episode11.毒の花



「おまえは誰だ」

「まぁ、酷いですわ。婚約者に向かっておまえだなんて。誰って、昨日も一昨日も一緒にいたではありませんか」


 騒ぎを起こさないように声こそ小さかったが、グレンの言葉は冷徹なものだった。

 数分前まで、グレンは世話役の従者二人とファルベッドのことについて話をしていた。アマシアを身代わりにして、何をしたかったのか探らせていたのである。状況報告を受けているときに、彼女は突然部屋に押しかけてきたのだ。


「明日はグレン様がいらっしゃる最後の夜。お父様とお母様が大勢のお客様をお招きして、パーティを開くのよ。騎士公爵家の子息と伯爵家の令嬢、つまりグレン様と私が仲睦まじくしているのを見れば、悪い評判など吹き飛ばせますわ。ねぇグレン様、何色のドレスがいいかしら?」


 侍女に持たせていたドレスを奪い取り、恍惚の目でドレスを見比べるセレニア。

 グレンが騎士公爵家の帰る前日の夜は、客人を招いてパーティを開くことは知っていた。当然それは、セレニアがグレンの顔のことを何とも思っておらず、婚約者として仲が良いことを世間にアピールするためのもの。グレンとて屋敷に来る前は、セレニアの真意を十分に確かめた後、パーティに参加するか否か考えていた。


 アマシアが身代わりとしてパーティに出席するようだったから、伯爵夫妻には参加すると伝えてある。セレニアはグレンの顔が醜いので大嫌い。当然、パーティが終わった後に身代わりと入れ替わるのだと、アマシアも言っていた。


 まさか目の前に、本物のセレニア・ル・ロレンティーネがいるなんて。 

 

「楽しいパーティになるわ。うふふ、みなさんきっと驚かれるわ。だってグレン様のお顔がこんなに綺麗に元通りなのだもの」


 グレンは気付いた。

 アマシアの頑張りを横取りして、自分がやったかのように公表するつもりだと。

 そうすれば侮辱罪で評判が落ちていた伯爵家は一気に名声を取り戻す。顔が治ったことを知れば、グレンの両親だって涙を流して喜ぶに違いない。

 ────そうなれば逃げるのは無理だ。

 必ず守ると誓った可愛らしいあの少女に、かしずいて手にキスを落とすこともできなくなる。


「アマシアは私の身代わりの任を解かれて屋敷を去りましたわ」

「……っなぜ!?」


 セレニアは、いともあっさりとアマシアが身代わりであったと告白した。

 それを聞いていた侍女が驚いていない事から、すでに屋敷中のものがアマシアとセレニアが入れ替わっていたことを知っているのだろう。


 目を見開いて驚いたグレンに、セレニアはにっこりと微笑む。


「きっと、グレン様と一緒にいることを恥じたのでしょう。平民の──しかも親のいない孤児の自分が、騎士公爵家のグレン様と気軽に話していいわけがない。ええそうですわ、アマシアの立場なら私もそう致します」

「彼女はパーティに出ると言いました。俺と一緒に出ると」


 あれは一昨日の夜のこと。

 こっそり誰にも見つからないように、アマシアがグレンの部屋に来たのだ。未婚の女性が殿方の部屋に、夜いきなり訪れるなどマナー違反だったが、彼女の沈痛な顔を見ると、何も言えなかった。部屋に通して温かい紅茶でも出せば、ほっと安心したような表情をのぞかせる。緊張もほぐれたのか、そのまま彼女が漏らした言葉は「寂しい」であった。


 せっかくグレン様と仲良くなったのにもうすぐお別れなのは寂しい。

 最終日のパーティは自分も参加する。せめて最後くらい、仲の悪い演技をやめたい、と。

 

 男のグレンからすればいじらしいことこの上ない。すぐにでも掻き抱いてしまいたかったが、アマシアが怖がってしまうと思い、煩悩を滅却した。


「アマシアが俺に何も言わず帰ってしまうのはありえません。セレニア様、アマシアがどこにいるのかご存じでしょう?」

「ごめんなさい、本当になぁんにも知らないんですの」


 この女は。

 なんという二面性のある女なのだろうか。

 初めて会ったときはヒステリックに金切りを声をあげ、人の醜さを罵る。

 かと思えば、美しい品物グレンにはしっとりとした笑顔を見せ、人間の庇護欲をくすぐってくる。両親がセレニアのことを溺愛していると知っていたが、その理由もよく分かった。


「お伝え申し上げます!」

「なんですの、騒がしい」


 慌てて部屋に入ってきたのは、別の侍女だった。

 相当急ぎの報せでもあるのだろう、顔には大量の汗をかいている。

 彼女の手には、見覚えのある魔法具が握られていた。


「こちらをご覧ください! さきほど、とある少女のものだと言って男の人が……っ」

「血で汚れているじゃない。……あら、これっアマシアが首につけていた魔法具じゃないかしら?」


 グレンも知っている。シスターから貰ったお手製の魔法具だと、満面の笑顔で言っていた。アマシアしか持ちえない魔法具が、血に濡れて鈍く光っている。侍女の顔は泣きそうだった。


「私はずっと、アマシア様がセレニア様と入れ替わっていたなんて気付かなかったのですが、彼女は大層気品にあふれ、自分は「悪女」だからと言い張り、自ら進んで掃除や皿洗いなどをなされていました。あのようなお優しい方がまさか、こんな形で……」

「可哀想に。護衛の人をつけていたけれど、道中賊か何かに襲われてしまったのね」

「セレニア様……」

「分かっているわ。私の代わりを務めてくれた大事な方ですもの、あとで丁重に弔いましょう」


 一見すれば、亡くなったアマシアに対して、伯爵令嬢が敬愛の念を見せているようだが、そうではない。これはグレンに『アマシアは死んだ。つまらない娘への情はさっさと捨てて婚約者としての責を果たせ』と、そうセレニアは問うている。アレを持ってきたという男も、セレニアに金を握らされて演者になりきった可能性も大いにあった。


「それがアマシアの血だという証拠はないですよ、セレニア様」

「肌身離さず彼女が持っていた魔法具が血に濡れていて、それを彼女の血ではないのなら誰の血なのです? 人が亡くなっているというのに、グレン様は意外と薄情な方ですのね」


 これ以上の追及は不利だ。

 証拠もないのに、伯爵令嬢を貶めようとしていると言われても仕方ない。


「……明日のパーティの支度があるため、退去していただけますか? これでは準備もできません」

「そうね、弔いもしないといけないもの。ここらでおいとま致しましょう。グレン様、また明日。──明日のパーティは、必ずや婚約者としての務めを立派にはたしてくださいな」


 苦々しげに顔を歪めるグレンの傍を、セレニアは侍女を連れていく去っていく。

 その微笑は、美しく咲き誇る毒花はなのようだった。

 



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