episode14.身代わりは主役
夜の伯爵家。
パーティ会場には、百人に迫る貴族の客人によって、活気に溢れていた。
なにしろ今日は、ロレンティーネ家の愛娘セレニアとアルヴァフォン家の子息グレン二人が、揃って公の場に姿を現すのだ。セレニアが
すでに伯爵夫妻は会場におり、せっせと娘とグレンの仲が良いことを触れ回っている。注目を浴びたいセレニアは、ドレスの着付けに時間をかけさせて、会場の
(もっとよ。もっと焦らすの)
主役は遅れてやってくる。
いざ主役が舞台にあがれば、客人は拍手に湧きどよめくような歓声をあげるだろう。
なにより、隣に立つのは美しい婚約者・グレンだ。
彼らはまだ、グレンが醜い顔のままであると思っている。きっと、あの美しい少年がひとたび会場に立てば、男どもは感嘆のため息をつき、女どもは嫉妬と羨望の眼差しを向けるだろう。
みなの注目を集めながらも、セレニアはか弱い淑女を演じ、グレンの腕にしなだれかかるのだ。
そうすれば伯爵家の娘が騎士公爵家の子息に無礼を働き、婚約破棄寸前だったという悪評は吹き飛ぶ。グレンの顔を治した功績を発表すれば、望む以上の絶賛の声がセレニアの邪悪な心を満たすだろう。
あぁ、なんという高揚感。
すべての人間が自分を喜ばすための駒。
自分中心に世界が回っているのだ。
これこそ至上の幸せだと言わんばかりに、セレニアは口の端を吊り上げる。
「さて、そろそろ時間ね。グレン様…………グレン様……?」
周りを見渡してセレニアはグレンを探したが、どこにもいない。
まさかもう会場に行ったのかと思ったが、歓声があがっていないところを見るとまだだ。ではどこに? 今になってパーティに出席しないような男ではないだろう。
(どうしてかしら。とても嫌な胸騒ぎがするわ)
身代わりのアマシアは排除した。
ファルベッドに毒入りのパンを食べさせられて、地下室に無残な形で転がっているはず。あの毒は猛毒で、数分と経たないうちに命を奪う。
死体を見ていないからか、不安が止まらない。
セレニアとそっくりな顔を持つアマシアの姿が、セレニアの心に浮かんでは消えていく。初めて会ったときは常におどおどしていて、いかにも御しやすそうな身代わりだと鼻で笑っていたはずなのに。
次に会ったアマシアは、ファルベッドによって教育を施され、流暢な言葉で自身の意見を述べる貴族の令嬢になっていた。なまじ容姿が似て美しいからか、孤児であるはずの彼女に威圧感すら感じてしまっていた。
(いいえ、あんな女は私の敵ではないわ。死してなお私に立ち向かうなど許されない)
だからこの胸騒ぎは杞憂なのだと、言い聞かせる。
すると。
まだセレニアが会場入りしていないにも関わらず、どよめくような歓声と拍手が会場から沸き起こった。
「あれはもしかしてグレン様!? お顔の病がすっかり治られて、美男子になられましたのね」
「では、グレン様に寄りかかるように歩いていらっしゃるのは……まさかセレニア様では?」
「え? セレニア様って、あんなに儚くて可愛らしい方だったのか? なんか昔と雰囲気が違うような」
「なんと麗しく可愛らしい。まるで別人のようだわ」
白の正装に身を包んだグレンと、そんなグレンの腕をとり、寄り添うように歩いているのは美しい少女だった。
緩やかに流れる金髪に、控え目ながらも意志の強そうな紫紺の瞳。
小さな唇にはうっすらと紅がさされていて、彼女を見た異性はドキリと胸を高鳴らせる。
ほっそりとして白い首からは、セレニアが奪ったはずの首飾り型魔法具がある。
純白のドレスに身を包んだ彼女は、紛れもなくファルベッドに殺させたはずのアマシアだった。
「ありえない……っ!」
「ありえないことではございません。元は、こうするようにとセレニアお嬢様が仰られたのですから」
よく知る声に、セレニアはキツく睨み上げた。
「ファルベッド、おまえッ!! あれはなに!? どうして死んだはずのアマシアが生きていて、私が受けるはずだった祝福の喝采を、綺麗に着飾られただけの、鼻たれ娘ごときがなぜ!!」
「…………」
侍女長ファルベッドは答えない。
長年伯爵家の侍女筆頭として働いており、セレニアが生まれるまでは、セレニアの母親である伯爵夫人の侍女でもあった。当然伯爵夫妻からの信頼は厚く、彼女は伯爵家の栄光を永遠のものとするために奔走していた。
「裏切ったわね。伯爵家長女の教育係でありながら、伯爵家の栄光を、私が歩くはずの
「いいえ、これこそが伯爵家の……強いてはセレニア様のためでございます。このファルベッドは、常にセレニア様のために」
侍女として恭しく頭を垂れるファルベッドに、鬼のような形相のセレニアが近づいた。
鋭く会場を指さす。
「滑稽だわ!! こんな状態で入場すれば、私こそセレニアの偽物だと非難される。侍女やお母様は、あそこの女をセレニアだと扱い続ける。正統なるロレンティーネ伯爵家の娘セレニアが、あろうことか偽物扱いされるのよ。これのどこが私のためだと言うの、言ってみなさいファルベッド!」
そう。
ファルベッドは、アマシアを本物のセレニアとして会場に侵入させ、見事に「最後だけはグレン様と仲良くする」という夢をかなえたのである。
──己の身を犠牲にして。
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