遠く夢見たもの③


 薄暗い空間だった。壁も床も天井も黒曜石で作られた部屋は捕らえた者を逃さぬ牢獄。


 肌に生温い空気が纏わりつく。衣服の一切を奪われ、部屋の中央で仰向けにされ、両手両足を鎖で拘束されていた。逃げ出すことはおろか露わになった肌を隠すことすらも許されない。


 周囲には用途のわからない計器の数々が置かれている。自分を中心に魔法陣が床に描かれており、黒いローブに身を包む者たちがそれを囲っていた。そのローブには『果実を喰らう蛇』の意匠が刺繍されている。


 裸身の少女を前にしても獣欲を宿す者はいない。注がれるのはただ実験動物を見るかのような冷たい視線のみ。


 身体中に何か取り付けられる。それらはすべて周囲の機材と繋がっていた。ひんやりと冷たい感覚に身をよじる程度の抵抗しかできない。


 さらに血液を思わせる赤い液体で身体に魔術文字を書き込まれる。肌の上をむしが這いずっているような嫌悪に見舞われても耐えるしかなかった。


 腕にチクリとした小さな痛み。皮膚を貫く注射針から何かもわからない薬品が体内に注入され、すぐに意識が酩酊めいていする。方向感覚を失い、落ちながら昇っているような異様な浮遊感に襲われる。


 直後――絶叫した。



「あ、ああ、あああああああああああ―――――――――――っ!」



 取り付けられた器具から流れる何かが神経を刺激した。生きたまま皮膚を剥ぎ、神経を削り取られているような激烈な痛み。そのあまりの激痛に喉を裂くほどの悲鳴が薄紅色の唇から溢れ出す。痛みから逃れようとのたうち回れば、鎖がじゃらじゃらと音を鳴らした。


 やがては身体が小刻みに震え痙攣けいれんを始めた。垂れ流されるよだれと涙で顔がぐちゃぐちゃになっても、それに構う余裕などなかった。


 それでもこの苦痛は止まらない。終わりの見えない拷問ごうもんから逃れるすべはない。


 痛みを表すかのように全身に描かれた魔術文字が激しく明滅を繰り返す。



「あぐ……ぐぅあ……あぁぁ……ああああ……ひぃあ……やああぁぁああぁあ――――っ!」



 ――メリッ。


 どこからか嫌な音がした。処女を引き裂くような痛々しい音。それは一度だけでなく二度三度と続き、その間隔も段々と短くなっていく。


 気づけばその音はとても近くで鳴っていた。


 焦点のうまく合わない瞳で自身の足を見る。そこにあるのは幾何学的な形をしたあざのような刻印。転生体に刻まれる呪い。


 神名。


 何かが神名に干渉していた。その度に魂が削られる。もはや悲鳴を上げることすらままならない。呼吸をするだけでも強い波が痛覚を刺激する。肌に触れる空気でさえ辛苦を与える凶器だった。


 これは実験である。神名という神の御技を暴くための。


 アルフェリカ=オリュンシアはその実験体。


 この苦痛はいつまでも続いた。この地獄は幾度も繰り返された。


 その中で願った。数えきれない数を願った。



「誰か……助けて……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る