遠く夢見たもの⑭


 必要なものは一通り買い揃えることができた三人はセンター街の外れで合流した。


 輝が二人と合流したとき、明らかにアルフェリカの具合が悪そうだったので、すぐに帰路についた。とうに昼は過ぎていて空腹を感じているが、それはアルフェリカを休ませてからだ。


 輝の前を歩くアルフェリカは何度も吐き気を堪えるように口元に手を当てている。隣を歩く夕姫は心配そうに寄り添った。



「アルちゃん大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ。人ごみに当てられただけだから」



 夕姫は前者を嘘で後者を本当だと認識した。



「ごめんね、具合悪いのにあんなことしちゃって」


「夕姫、お前なにしたんだ?」


「えっ!? それは、えっと……あはは」



 笑って誤魔化された。笑える程度のことであれば特に追求する必要もないか。


 だがアルフェリカの状態は見た目以上に深刻だ。


 “断罪の女神”の力を持つアルフェリカが人ごみに当てられたというのは言葉以上の意味を持つ。



「耐えられるか、アルフェリカ?」


「耐えるわよ。でも視界に入らないでくれる? いまキミを見るとたぶん無理」



 憎まれ口でも強がりでもなく、ただの事実。アルフェリカの表情には欠片も余裕がない。


 アルフェリカが落ち着くまで離れていた方がいいかもしれない。


 だが万が一アルフェリカが耐えられなかったとき、


 どうすべきか悩んでいるとポケットから携帯端末が鳴った。ディスプレイに表示されているのは神崎の名前だった。



「輝か? いまセンター街の近くにいるな?」


「なんでわかるんだよ」


「GPS」



 声に悪びれた様子はない。プライバシーという概念をこの男は持っているのだろうか。


「そんなことより怪我してるところ悪いんだが依頼したい。破壊された東ゲートの近くでランクAの魔獣の観測報告が上がってる。『ティル・ナ・ノーグ』の部隊が警備してるが、万が一にも突破されると事だ。予備戦力として腕の立つ狩人も募ってるんだが、輝も手伝ってくれ」



 確かに想定外のことが発生して魔獣が都市に入り込んだら惨事だ。『ティル・ナ・ノーグ』だけで大丈夫だろうが、念には念をということなのだろう。



「了解した。でもあまり期待するなよ。万全な状態でもランクAの相手はきついんだからな」


「ランクA相手に無理と言わない時点で期待するには十分だと思うが。まあ心配すんな。狩人だけで百人前後の戦力だ。いくらランクAの魔獣でも単体でどうにかなるもんじゃない。あくまで念のためだ」


「わかった。いまから現場に向かう」


「頼んだぜ」



 電話が終わると夕姫がどうしたのかと目で問いかけてくる。いまさら隠すことではない。



「壊された東ゲートの近くでランクAの魔獣が観測されたらしい。都市に入らないように防衛の依頼があった。俺は今からゲートに向かう」


「ランクAってすっごく危ない魔物のことだよねっ、大丈夫なの!?」



 魔獣に危ないも危なくないもないのだが、確かにランクAともなれば危険度は跳ね上がる。



「『ティル・ナ・ノーグ』からも部隊が出てるし、他にも百人以上の狩人がいるから大丈夫だよ。これだけの人数が揃っていれば俺の出番はないだろう」


「あたしも行くわ」



 夕姫にもたれかかってぐったりとしているアルフェリカがそんなことを言い出した。



「だ、だめだよっ。こんなに具合悪そうなんだからちゃんと休まないと」


 もちろん夕姫はそんなアルフェリカの暴挙を止めようとするが、アルフェリカ自身は聞く耳を持っていない。


 普通の病人であれば輝も夕姫と同じ意見なのだが、生憎とアルフェリカの症状は病人のそれではない。



「そうだな、発散した方がいいだろうな」



 いまの状態のアルフェリカを放っておく方が危険だ。



「わかった。アルフェリカも連れて行く。夕姫は――」


「じゃあ私もついてく!」



 とんでもないことを夕姫は言い出した。狩人でもない一般人の夕姫がついてくることなど認められるはずがない。



「なに言ってるんだ。駄目に決まってるだろ」


「出番ないんでしょっ。じゃあ私がついてっても問題ないよねっ!?」


「そういう問題じゃない。危険がまったくないってわけじゃないんだ」


「そんなところに輝くんは行くんだよねっ!?」



 駄々をこねる子供のように夕姫は引く気を見せない。



「……少しは安心させてよ」



 輝の裾を掴み、眉を曇らせる。そんな顔をされてしまっては強く言えない。



「ったく。ずるいのはどっちだよ」



 ガシガシと頭を掻きむしった。



「わかった。だけど現地についたら絶対に俺の言うことを聞けよ」


「うんっ」



 連れて行ってもらえるとわかって、夕姫は晴れやかな笑みを浮かべた。こっちの気も知らないで。


 しかし連れて行くと決めたからには何があっても守り通さなければならない。

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