episode07.植物生成と……


 アマシアは、人目を盗むために早朝の時間帯を選んだ。一番早起きだったのはファルベッドだったが、それよりも早い時間。まだ日が昇る前で、肌寒い薄闇のなか屋敷の中庭を進む。


 選んだのは、例え物音がしても屋敷の人まで届かない場所。

 ここでなら──


「【植物生成】」


 アマシアを中心に緑色の光が弾けた。

 光の奔流はアマシアの意のままに動き、ただの雑草を目当ての植物へと変貌させる。

 ただこの力は、魔法ではない。

 アマシアは魔法は使えない。アマシアはただ、雑草から任意の植物を作ったり、成長を早めたりできるだけ。現に魔力はほとんどないのだ。

 この力は────生まれつき。

 

 昔──花や植物が生い茂った小屋のなかに、赤子のアマシアがいたという。力の使い方が分からず暴走させ、衰弱しきっているアマシアに、手を差し伸べ救ってくれたのはシスターだ。

 魔法ではない力を持つ人間のことを、恐れと軽蔑の意味を込めて大人はこう言う。


 《異形いぎょうの子》と。

 

 異形の子は、常に忌避と悪意の視線にさらされる。そんな子供たちを守り専門的に育てているのが、シスターと呼ばれるイザミナ。アマシアは彼女から、この植物を作る力は目立つから使用するなと厳しく言われている。


 この世に存在するあらゆる植物を作ることができるからだ。


 こんな力が世に知られれば、金儲けを考える悪い人間に捕まって死ぬまで働かされる。だからシスターは、アマシアにこの力を封印するよう強く厳命した。


(ふぅ…………)


 数年ぶりに力を使用したので、アマシアはその場に座り込んでしまう。

 なんにせよ、欲しかったロレッツォとミギミギ、アバルの花は手に入った。ただ薬にするには量が少ないので、明日もこれをしないといけない。今日はもう疲れて出来そうもなかった。


「ここで何をされているのですか、セレニア様」

「ひゃいっ!?」


 なぜこの人はいつもわたしを驚かせるの!? と、アマシアは心中思う。

 声だけで誰かわかる、相手はグレンだ。

 早朝なのになぜ彼が……。場を切り抜ける方法を考えて、脳が沸騰しそうになっているアマシアのもとへ、無情にも彼は歩み寄ってくる。


「えーと、おほほ。朝から見る花々は綺麗だと思いまして」

「雑草しかないですけど」

「ほら、朝日がとても綺麗で……」

「そっちは北。朝日は向こうですよ」

「眠れなかったからお散歩を……」

「お散歩……ね」


 金糸雀の美しい少年に顔を近づけられ、至近距離だと偽物だとバレるのではないかと内心焦る。


の知っているセレニア様はお付きの侍女も連れずに、こんな朝早くに朝日と花を愛でに散歩されるような方ではない。紫外線は女の敵とか言って、絶対に日傘をさしてるからね。やっぱり……君、セレニア様じゃないよね」


(もうバレてましたぁぁあ)


 お人形のようなセレニアに、たった数日足らずで孤児のアマシアがなりきれる訳なかったのだ。でもまさか、昨日解禁された侍女(今までの侍女は体調不良のセレニアと面会謝絶状態)よりも早く、婚約者グレンに悟られるとは。

 彼とは、この間に部屋で殴られて──いや突かれて以来、食事など最低限の会話しかしていないはず。ファルベッドですら「黙っていると本当にそっくりです」と唸ったほどなのに。


「君がなぜセレニア様の身代わりになっているのか、いまの俺には見当もつかない。侍女は普通に君と接しているし、あのうるさそうな侍女長ファルベッドさんもそう。だからって伯爵家の令嬢と入れ替われるなんて、内部の人間の手引きがないと出来ない。……ご両親は当たり前として、ファルベッドさんも手引きをしたのかな」


(わぉ全部見事にバレてらっしゃる)


「セレニア様はもう俺の顔なんて見たくないと仰った。身代わりをたてさせてまで会いたくないなんて、そんなに俺の顔って醜い──?」

「そんなことありません!!」

「…………でも」

「でもじゃないです! わ、わたしがセレニアさんの身代わりとしてグレン様に謝ったのは、本当に……ごめんなさい。あなたからすれば、本当はセレニアさん本人に謝ってほしかったでしょう」

「まぁ」

「でも、あなたが醜いなんてありえません。あのときの言葉は本心ですから」


 グレンに「悪女だから殴ってくれ」発言をするまえ、アマシアは醜いなんてありえないと言った。

 本心だった。

 孤児院の子たちは、ほとんどが《異形の子》と揶揄される子たち。他人の視線に怯え、光を恐れ、闇の中でひっそりと生きようとした子どもたちだ。見た目や能力で暗闇で生きることを強制されていいはずがない。

 アマシアはグレンが、屋敷に滞在中でも毎日欠かさず剣の鍛錬を行っていることを知っていた。顔の一部が動かなくなって、きっと辛い思いをしただろう。他人の言葉で傷ついただろう。


「グレン様はすごいです。だって、酷いこと言われた相手の家に──部屋にまで来て、相手とちゃんと話そうとされていたじゃないですか。そんな人が醜いなんて、わたしは絶対に思いません」

「…………そんな風に言われたのは、君が初めてだ」


 ぼそりと、少し気恥ずかしそうにそう言うグレン。

 こうやって近くで見ると、なんて綺麗な藍色の瞳なのだろう。深海の闇を閉じ込め、そこに星空を散りばめさせたかのようだ。


「名前は?」

「え?」

「名前だよ。君はセレニアじゃないんだろう? なら名前があるはずだ」

「……アマシア。アマシア・エラペトラ・サーヴァンハイム。下の名前は、わたしを育ててくれたシスターの名前を勝手に取ってるだけなんですけど……」

「アマシア。……アマシアか……うん、良い名前だ」


 そうやって笑うグレンに、少しだけ、アマシアの鼓動が跳ねた。


「で。さっきの不思議な光なに? 魔法じゃないよね、魔力は感じなかったし」


(そっちも気付いてたんだぁ……)


 アマシアの鼓動が、さらにドクドクと早くなる瞬間だった。

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