episode12.捨てるなんてもったいないじゃないですか。


 パーティの当日のまだ日が昇りきっていない時間帯のこと。

 死人扱いされているアマシアといえば、とりあえず生きていた。

 いや、ピンピンすぎるほど元気だった。

 アマシアは《異形の子》。よほどの力を込めない限り、石で殴られる程度の攻撃では死なないし、なによりとんでもなく回復スピードが早い。後頭部から血が出ていたが、もう完全に治っている。孤児院いち頑丈と呼ばれるのも、それが理由。


 石で殴られて気絶させられたあと檻に投げ込まれたので、何の物音もせずに静かだった。

 暗いが、蝋燭があるので周りを見渡せる。

 真新しいところを見ると、誰かがつけたのだろう。 

 シスターから貰った魔法具は、いつの間にか無くなっていた。セレニアに奪われたのかもしれない。


(やばい仕事なんじゃないかって薄々は思ってた…………悪い方の予感は当たるんだね)


 アマシアはずっと、セレニアが身代わりを頼んできたのは「位の高い騎士公爵家の婚約者グレンが醜いので会いたくない」という理由だと思っていた。

 まぁ、グレンが醜くないのは当たり前で、頼まれたその理由も少々……いやかなり嫌な気分になるものだったのだけれど。

 とにかく、そういう理由でセレニアが身代わりを押し付けてきたのだと思い、いや思い込んだ。それ以上の危険性は無いと信じて、アマシアは今までずっと過ごしてきたわけだ。


 実は昨日、セレニアにもグレンにも会う前に、アマシアは見てしまったのだ。

 ファルベッドが行商人と取引をして、毒薬を買っていたことを。

 【植物生成】も【調合】もでき、植物もそれから作られる薬もある程度知っているアマシアは、殺人に使う毒のこともよく知っている。


 ただあのときは、瓶に貼られていたラベルの名前が自分の知らない名前だったので、なんの薬なのかは分からなかった。でも今冷静になって思い返すと、ラベルに書かれていたのは毒薬だった。


 どうしてあの時気付かなかったのだろう。

 気付いていれば……


(ううん。気付いたとしても、結局は檻に閉じ込められた気がする)


 気付いたからって、それで人を殺すかどうかアマシアには分からない。

 グレンに相談くらいは出来たかもしれないが、この結末は変わらなかった気がする。


「毒で狙われるとしたら、もしかしてグレン様……?」

「いいえ、それは違いますよ」


 顔をあげてみれば、大量の鍵束から一つの鍵を差し込み、檻の中に入ってくるファルベッドの姿だった。さきほど殴られたばかりだから、恐怖でアマシアの肩が震える。


「こちらの毒はこのような白いパンに注入し、本日行われる予定のパーティにて、セレニア様の身代わりを務めていらっしゃる貴女に出されるはずでした」

「え、わたし?」


 本日、パーティの晩餐で出される食事に毒を盛られる。

 標的が自分だと思っていなくて、アマシアは目を丸くした。


「そもそも身代わりの目的はパーティの最中に貴女を毒殺し、貴女が死ぬことによってセレニア様が死んだように見せかけるため」

「どうしてそんな事までして……」

「貴族にも色々とありまして。特にセレニア様はあのような性格をしていらっしゃいますから、恨まれる事も多いのです。元はグレン様を罵ったことで、反抗的な輩に暗殺の大義名分を与えてしまいました。身を隠す意味で、身代わりをたてたのです」

「セレニアさんが今日戻られたのは、身代わりに毒を盛らせる必要がなくなったため……?」


 なにせ、グレンの顔が治って大喜びしていた彼女だ。

 今なら自ら進んで婚約者として顔を出し、客人に笑顔で手を振るだろう。

 

「貴女が死ぬ理由は無くなりました。セレニア様は、ここにある毒入りの白いパンを貴女に食べさせろと命じられましたが、わたくしは……それを致しません」

「ファルベッドさん…………」

「せめてもの温情です。貴女を檻から出し、屋敷の外まで連れ出しましょう。貴女が住んでいる町まで一緒には行けませんが、金を握らせた男に貴女の安全を保障させます」


 ファルベッドは檻の扉を開け、アマシアに出るように促した。


「わたしがそのパンを食べずに逃げたら、セレニアさんに怒られるんじゃないですか?」

「…………まぁ、わたくしは侍女長です。なんとでもなるでしょう」


 どうぞ、と、あくまでもアマシアに出るよう勧める。

 アマシアはファルベッドが持っていた毒入りパンを奪い取った。


「な、なにを!! やめなさい、それは本当に猛毒が入っているのですよ! しかも遅効性じゃない、即死しますよ!!」

「優しいですね、ファルベッドさん。初めて会ったときは、もっと厳しくて怖い表情をしていたのに。…………わたし、ファルベッドさんが本当はとっても優しい方なのを知ってますよ。ファルベッドさんがわたしの髪をブラシでといてくれた時、すごく気持ち良かったんです。本当にありがとうございました」

「なぜ……」

「でも、死ぬつもりはありません。まだセレニアさんにビンタしてませんから。シスターの元へ帰るのは、ビンタして、グレン様とお別れの挨拶をした後です」


 そう言って、アマシアは毒入りのパンを食べ始める。

 大きな口を開けて、わずか五口ほどで食べきってしまった。いつものファルベッドなら、お行儀が悪いと怒っていたところだろう。


(あぁ…………なにこれ、とても美味しい……)


 良質な毒なのだろう。口いっぱいに甘美な味が広がり、アマシアは恍惚の表情を浮かべる。


「どうして……顔色も悪くなってないし、冷や汗もかいてない。わたくしは確かに、あの白いパンに毒を入れるように指示して」

「毒入ってますよ。独特の味がします。

 ──あぁでもわたし、毒は効かないんですよ」

「はい!?!?」


 あんぐりと口を開けたファルベッドに、アマシアは昨日食べ損ねた食事に満足し、手をそろえてみせる。


「異形の子、深緑の毒姫アマシア。毒はむしろ栄養なので、よく毒味してますよ。毒味役ならわたしに任せてくださいね、これも悪女の嗜みです」


 ファルベッドは、そのときふと思った。


 いままで計画してきた身代わり毒殺計画はなんだったのだろうか、と。

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