旅立ち

シヨゥ

第1話

 ふとした仕草に気づかされる恋心。

 それを否定して目を逸らす男心。

 見せていることに気づいてほしい女心。

 そんな人間模様を観察して約15年。

 幸せになってほしいという気持ちと離れていかないでほしいという気持ちが入り混じるようになった。

 これは親心というのだろうか。


 4人家族になったのが15年前のこと。

 晴を里子として迎えたのが始まりだ。

 兄の隆に妹の晴。はじめはギクシャクしたものの隆の努力でいい兄妹に成長した。

 そんな2人の変化に気づかされたのは5年前のこと。妻の幸が先立つ数日前のことだ。

「たまには夫婦水入らずで」

 なんて晴に言われてぼく1人でお見舞いに行った。

 いつも隆や晴が居たから頑張っていたのは感じていた。その頑張りがぼくの1人の時はなかった。

 話しのなかで死期を悟っていることにも触れた。その流れで遺言めいた話になり、

「墓場に持っていくべきものなんだけど」

 との前置きで晴の隆への恋心を聞いた。

「そっと見守っていてほしい。もしなにか言ってきたら、そっと肩を押すぐらいでたぶん大丈夫だから」

 その言葉にぼくは、

「分かった」

 とだけ答えた。


 あれから5年。無事2人とも県内の国立大学に進み、今日は隆の卒業式である。

 隆は卒業後、家を出る予定だ。

 通えなくはないが、ちょっと遠い。そんな距離にぼくは独り暮らしをすすめたのだ。

 隆が家から居なくなる。その現実が晴を落ち着きなくさせていたのが1週間ほど前。

 しかし、ここ数日はいつもの落ち着きを取り戻していた。

「親父、ちょっと話がある」

 その日の夜、隆に呼ばれた。居間にやってくると晴も居る。

「聞こう」

 座って一言。言葉をうながすよう言う。

「ここを出ていくにあたって、晴も連れて行っていいかな?」

「わたしもタカ兄についていきたいんだ」

「理由を」

 ぼくの声にふたりは顔を見合わせると頷きあう。そして

「お互いに、兄妹じゃなく男女として好きだってことを認めちまったから」

 と隆が言った。


 その日の夜。ぼくは墓地へとやってきていた。

 なんだか家に居るのも気まずくて、コンビニで缶ビールを2つ買ってやってきた。

 幸の墓の前に来ると1つを開けて少し墓にかけて、供える。

 ぼくその場で胡坐をかき、もう1つを開けた。

「今日2人が大人になったぞ」

 そう一言報告し、ビールを一口呷る。

「背中を押す必要なんてなかった。晴はちゃんと決められる子に育ったぞ」

 もう一言。そしてもう一口。

「安心して眠ってくれ」

 もう一言。そしてもう一口。

「もうしばらく2人を見守ったらぼくもそっちに行くからさ。また若いころみたいに飲み明かそうじゃないか」

 ビールを飲み干し、その場を後にする。

 先ほどから携帯の振動が止まらない。履歴を見れば隆と晴が交互にかけてきている。

 心配されているのだと思った瞬間に涙が流れ落ちた。歩きながら落ち着かねば。落ち着いたいつもの顔を見せなければ心配されてしまう。ぼくは大きく深呼吸をすると歩き出した。待っている家族がいる温かい家へと帰るのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

旅立ち シヨゥ @Shiyoxu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る