遠く夢見たもの⑫

 夕姫の料理に舌鼓を打ち、陽が高くなった頃に輝と夕姫とアルフェリカの三人は、センター街へと繰り出した。目的は荷物の一切を失くしてしまったアルフェリカの日用品を買うため。



「す、すごい人ね……」



 行き交う人々の数を見てアルフェリカは苦い顔をした。その数に驚くというよりも何かを嫌がっているように見える。



「人ごみは苦手か?」


「得意じゃないけど、それより……」



 ぽんぽんとアルフェリカは自身の右足を叩く。その内側に"断罪の女神"の神名があることを知っている輝はその意図を察した。



「家で待ってるか?」


「あたしに必要なものを揃えにいくのよ。自分で行くのが筋でしょ」



 気遣ったのになぜか睨みつけられた。言っても仕方がなさそうだ。



「なら手早く済ませて長居は避けよう」


「ええ、ありがとう」



 アルフェリカの申告を示すかのように彼女の顔色は少しばかり悪い。



「センター街は休日だとすごいんだ。一度流れに捕まるとなかなか抜け出せないから注意してくれ。特に夕姫」


「な、なんで名指しするかな」


「そりゃ前科持ちだからだよ。本当ならいつものカフェで留守番してて欲しいところだ」


「やぁだ! 今日はなにゆわれたって一緒に行くもんっ」


「まあ今日は俺が入れないような店も行くから、付き合ってくれるのは助かる。けどはぐれたら困るから手はちゃんと繋いでてくれ」


「わかったよぅ」



 輝が手を差し出すと夕姫は渋々その手を取った。何をしたいのか手をにぎにぎしてくるので、少しばかり強めに握り返すと夕姫は満足そうにした。


 よくわからない。


 そんな二人を見ていたアルフェリカがくすりと笑う。今朝に輝の考えを話したからか昨夜よりも柔らかい表情を浮かべるようになった気がする。



「……なによ」


「言っておくけど手を繋ぐのはアルフェリカもだからな。センター街の人ごみを舐めるなよ。はぐれたらしばらく合流できないぞ」


「じゃあ夕姫と繋ぐわ」



 輝を拒絶してアルフェリカは夕姫の手を取った。別に自分と繋ぐようには言っていないのだが。



「両手に花じゃなくて残念だったね」


「片手に綺麗な花があるから満足だよ」



 夕姫の場合はさながら紫陽花あじさいだろうか。


 紫陽花には元気な女性という花言葉がある。それに土によって花の色が変わる性質もあるらしい。表情がころころと変わる天真爛漫な夕姫にはぴったりの花だろう。



「あはっ、ありがと。それで最初はどこから?」


「まず服屋。アルフェリカの格好はこの都市だと少し目立つからな。適当なものを買って着替えてもらおう」


「あー、そうだね」



 アルフェリカが着ている白装束は肩や足、胸元など露出度が高い。容姿も良いためどうしても人目を引く。



「そんなにヘン?」


「へんとゆーよりいろいろ見せすぎかなって。そんな格好してたら変なのが寄ってきますよ」



 こうして話をしている間も、特に異性の視線がアルフェリカに注がれている。これだけの美形が無自覚に色香を振り撒いていれば、惹きつけられる雄は多いだろう。



「というわけで行きましょう。私良いお店知ってるんだよねー」



 ご機嫌な夕姫に引っ張られて雑踏ざっとうに突撃することになった。


 人混みに悪戦苦闘しながら、女性向けファッションショップを何件も巡り、いくつも衣服を買い込んでいく。


 アルフェリカのコーディネートが楽しいのか夕姫は終始はしゃぎっぱなしだ。夕姫の無邪気さに抗えなかったアルフェリカも困ったように笑いながら大人しく着せ替え人形になっている。


 そしてやはりと言うべきか。


 センター街を巡っているとちょっと目を離すたびに、アルフェリカたちは男に声をかけられた。中には強引な者もいたが、輝が庇おうとするよりも前にアルフェリカが自力で撃退してしまっていた。


 彼女はもともと外から『アルカディア』に一人で旅してきた狩人だ。女というだけでこれより危険なこともあっただろうし、自衛くらいはできて当然か。



「あ、これ可愛いかも」



 アルフェリカが試着している間に夕姫は見つけたワンピースを手に取って品定めをしていた。自分の前に持ってきて鏡を見ている。


 サイズが小さいことから、どうやら自分に合わせた服のようだ。


 値札を見た瞬間に苦い顔になり、たっぷり数分ウンウン悩んだ末に至極残念そうに商品を元あった場所に戻す。



「気に入ってたみたいだったけど買わないのか?」


「あ、輝くん。欲しいけどちょっと高かったから無理かな」



 名残惜しそうにその服を見つめる夕姫。ワインレッドのニット製トップスと黒のマキシ丈ワンピースらしい。デザインはありふれたものに思えるが値札を見るとなかなかいいお値段だ。


 触れてみると滑らかな手触り。値段の高さは素材によるものか。


 手に取って夕姫に合わせてみる。紫色の髪と馴染んでとてもよく似合っていると思う。


 輝はそれを元の場所には戻さず、夕姫が持っている買い物カゴに放り込んだ。



「輝くん?」


「気に入ったんだろ。似合ってたしせっかくだから買ってこう。いまさら一着や二着増えたところで大して変わらない」


「それって輝くんがお金出すってこと!? い、いいよっ、それはさすがに悪いし」


「なんだよ。ケーキだと奢りと言った途端たくさん頼むのに、なに遠慮してるんだよ」


「そうだけどっ、でも額が違うもん」



 確かにケーキと比べれば一桁違う。だが別にそれは問題ではない。



「じゃああれだ。少し早い誕生日プレゼントだ」


「まだ七ヶ月先だよ!? 早いってレベルじゃないよっ」


「なら日頃の感謝と昨日のお詫びってことならどうだ」



 こんな自分を気にかけてくれる夕姫には感謝している。昨日は約束を反故にしてしまった後ろめたさもある。だからこれはそれらに対するほんの少しの気持ち。



「うっ、輝くんそーゆーのずるいと思う」


「ずるくはないだろ。それにその服を着た夕姫を見てみたい。きっと可愛いよ」


「うぅぅ~~~~」



 夕姫の顔がみるみる染まっていく。さっきナンパされていたときだって散々言われていただろうに。



「どうしたの夕姫、顔が真っ赤よ?」


「うひゃあっ!? アルフェリカさんっ!?」



 素っ頓狂な声を出して飛び上がる夕姫。なんでもないですなんでもないです、とブンブン首を横に振っている。



「それでいいのか?」



 白いシャツの上に群青色のジャケットを纏い、下はジーンズ素材のタイトスカートに、もともと履いていたロングブーツ。凛々しくも女性らしさがあるその姿は、男の目のから見てもかっこいい。



「スカートが短いから少し落ち着かないわ」


「慣れの問題ですよ。アルフェリカさん足長いから、こーゆー服の方が絶対に映えますっ」


「でも跳んだ時に下から見えない? 戦闘中とか大丈夫かしら」


「……そーゆーの想定してませんから」



 アルフェリカの狩人感覚との違いにがっくりとうなだれる。


 狩人が衣服に求めるのはまず動きやすさ。次に機能性。オシャレは二の次だ。感覚が違うのも無理はない。



「あの白い服と何か違いがあるのか? あっちも動きやすそうではあるけど」



 アルフェリカが心配する防御力でいうとあの白装束の方が低そうだが。



「あれには術式が編み込まれてるのよ。どんなに飛び跳ねても見えないようになってる【認識阻害】サイトブロックの術式。だから心配する必要なかったんだけど」


「普通に見えない服着ろよ」


「防塵、防水、緩衝、防刃、耐熱、防寒の術式が付与エンチャントされてるのよ。使わない手はないでしょ?」


「なんだその高性能な服は」



 機能とデザインがあまりにもマッチしていない。制作者は一体どういうつもりで作ったのだろうか。



「服はこれくらいあればいいわ。どこかで術式を編み込みたいわね」


「今度『付加魔術師』エンチャンターの店を紹介するからまた別の機会にしてくれ。買うのは服だけじゃないからな」



 そう言って夕姫からカゴを奪い取ると輝はレジへ向かった。



「あ、ちょっと輝くんっ」


「これも買うからな。ちゃんと着てくれよ」


「うー、わかったっ、わかったよもうっ」



 輝の強引さに夕姫は渋々しぶしぶを装って頷いた。緩んでいる口元が隠しきれていない。


 こういう日がずっと続けばいいのに。夕姫の笑顔を見ているとやはりそう思わずにはいられなかった。

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