一連の撃墜事件でレーダー波が探知されていないので、IRST(赤外線捜索追尾装置)を装備したMiG-31によって撃墜されたのだと思います」

「香貫がやったというのか? そもそも、待ち伏せなんか可能なのか?」

「タイミングは少々難しいですが、SR-71Aの飛行コースは予測できるので可能だと思います」

「しかも、次の偵察コースに入るために旋回中のSR-71Aは、機動が著しく制限されています。身動きが取れません」

「香貫は、こんなところで何をたくらんでいるんだ? 秘密基地でも作っているのか?」

「わかりません。ただ、USWESTCOM司令部が設定した捜索中心点を北に2キロメートルずらした“ここ”に何かがあると考えれば全ての疑問が解決します」加藤中佐は鈴川と板戸川の合流点付近を指差した。

「酒匂軍の可能性もありますが、敵はそうとう秘匿に気を配っています。レーダー波や無線を一切探知してないことからも、それはわかります。酒匂軍であれば、そのような気を使う必要はありませんし、この地域での酒匂軍に目立った行動はありません」加藤中佐は考え込むように話した。

岡部准将は考えた。飛躍しすぎた考えにみえるが、何の確信もなく話を持ってくるような加藤中佐ではない。そして、なにより自分の勘も正しいと告げている。「よし、推測の域を出ない面もあるが理には適っている。USWESTCOM司令官と話し合ってみよう」

「そうこなくっちゃ!」

「おい、横山! もし間違っていたら厚木国で大宴会だぞ! おまえの奢りで」

「わかりました。たまには厚木国もいいすっね。それでは、私は、この件をUSWESTCOM司令部の同業者と話します。香貫軍がここにいる手がかりがつかめるかもしれません」

「CAG、この変更をいつから開始できる?」

「まもなく1撃目の発艦時間ですが、攻撃を受けた時の対応策を検討してからのほうがいいでしょう。3時間後に発艦する2撃目から変更します」

「よし、俺は大至急USWESTCOM司令官に話をつける。この方向で進めてくれ」

3人は、それぞれの作業に取り掛かるため、フラッグ・ブリッジを後にした。

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