身代わりの毒姫はいっぱしの悪女になりたい ~顔がそっくりという理由で死ねと仰られても毒は効きませんので。悪女の道を邁進していたら本人そっちのけの溺愛ルートに入ってました~
episode08.美しいお顔です。誰も醜いとは言いません。
episode08.美しいお顔です。誰も醜いとは言いません。
グレンに身代わりであることも異形の子であるものバレてしまったアマシアは、それから一週間ほど、毎朝一緒にいた。ファルベッドに身代わりがバレたことを悟られないように、朝だけは一緒に過ごしてお話をしたい、というアマシアからの要望で。
アマシアとグレンが昼間に仲良くしているのをファルベッドに見られると、何を言われるか分かったものではない。あくまでアマシアはセレニアの身代わり。グレンの話を適当に受け流し、興味のないように接して彼の滞在期間を終えなければならない。
ただ──
アマシアの二つの秘密がバレて以降、グレンが急に接近するようになってきたのだ。セレニアに酷いことを言われて可哀想な美少年、という第一印象だったのに。どうしてこうなったのか、グレンは何が何でも一緒にいたい気持ちが強いらしい。
昼間はファルベッドの目を盗んでアマシアと喋りたがり、早朝アマシアが【植物生成】をする時もずっと一緒にいる。彼は「俺が誰か来ないように見張ってるから」「君はそっちに集中してて」と言うので、アマシアも安心して植物生成に集中できる。
ちなみにグレンには、なぜ植物生成をやっているかまだ伝えてない。
今日は量がそろう頃なので、アマシアは彼に伝えることにした。
そうするとグレンは──
「どうして泣くのですか? 喜んでもらえると思っていたのですが……」
「悪い。男なのに…………女性を守るのが騎士道なのに……」
グレンは、静かに涙を流していた。
彼はアルヴァフォン騎士公爵家の嫡男。生まれてこのかた、常に騎士道と向き合い、か弱い子どもや女性を守るのが騎士の務めだと意識していたのだろう。肌寒い薄闇のなかで、虚空をきる剣の音は毎朝聞いていたし、飛び散る汗と真剣な横顔が美しいとアマシアは常に思っていた。
「今まで騎士公爵家の息子として……たくさんの期待と重圧を受けてきて。でもそれが……毒を盛られこんな顔になったせいで、半分くらい失望になったんだ。残念だと。そう、俺は残念な息子だと言われたんだ。剣術に顔が関係あるのか? 俺はそう思ったけど、騎士公爵家の基盤を盤石なものにするためには結婚して世継ぎを作るのもまたおまえの務めだと、そう言われた」
ぽつりぽつり、と。
今まで抑えていた彼の気持ちが、せきが切られたかのように溢れた。
彼は言う。
こんな顔になったせいで、いままで良好だった女性たちとの関係が一変したのだと。醜い、こんなの聞いていないと激しく罵られたと。でも彼は、顔ではなく剣や志を見てほしくて、今の婚約者であるセレニアの屋敷に来たのだという。
でも、────ここにセレニアはいない。
セレニアは彼を醜いと切り捨てた。
「俺、今久しぶりに嬉しいと思ったよ。アマシアが俺のために……」
「グレン様。これから薬を調合し、あなたが苦しめられてきた顔の石化を治してみせます」
「あぁ……」
「わたしも……こんな気持ち悪い力を持って生まれてきて、嫌な思いも何度もしてきましたけど、この力でグレン様をお守りしますから。悪女の力を信じてください」
「悪女じゃないと思うけど守るのは俺の役目だから取らないでほしいね」
茶目っ気に片目を瞑るグレンに、アマシアはくすりと笑う。
さあ、ここからが本番だ。
アマシアが持っている《異形》の力は、【植物生成】と【調合】の主に二つ。シスターが石化の子どもを助けたあのとき、この材料でどんな調合をしていたのかは、結局思い出せなかった。
だから、図書室から調べたあらゆる解毒の情報をもとに、オリジナルの解毒薬を作成する。
毎日【植物生成】の力を使っていたおかげで、初日に比べてずいぶん疲れにくくなった。だから今日は、このまま【調合】に突入する。
再びアマシアが集中力を高めれば、ロレッツォとミギミギ、アバルの三つの材料が緑色の光に包まれる。三つの材料と水を使用して、光の中で丁寧に丁寧に薬を作っていく。
脂汗が浮び、頬を伝う。
入念なイメージトレーニングはしていたけれど、失敗したらまた【植物生成】からやり直し。そしたら彼の滞在期間までに薬は間に合わない。これが、最初で最初だ。
「…………で、きた……っ!?」
「アマシア!」
出来上がった瞬間に体が大きく後ろへ倒れこみ、慌てたグレンの腕に支えられる。二度目だけどあのときは記憶がなくて覚えてなかったから、意外と逞しい腕ですね、と場違いな感想が浮かんだ。
(そう、じゃなくて)
用意していた空の瓶に薬液が満たされているのを見て、アマシアはほっと胸をなでおろす。
治験者がいないのは怖い。
(わたしが舐めてみて、数時間経っても何ともなかったら成功ってことで、そのあとグレン様に飲んでもらって)
「うわ、にげぇ」
(どうしてこの人飲んでるんですかぁあ!?)
いかにも真緑で苦そうな薬液を一飲みしてしまったグレンに、アマシアは失神しそうになる。毒見役はアマシアが
「うーん。まだ治ってる感じはないね」
「即効性ではないですから。三日は様子を見てください。剣術の稽古は禁止、熱が出る可能性があるので
「りょーかい」
グレンは、朗らかに笑っていた。
◇
三日後の早朝。
グレンの薬の効果を確かめるべく、いつもの場所にて待っていた。正直、かなりドキドキしている。心臓がとんでもないスピードで脈打っていて、尋常でない量の汗が出ていた。
もし失敗していたら。
あの美しい海の瞳に、悲しい涙を浮かべさせることになったら。
そう思うと、アマシアは気が気でなかった。
「アマシア」
相変わらず背後に現れるグレン。
「グレン様、その仮面は?」
「ずっと顔を隠すためにつけていたものさ。頬に熱が出てきたから、包帯の代わりにこれをつけてる。もう熱はひいたよ」
「分かりました。グレン様、仮面をお取りになってください」
グレンは、ゆっくりと仮面に手をかけて、外した。
そこから現れた顔に、アマシアは涙が出そうになる。
「全然醜くなんてありません。昔のあなたも、今のあなたも、ずっと美しいままです」
そこには、美しい…………グレンの本当の素顔だった。
アマシアはグレンに手鏡を見せる。
グレンはしばらく自分の顔を見つめた後、アマシアを強く抱きしめた。
「ありがとうアマシア。君が今まで隠してきたその力を、俺なんかのために使ってくれて、ほんとうにありがとう。顔が元に戻ったことよりも、俺のためにそんな決心をしてくれたことが嬉しい。
────約束する、この秘密は誰にも話さない」
星空を散りばめた深海の瞳は、より一層、苛烈に美しく輝いていた。
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