邂逅・Ⅲ

 アスカが元服をした日、父であるジンベエから刀を貰った。

 元服と言っても形式だけのものではあったが、村人たちも総出で祝ってくれた。


 その日の父は上機嫌で、十歳であるアスカにも酒を勧めた。酔った勢いもあっただろうが父は自分の腰に提げた刀を鞘ごと抜き、アスカの目の前に突き出した。


『元服祝いだ。お前にやる。立派になったな、アスカ』


 アスカは両手でそれを受け取ろうと姿勢を低くして手を伸ばした。そして受け取った途端、世界は一変した。周囲は炎に囲まれ、血飛沫を上げながら人が倒れていく。

 再び暗転。次に現れた景色は崖で落ちる途中のものだった。遠くに見えるのは片腕を失い、自分を崖に投げた父。


「父上っ!」


 必死に手を伸ばすが届くはずもなく、アスカは暗い闇の中へと落ちていった。




 手を伸ばして何かを掴む。何か、とは自分が目を閉じているために見えないのだ。ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 ぼやけた視界が定まり、最初に見えたのは白く華奢な腕だった。少し力を加えれば簡単に折れてしまいそうだ。

 腕をたどっていくと、肩、そして顔へと視線が移行する。最後に赤い瞳を丸くした少女と目が合った。


 銀色の髪がさらさらと流れるように揺らめく。握った腕が震えていることに気づき、アスカは慌てて手を離した。


rsイリスghddぐあいはどうだ?」


 何かを言いながら扉を開けて入ってきた男が目に入った途端、アスカは戦慄した。その男は斧を携えた白髪交じりの大男だったのだ。過去に戦った兵士を写し見たアスカはベッドから飛び降り、少女と男の間に割って入った。腰に手を伸ばすが、挿していたはずの刀がない。


「…………………………………」

「…………………………………?」

「…………………………………?」


 沈黙が訪れる。


 武器がなくてもっ!!


 アスカは素手のまま男に跳びかかった。

 しかし男に拳が届くこともなく、アスカの身体が沈む。全身から力が抜け、倒れた拍子に顎を強く打った。


「なっ……!?」

wnkttynいわんこっちゃない


 男はため息を吐いてアスカを抱き上げると、藁の敷いてあるベッドに寝かせた。今になってようやく自分が手当してあることに気がついた。息を吸うことで生温い空気が肺を満たし、時間差で襲ってきた痛覚が生きている事を実感させてくれる。


「いき、てる……?」


 ゆっくりと顔を上げる。その先に見たものは敵には決して向けない視線、男の背に隠れた少女の心配そうに見つめる顔があった。


 痛みに耐えて身体を持ち上げると、ベッドから降りた。男は驚いて身構えたが、アスカの行動を見てすぐにその構えを解いた。


「すまなかった……」


 床に手をついて頭を下げる。命の恩人に対して勘違いとはいえ無礼を働いたのだ、当然のことである。


「そうだ! 俺の、刀を見なかったか? カ・タ・ナ、だ!」

「カタナ?」

「そう、刀。俺の大切な……もの、なんだ」


 刀の長さや形状を身振り手振り織り交ぜて説明すると、少女はさっきまで寝ていたベッドを指した。確かに立て掛けてあり、今まで気がつかず盲点だった。


「あ、有難ありがとう」


 礼を言いつつも刀に手を伸ばすが、アスカの手は空を握り、そのまま床に倒れた。少女は小さな悲鳴を上げる。起き上がろうにも体に力が入らない。

 見かねた男がアスカを抱え、ベッドに戻す。抵抗しようにも動けず、瞼も重くなってきた。


「mhysm」


 相変わらず何を言っているのか理解できない。だが、この男に父親の影を少し重ねている自分がいた。

 出会って一日と経っておらず、ろくに会話も成立していないが、妙な安心感があった。


「父上……」


 視界が狭くなり、薄れる意識の中で小さく呟いた。

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