限られた陽だまりの中④
一閃。白銀の剣線が横一文字に閃いた。眼前の男の胴を分かつために放たれたそれは、しかし躱されて和装に切れ込みを入れただけ。
「同じ神でありながら人間に
ザルツィネルは嫌悪を隠そうともせず、アルフェリカの姿をした女神を
「いまのアルフェリカじゃ自分の身を守ることはできなさそうだしね。それにそーゆー約束なんだ。私の願いを叶えてもらう。代わりに私の力を貸してあげるってゆー。とりあえず、この場を乗り切るまでは私が相手してあげちゃうよ」
「肉体を奪えるほど神名の侵食が進んでいるというのに、事が済めば明け渡すというのか? なんとも酔狂だな」
「そりゃ私は友好神のつもりだからね。アルフェリカの身体を奪うつもりなんて、これっぽっちも考えてないよ。今は非常事態だから代わりに使わせてもらってるけどね」
切っ先を突きつける。
「私の名はエクセキュア。この名を耳にしてなお挑むというのなら、その首を飛ばすことを覚悟しなさい」
「神々の間にも名を轟かせる女神に凄まれたとなれば致し方ない」
ザルツィネルはだらりと両腕を下げ、戦闘態勢を解いた。
「ならば実力行使もやむを得まい!」
そう見せかけて両腕が帯電する。魔力が
電圧が膨れ上がり、大気が爆ぜた。放たれたのは雷速で迫る紫電の槍。人間では認識と同時に死に至る必殺の一撃。
「ふっ!」
「我が雷撃を斬った、だと……?」
「ふふん。びっくりした? 雷って秒速十万キロメートルってゆーもんね。こんな防ぎ方されたことってないでしょ」
雷を剣で弾き返すなど神の力を以ってしても不可能だ。仮に認識できたとしても人間の肉体では反応できない。
その不可能を可能たらしめることこそ神業。
「ってゆっても狙いをつけるために微細な電流を飛ばして雷撃を誘導してるでしょ。そんな前もって合図してくれてたらタイミング合わせれば簡単に打ち落とせるんだよねー」
「それでも音速を超えて剣を振るうなど常軌を逸しているがな。なるほど、加減した力で届かぬのは道理か。ならば」
ザルツィネルの右腕が帯電する。込められた魔力は先程の術式よりも遥かに多い。
「威力を上げたところで同じだよ?」
忠告を無視して放たれた雷撃は弓刃によって後方へと受け流される。
そしてはるか後方で何かが壊れる破砕音が聞こえた。
振り返ると都市の内外を隔てる外壁から土煙が上がっていた。この距離からでもわかるほどの大穴がゲートに穿たれている。
「ちょっ、あんな雷一発で壊れるとか脆すぎない!?」
外敵の侵入を阻むために設けられているものが、たったの一撃で崩れるとは何事か。
いや、そうではない。ゲートが脆かったわけではない。
強固に設計されたものを破壊するだけの一撃をザルツィネルが放ったのだ。
もし直撃したのがこの身体だったら。アルフェリカの身体が黒炭となることを想像してエクセキュアは顔つきを変えた。
「私を捕らえに来たんじゃなかったっけ?」
「あの程度でどうにかなる汝ではあるまい。それより良いのか? あれを放っておける汝ではあるまい?」
ザルツィネルの視線を追うとその先には黒い集団がゲートに近づいていく様子が見て取れた。
その正体に気づき、血の気が引いていく。
「
黒い毛並みを持つ狼の集団が都市に向かって直進していた。
狂ったような遠吠えがこの場所まで聞こえてくる。あれがさっき仕留めた
あの群れが都市の中に入ったら少なくない被害が出る。
「くっ……」
身体が勝手に動いていた。音を置き去りにして
距離があり過ぎて削れたのは一割に満たない。
突然の襲撃に
こちらに注意が向くなら好都合だ。
「分かて
弓刃が持ち手の部分で分離し、二刀一対の双剣へと姿を変えた。
互いの距離は瞬く間に縮まり、飛びかかってきた
エクセキュアの動きに合わせ銀の長髪が尾を引き、縦横無尽に白銀色の剣線が閃く。七色の粒子に彩られながら
「我を忘れるな」
遠くに見えた悪逆な笑みに背筋が凍った。
頭上に広がる紫電。幾重にも分岐した紫電がひび割れのように夜天に広がり、生み出された亀裂の中から数百の雷槍が形作られる。
掲げられた右腕を合図に、怒涛の勢いでエクセキュアを貫かんと降り注いだ。
エクセキュアは周囲から襲いかかってくる
軌道を逸らされた雷撃と多重に生じる衝撃波によって、群がる
破壊の嵐の中にあって、それでも
「つぅ……」
唇から苦悶が漏れた。
初めは衝撃波に
降り注ぐ雷一つ一つを認識することはできる。それを撃ち落とすために動くこともできる。しかしその度に生み出される衝撃波までは対処できない。
いくら神の力で肉体が強化されているとはいえ、生身でそれを受け続けていれば負傷は避けられない。防御を続けるほどアルフェリカの身体は傷ついていく。動けなくなるのは時間の問題。
そうなればアルフェリカはまた囚われる。あの暗い場所で
認められない。ようやく太陽の下に戻れたこの娘を、あの暗闇に戻すことなんて認められない。
だが今この場を離れれば
「解せぬな」
ザルツィネルは血を流してまで身を
「人間どもが魔獣に貪られようと構わぬはずだ。なぜそこまでして人間に肩入れをする? 奴らはこの大地を食らう害獣ぞ。放っておけばこの大地は枯渇する。汝も理解しておろう」
その問いこそ理解できない。
「害獣は私たち神だよ。死してなお人間に寄生して、その未来を奪って、
「悪は我ら神々だと。汝はそう言うのか」
「善悪で片付けようとするから対立するの。私は知ってるよ。人間を愛した神を。神を愛した人間を、私たちはお互いに手を取り合える。共存できる」
「戯言を!」
雷撃が一層激しさを増した。
「我らと人間どもの共存だと?
「認められないなら大いに結構。だけど邪魔はしないで!」
甘かった。これ以上はアルフェリカの身体が耐えられない。
そう判断したエクセキュアは叫びと共に
一切の防御を捨て、降り注ぐ雷撃の直撃を受けながら、標的へと向けて恐るべき数の矢を乱射する。
「なっ!?」
想定外の攻撃にザルツィネルの反応が遅れた。高密度の矢の弾幕がザルツィネルを捉え、腕を、足を、肩を、胴を、胸を、容赦無く貫いた。
「ぬ、ぐぅっ……」
致命的な一撃を受けたザルツィネルは片膝をつく。傷は臓器にも及び、夥しい量の血が流れ出る。文字通り致命傷。早急に治療をしなければ絶命は必至。
だが神は死しても不滅。いずれ生を受ける誰かに転生するだけ。
「そんなことはさせない」
双剣を握る手に力を込める。この断罪の刃は転生などという逃げ道を許さない。
一瞬見えた左胸にある神名の核。それを
あと一手。それで勝負がつく。
エクセキュアは残る力を振り絞って特攻を仕掛けた。
「ちぃっ!」
深手を負ったザルツィネルが優先したのは防御でも回避でもなく敵の排除。特大の紫電が炸裂し、その衝撃によってエクセキュアは吹き飛ばされた。
「がっ……」
背中を地面に叩きつけ、肺の空気が押し出される。
「あぁっ!」
全身を貫く痛みに悲鳴が上がった。
まだ生き残っていた
口の端に吐血の跡を残しながら、ザルツィネルは憎々しげに吐き捨てる。
「この大地を貪る害獣に与する神など在ってはならぬ。汝のような者は魔獣に貪り喰われるが相応の末路だ。捕らえよとの命だったがもはや構わぬ。ここで屍へと成り果てよ」
身体のどこかがブチブチと嫌な音を立てた。
食われる。抵抗もできぬまま魔獣に
唯一の救いは、この生き地獄をアルフェリカに味合わせなくて済むことだろうか。
「ごめんね、アルフェリカ」
エクセキュアは謝罪を口にした。助けられなくてごめんなさいと。
悔しさに世界が
「
獣の唸り声に交じって、どこからか魔術の
激痛が和らぐ。七色の粒子が視界を覆う。
「おいっ、大丈夫か!?」
霞む目に映るのは白髪の青年。悲痛な色を宿した蒼い瞳からはこちらの身を案じていることがひしひしと伝わってきた。
「あ、う……」
「よかった。意識はあるみたいだな。辛いだろうけど、そのまま意識を保ってくれ。すぐに治療できる場所に連れて行ってやる」
「あな、たは……?」
「黒神輝だ。魔獣が都市に入るのを防いでくれたんだよな。ありがとう。あとは俺たちがやるから安心してくれ。な?」
「くろが……み、ひか……る……?」
白髪。蒼眼。そして
知っている。覚えている。その名を持つ男のことを。
生きていた。まさかこんなところで再会できるだなんて思っていなかった。
胸の奥から制御不能な感情が燃え滾った。
無意識に
「傷が深い。無理に動くな」
白髪の青年――輝は優しく笑いかけてくれた。
「あ……」
その微笑みを目にして、懐かしさが胸を満たしていくのを感じてしまう。
「あとは俺たちがやる」
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