episode15.わずかな抱擁


 パーティにアマシアが侵入する小一時間前。

 アマシアは、ファルベッドの手引きによって備蓄庫の中にいた。

 ここにいれば、必ず彼が来てくれるはずだから。


「アマシア」

「グレン様……」


 パーティ用の正装に着替えたグレンは、強くアマシアを抱きしめた。

 彼の力が強い。

 

「君を……失ったかと思った。俺はなんて無力な男なんだって、大切な相手一人を守れないなんて、騎士失格だって」

「そんなことないです。グレン様は陰ながらわたしを助けようと努力してくださいました」


 あまりにも強くグレンが抱きしめるものだから、息が出来ず彼の肩を押す。渋々、といった様子で彼が離れるものだから、場違いにも可愛いと思ってしまう。いやいや、人目がないからといっていちゃいちゃするのはダメだ。抑えきれなくなりそう。


「そうか。あの侍女長は、上手くやってくれたのか」

「ファルベッドさんですか……?」

「ああ。アマシアがいないってことに気付いて、俺はすぐに侍女長を問い詰めた。そしたら、殺されてはいないけど、セレニア嬢に毒を盛れと言われたから、毒入りのパンを持っていくのだと。もちろん俺は、そんなことするなと優しく、笑顔で諭したけどね」


(それ絶対脅迫じゃないですかね!?)


 グレンに攻めたてられたとファルベッドは言っていたが、まさか脅迫されていたとは。

 自分で言うのもなんだが、グレンはとても過保護だ。

 しかも腹黒く、甘えたがりだ。

 少しでも人目がないと分かるや、すぐアマシアの肩に触れたり、髪にキスを落としたり、頬を撫でたりしてくる。今までそういう経験がないアマシアは、そのたびに「ふぇ!?」や「へ!?」みたいな奇声を上げてしまうのだ。

 それすらも、グレンにとっては愛おしさが増える起爆剤なのだろう。甘ったるい笑みを浮かべて、さらなる濃厚な接触を試みようとしてくるのだ。


「その様子だと、毒入りパンはちゃんと処分したんだね」

「あ、いえ。ちゃんと食べました。白いパンなんて貴重ですし」

「え!?」


 もったいないと思ったのはホントだ。

 アマシアは毒を食べても平気であることを手短に伝える。

 グレンは眉間に皺を寄せていた。


「まぁ、君の力は奇跡だ。天から遣わされた天使そのもの、そんな力もあるのだろうね」


 植物を作ってグレンの石化を治したアマシアのことだからと、グレンは茶目っ気に笑う。

 とにかく信じてくれたから良しとしておいた。


「侍女長からから聞いたよ。君、セレニア嬢としてパーティに殴りこむんだって?」

「はい。グレン様と約束しましたので」

「嬉しいんだけど、俺としては侍女長の言う通り屋敷の外へ行ってほしかったかな。そっちのほうが安全だったし、後で迎えに行けるから」

「それだとダメなんです」


 そうアマシアにはやらないといけないことがある。

 意図をくみ取ったのか、グレンは小さく笑って頷いた。


「強情だね」

「ありがとうございます」

「ちなみに君がシスターから貰ったっていう魔法具は、会場に入るまでには必ず見つけて届けるよ。なに、あのセレニア嬢のことだ、その辺に隠しもせず置いてあると思うよ」

「本当に、ありがとうございます……っ」


 グレンには頭があがらない

 こんな無茶な事を引き受けてくれて、一緒にいてくれる。

 そのたびにグレンへの想いが溢れそうになって、抑えるのに必死だった。


「じゃあ、また後で」

「はい」


 グレンと別れる。

 アマシアは侍女に変装し、ドレスを着るためにファルベッドの自室へと向かったのだった。

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