episode06.もっと悪女らしくなるためには


 あのあと、アマシアはその場に倒れてしまった。

 グレンが殴ったからではない。それどころか、グレンは最後まで殴ろうとはしなかった。

 アマシアが倒れたのは、慣れない喋り方と気の配り方、セレニアの婚約者グレンの訪問が重なって、心労がピークに達していたから。


 グレンがとっさに支えてくれなかったら、今ごろ後頭部が地面と接吻していたところだろう。グレンはぐったりするアマシアを見て、すぐに侍女長ファルベッドを呼ぶ。


 アマシアが目を覚ましたのは、グレンがその場を去った後のことだった。

 

「はぁ。貴女ときたら心配をかけて」

「ごめんなさいファルベッドさん」

「体のことではありません、貴女の正体がバレてしまう方を心配したのです」


(デスヨネー)


 当たり前すぎることにアマシアは呻く他ない。

 でも倒れたおかげで、少しは冷静になった。

 さっきのいきなりの訪問で分かったことだが、初日に覚えただけの知識では心もとない。彼のことをもっと知る必要がある。


 それに、あの石化の症状が気になった。

 見覚えがある。

 孤児院の子どもが昔、指をきった個所に毒が触れてしまいあんな症状になった。シスターが治していたのだが、小さい頃だったのでどんな方法だったのか思い出せない。ポンコツ過ぎて泣きそうになる頭を一回ぶっ叩いたら意外と痛くて、ファルベッドに「また変な事してるわこの娘」と憐れんだ視線を送られた。


「ここに本はありますか? 植物の本が読みたいのですが」

「本? 貴女は孤児なのに本が読めるの?」


 あえて嫌味っぽく言うファルベッド。

 

「当然です! シスターに教えてもらいました!」


 キラキラ笑顔なアマシア。


「…………………(嫌味が)効かないわ。なぜなのこの子、恐ろしいわ」

「それで本はあるんですか?」

「あります。ここは伯爵家の屋敷ですからね、多種多様な本を取り揃えていますよ。どうぞお好きに、セレニアお嬢様。図書室は四つ目の角を曲がった突き当りにございますので」

「ありがとうございますっ!」


 大急ぎで向かった図書室には、多種多様な本が取り揃えられていた。

 今まではシスターが個人的に持っていた本を読むことが多かった。本は好きだ、知らない知識に触れているとワクワクするし、読むことでシスターのように知的な『悪女』になれると思うと、もっと本を読んでいたいと思う。


 けれど、今日はアマシアの好奇心を発散させるために読むわけではない。

 植物学…………それも毒草を取り扱った専門書だ。

 

(石化…………石化…………っと)


 めくれどめくれど石化する毒草なんて見つからない。

 違う、と考えを改める。

 石化してしまう毒草を探しても、治療につながる情報は載っていない可能性が高い。そんな簡単に手に入れば、グレンは周りの人間から「気持ち悪い」などと言われて過ごすこともなく、お抱えの医術師が治療を施しているだろう。


 アマシアは眉間に指をあてて、シスターが治療していた時の記憶を掘り起こす。シスターが治療に使っていたのは、『ロレッツォとミギミギの薬草』を調合した薬に、あとは────


 ────アバルの根っこ。


 アバルの根っこは、筋肉がこわばりを和らげ弛緩させる成分が入っている。

 おそらく石化というのは見た目の話で、筋肉が収縮したまま元に戻らない病気のこと。ほとんどは生まれつきで発現することも多いが、毒の成分で頬の表情筋が委縮したまま元に戻らず、そのままになってしまったのだ。


 アマシアはそこまで推測して、お抱え医者がグレンの症状を完治できなかった理由が分かった。


 この治療に必要な薬草のうち、ロレッツォとミギミギは元々毒草だ。しかも手に入りにくい珍しい毒草。調合するのが難しい上に手に入りにくいとなれば、今まで放置されてきた理由も頷ける。


「………………怒られるかな、こんなことしたら」


『おまえさんの力は珍しいし目立ちすぎる。二度と、その力を使っちゃいけないよ。分かったかい、アマシア』


 そう諭してくれたシスターの顔を思い出し、アマシアは小さく唇を噛む。

 それでも、泣きそうになっていたグレンの顔を思いだすと、ぎゅぅと胸を締め付けられる。自分にできることがあるのに、それを隠して保身に走るのは、アマシアが嫌いとする考えだった。


「『悪女』なら恐れない」


 アマシアは決意した。

 ……そんなアマシアを見つめる、少年の姿があることにも気付かずに。

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