第四章:本当に大切なもの《プライオリティー》
本当に大切なもの①
「どうしてあんな指令を出した!」
堪えきれない怒りを
場所は『ティル・ナ・ノーグ』本部にあるシールの執務室。輝、シール、夕姫、神崎の四人が集まり、輝がシールに詰め寄っていた。
「落ち着いてください、輝」
「そう簡単に落ち着けるわけがないだろ!」
目が覚めてみれば〝断罪の女神〟討伐の指令が発令されていた。それも『ティル・ナ・ノーグ』から正式に。
その判断を下したのは都市防衛の責任者であるシールに他ならない。
「あいつは、ただ幸せに生きたいって、それだけを望んでいたんだ。ここでならもしかしたら居場所を見つけられるかもしれないって、そう思ってくれていたかもしれない。なのに……」
『アルカディア』は彼女を拒絶した。理想郷にまで拒まれてしまったら、アルフェリカ=オリュンシアは一体どこに居場所を見つければいい。
「輝の言いたいことはわかります。ですが、私には『アルカディア』の平和を維持する責任があります。いくら輝の意見でも個人の感情だけでこの判断を覆すことはできません」
目を伏せたシールだったがそれもほんの一瞬のこと。
「エクセキュアはやり過ぎました。今回、彼女の暴走による死傷者は三十人を超えています。さらに目撃者も大勢、証拠も十分。手続きはまだとはいえ『ティル・ナ・ノーグ』に所属する彼女を庇いたい気持ちは私も同じですが、さすがにこれは庇い切れません」
「だが、それはアルフェリカのせいじゃ……」
「確かにアルフェリカさんのせいではないのでしょう。ですが彼女とエクセキュアを切り離すことはできません」
「くっ……」
シールの言っていることは正しい。
エクセキュアの行動は確実に『アルカディア』を脅かした。それがアルフェリカの意志でなかろうと、エクセキュアを宿す彼女が存在しているだけで住人は不安に思う。
治安維持を務める『ティル・ナ・ノーグ』に彼女を見逃すという選択はない。そんなことをしてしまえば『ティル・ナ・ノーグ』の信頼が地に墜ちるだろう。
それは『アルカディア』の基盤に
それはあってはならない。
どうにもならない悔しさを滲ませて強く拳を握り締めた。
「輝くん……」
心配そうに呼ぶ夕姫の声も今の輝には届かない。
「それに夕姫さんの立場も危ぶまれる状況であることを忘れないでください。彼女も同じく拡散した情報によって顔が割れています。〝断罪の女神〟と
夕姫から血の気が失せた。敵性覚醒体と認定されてしまえば『アルカディア』全てが自分の命を狙いにくる。ただの学生として生きてきた夕姫が立ち向かえるはずもない。
「大丈夫だ」
輝は怯える夕姫を守るように背中から抱き寄せた。震える彼女を強く抱きしめ、恐怖に冷えていく身体へ熱を分け与える。
「そんなことは絶対にさせない。もしそうなるなら俺は――」
「
輝が何かを言い切る前に、白衣を纏った男がそれを
たびたび電話口で依頼を出してきていた男――
「神楽の嬢ちゃんには『アルカディア』の守護者になってもらう。『ティル・ナ・ノーグ』に所属する友好覚醒体としてだ。守護者ともなれば肩書きとしては事足りるだろ」
「っ!? 神崎、それは……」
夕姫にこの世界に身を置かせるということになる。場合によっては死ぬこともある世界に。
その提案にかつてないほどの抵抗心が生まれた。
夕姫は黒神輝にとって日常の象徴だ。彼女には陽だまりの世界でいつまでも笑っていて欲しい。
たとえその案が有効な一手であっても受け入れ難い。
「覚醒体だと
「『ティル・ナ・ノーグ』がそれを担うと?」
「他に心当たりでも?」
そう言われてしまえば反論できない。神崎の言う通り、転生体の夕姫を保護するのに転生体保護機関『ティル・ナ・ノーグ』以上に適した場所はない。
「とはいえ昨日の事件の後じゃタイミングが悪い。神楽の嬢ちゃんの身を守るって意味じゃ、都市にいるやつらを納得させる理由が必要だ。いまオレたちが神楽の嬢ちゃんを担ぎ上げたところで、『ティル・ナ・ノーグ』の隠蔽工作だ何だと邪推する材料を与えるだけになっちまう。それじゃ意味ねぇから、連中に神楽の嬢ちゃんが守護者に足ると認めさせる実績が欲しい」
「実績……? っ、まさか!?」
神崎が思い描いていることに気づき、輝は
「夕姫にアルフェリカを討たせるつもりか」
人類の天敵から都市を守ったという功績は、守護者の実績として申し分ない。
「確かにそれならば夕姫さんが都市の誰かに襲われる危険は大きく減らせることになるでしょう。我々も大っぴらに彼女を守れます」
だがそれは夕姫にアルフェリカを殺させるということに他ならない。
当然命の危険があり、仮に勝利したとしても命を奪ったという事実が夕姫を
しかもそれではアルフェリカは絶対に救われない。
「むり、です……」
それを想像した夕姫が恐怖に青ざめながら首を横に振った。輝に抱きとめられていても抑えられない震えが彼女の心情を物語っている。
「……そんなの、できません……」
そうだ。できるわけがない。夕姫は優しいただの女の子だ。夕姫にとってアルフェリカはもう友人であり、友人を手にかけるなんてできないし、させたくもない。
「他に、方法はないんですか……?」
夕姫の問いは自分を守る方法ではなく、アルフェリカも守る方法についてだ。
「残念ながら、我々が提案できる方法は他にありません」
僅かに言い淀み、それでもはっきりと告げたのはシールなりの誠意だった。
非情な答えは絶望を与えるにはあり余る。友人を助ける手段はなく、自分の身を守るために利用するか、利用せず自分の身を危険に晒すかという残酷な二択。
「えっ、待って! ウォルシィラ――」
夕姫の全身に神名が広がり、眩い輝きが彼女の声を掻き消した。夕姫の気配が消え、腕の中にあるのは神々しい雰囲気を纏う存在。
「ごめんね、夕姫」
〝戦女神〟ウォルシィラ。夕姫を守ることを第一とする神楽夕姫だけの守護神。
ウォルシィラは
「提案を飲めば夕姫の安全は保証できるっていうことでいいのかな?」
「実績を積めば、です。そうすれば夕姫さんの身とその周囲の安全は保証してみせます。
「飲まなかった場合は?」
「守護者として迎えることに変わりはありません。ですが安全の保証ができなくなります。これも
それがシールにとって絶対に違えることない約定だということを輝は知っている。
「未来が見れるって便利な目だね」
「そうでもありませんよ。それなりの代償がありますから」
ウォルシィラは深く頷いた。
「
夕姫には恨まれるだろうけどね、と自嘲気味の笑みを浮かべる。恨まれたとしても夕姫を守ることを最優先にするという意志。揺らぐことなどなく、他者が砕けるものではない。
それでも、やはり納得はできない。
夕姫の安全を守れたとしてその心はどうなる? ウォルシィラの意思とはいえ、友人を手にかけてしまった夕姫は一体どれだけの傷を負う?
アルフェリカだって、憧れた日常を見ることなく苦しみ続けた
そんなものはただの悲劇だ。断じて認められる話ではない。
傷つけないと言った。裏切らないと言った。守ると言った。
そう約束を交わした。
反故にして彼女を切り捨てるなど黒神輝の誓いが赦さない。
夕姫を守る。アルフェリカを守る。
たった二人の転生体を救えなくて、世界を変えることなどできるものか。
「それで、どうするのさ輝。いや……」
腕の中にいるウォルシィラが蒼眼を見上げながら。
「あえてこう呼ぼう。
血が沸騰した。その呼び名は黒神輝を否定するものであるが故に。
紫の瞳は冷ややかに。
「それが君の矛盾だよ輝。己の誓いを果たすために全霊をかけない。己の持てる全てを出そうとしない。全部を救いたいくせに出し惜しみをして、何も選べず、何も動けず、他の誰かに決断を強いておきながら、その結果をひどく後悔する」
「それ、は……」
アルフィーを救えなかったとき。
代わりに人類を救うため、ウォルシィラがアルフィーを殺した。
アルフィーを殺されたエクセキュアはウォルシィラを憎悪した。
エクセキュアが暴走したから理想郷はアルフェリカを拒絶した。
この事態を招いたのはあのとき輝が何も決断できなかったから。
「決めろ。何を救うのか。夕姫も、アルフェリカも、その誓いも、全部守りたいなら意志を示せ。それも出来ないなら――
輝の腕をウォルシィラが強く掴んだ。まるで半端なことを続けている輝を糾弾するように。
温かな日常の象徴である夕姫を守りたい。
傷ついて希望を奪われたアルフェリカを救いたい。
あの日アルフィーと交わした誓いを果たしたい。
黒神輝は、そのすべてを叶えることはできるか? それだけの力を持っているか?
否だ。
「君が意志を示すなら、
輝は瞑目した。
ならば。
手段を選ばず、なりふり構わず、あらゆるものを利用して、そこまですることで為し得ることはできるか?
「ウォルシィラ、シール……頼みがある」
できると、輝はそう判断した。
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