恨めしや
怨嗟の声が聞こえた。そう、セフィロトの町に住む四十代商人は言った。早朝に行商へ出た。暫く南に向かって街道を歩くと声が何処からともなく聞こえたという。
「恨めしや、恨めしや。知らない幼女がイズナたまに可愛がられていたのが羨ましくて、恨めしや」
商人は声の主を探した。しかし前後左右見渡しが良い開けた街道には自分しかいない。商人の心臓の鼓動は次第に早くなり、恐怖が生まれる。
「恨めしや、恨めしや。居ても居なくてもおんなじ扱いで恨めしや」
「恨めしや、恨めしや。これもまたイイ、と感じている自分が恨めしや」
「恨めしや、恨めしや。私を忘れたのがプレイじゃなくて、本気だから恨めしや!」
商人は気が付いた、禍々しい情念は空から感じる。商人は空を見る。そこには真っ黒な二対の翼を持った黒い何がいた。黒い何かは黒っぽい何かで覆われていて何であるか分からない。何かが赤く光った。商人は思った。赤は攻撃色早くこの場を離れなければと。商人は走った。己の限界を超えて臨界に達し、手足が引きちぎれるかと感じるほどに走った。幸い何かが着いてくる気配はない。百メートルを十八秒の自己新記録位で走る商人の背後から、何かの激しい怨念の籠った叫び声が聞こえた。
「ムカンシンダナンテ、オオー、コノウラミハラサデオクベキカ!」
声の主はそう叫んだ後セフィロトの町の方へ消えて行った。
「叫んだら、少し心が楽になったかな」
放置のかぎりを尽くされたフレイヤはセフィロトの町に戻ると、目的を同じとする死ね死ね団の同士が働く冒険者ギルドへアポなしで向かった。時刻は早朝、冒険者ギルドには仕事を求める多くの冒険者が集まっていた。
「おはようございます。フレイヤ様」
「ああ、おはよう。シャロン代行はいるか?」
「はい、執務室におります」
「ありがとう。失礼する」
フレイヤは慣れた様子でギルドの事務所を抜けてギルドマスターの執務室へ向かう。町の住人の前ではフレイヤは常識を弁えていた。
(さて、どう言って協力を乞う事にしようか。シャロンはガチのマスター死ね死ね派。変に動かれては元も子もないからな)
「シャロン、私だ。入るぞ」
フレイヤはノックをすることも、主からの了解を得ることなく部屋の扉を開けた。シャロンは机の椅子に深く腰掛けながら窓の外を見て何か一人で呟いている。フレイヤが入室したことのも気が付いていないようだ。
「シャロン私だ」
「町をでてもう7日・・・何時になったらアスちゃんは帰って来るのかな。もう寂しくて兎の限界よ」
シャロンはハァ、と寂しそうに朝食であると思われる人参をポリポリと食べながら、自分の肩を抱き一人身悶えていた。
「シャロン!」
「アスちゃんの生エキスがないとシャロ兎は死んじゃうよ。早く帰って来て欲しいよ」
フレイヤの再度の呼びかけも聞こえないようで、シャロンはアスの隠し撮り写真を胸から取り出して愛おしそうに眺める。すると突然、うえーん、と泣き始めた。
「シャロン!」
「寂しいよ、アスちゃんを感じたくて盗んだ下着のかほりも薄くなって来たし、早くアスちゃん成分を補給しないと辛いよー。早く帰って来てよー。・・・うう、アスちゃんロスの禁断、症状、・・・か!」
シャロンは胸を押さえて倒れ込む。藁にもすがる様な必死の形相で机に這い上がると、机に引き出しにしまってあった蓋付きのガラスビン容器の中からピンク色の下着らしき物と取り出して、匂いを一生懸命に嗅ぎ始めた。
クンカ、クンカ、クンカ。
「これは効く。これは凄く効く。アスちゃんのこの香りは命のかほりー!」
クンカ、クンカ、クンカ。
「・・・・・・エエ」
兎の耳をピンと立て恍惚の表情で一心不乱に匂いを嗅ぎ続けるシャロンに引きまくったフレイヤは、静かに執務室の戸を閉めるとそのまま黙って部屋を出ることにした。
「あいつはもう駄目だな。落ちる所まで落ちてしまって、脳まで腐ってしまったようだ。 ・・・人間、ああはなりたくないものだな」
自分の変態を棚に上げてそう言ったフレイヤは、二度と振り返ることなく冒険者ギルドを去って行った。
「どうしたものか?」
冒険者ギルドから出たフレイヤはしばらく歩くと町の大通りで立ち止まり、今後のことを考えていた。
フレイヤ帰ってこい! お前の事は一番愛しているのは私(イズナ)だ・俺だ(直也)!! 私・俺(イズナ・直也)と結婚してくれ! 毎日可愛がってやるぜ作戦」は、いきなり暗礁に乗り上げてしまった。
他の誰と仲良くする姿を見せつけて、イズナと直也に激しい嫉妬心を呼び起こさせて、自分が如何に大切な者であるかを再度認識してもらい、イズナと直也の愛を取り戻し、イズナと直也に結婚して飼ってもらおうと練った作戦な訳だが、作戦に協力を要請するはずであった7日位前までは志を同じくする、直也死ね死ね団の同士であったシャロンが特徴な病で使い物にならなかった。
「他に協力を要請できる者はいない」
今ではフレイヤの変態も板についてきているが、こうなる前は鉄仮面と言われるほどの感情を表に出すことが無い鬼の副団長と言われてきた。そのため同僚や部下からも一目と距離の両方を置かれてしまい、町には友人と呼べる者はいなかった。
「仕方がないな。気は進まないがプランJ、自暴自棄“私のことはもう放っといて。私が汚れても関係ないでしょ。なに?今更、そんなに私が大切なら誠意と見せて責任取んなさいよ”でいくか」
フレイヤは無駄に長い作戦名を独り言ちると、町の裏道理にある花街に向けて再び歩き始めた。
どんな汚れプレイがイズナや直也に一番喜んでもらえるかを考えてながら。
フレイヤの変態オモテナシは、その道でもお金が取れる、一流のものとなっていた。
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