キララ
人の姿によく似たオークの少女が目を覚ますと、空の太陽が傾き始め間もなく夕暮れ時という頃であった。焚火で夕飯の支度をしているのか、鍋から湯気が上がり美味しそうな香りを運んで来る。
「目が覚めたかい」
イズナは目覚めた少女の背中をトントンと優しく叩きながら話かけた。
「・・・うん」
少女は抱き付いていたイズナの体から手を離し自分の足で地面に立つと、その場に立ち尽くしてしまった。上目遣いでイズナの表情を探っているようだ。
「私の名前はイズナだ。お前の名前は?」
「・・・、キララ」
「キララか、いい名前だ」
イズナは優しくキララに話かける。
「キララは今日の事は覚えているか?」
そうイズナに聞かれたキララはハッとした表情を浮かべて辺りを慌てて見渡した。何度もあちらこちら見渡して母を探しているようだ。
「お母さん! お母さんは」
「お前のお母さんはあそこだ」
キララはイズナが示した方を見ると、綺麗な布に包まれて木製の台座の上に寝かされた母の姿が目に入った。母の亡骸は切り離された首が綺麗に繋がり、泥や血で汚れていた体はまるでお風呂から上がったばかりのように綺麗になっていて、キララには眠っているように見えた。キララは母親の元に走りよると綺麗になった母親の頬へ頬ずりをする。母の頬は冷たく息もしていない。胸に耳を当ても心音は聞こえない。自分が大好きだった母親はもうこの世にはいなという現実を、キララは全身で感じた。
「おかあ・・さん」
先ほどのように大きな声で泣き叫びはしないが、大粒の涙をポロポロとこぼして母親の綺麗な顔を濡らしていた。
「辛いわね。胸が痛いわ」
「今は、思う存分泣かせてあげましょう」
サクヤとマリーは草葉の陰からハンカチを目に当ててキララを見守っていた。二人ともキララの涙する姿がとても切なくて、出来ることなら今すぐキララのことを思いっきり抱きしめたいと思ってはいるが、今生での母との別れを邪魔することは出来ないと考え自重していた。
サクヤがふと周りに視線を向けると直也にアス、リーシェ達のそれぞれが建物の陰の隠れ心配そうにキララを見守っていた。誰かいない?あれ、レーヴァは?とサクヤが思った時のことだった。
「おい、お前はなんで泣いている」
突如、キララの前に立ったレーヴァが厳しい口調でキララに問うた。自分の正面に立つ燃えるような赤い髪をもったレーヴァを見たキララは、オークキングとは比にもならない絶対的な上位種が持つ力を本能で感じ取り、一瞬で泣くことも忘れて硬直し動けなくなってしまった。
「お前は何で泣いている」
「・・・お、お母さんが死んでしまったから、です」
「なぜお前の母は死んだ」
「・・・僕を守って、殺されました」
「その時お前は何をしていた。お前の母が殺されるのを黙って見ていたのか? 」
「違う。僕はお母さんを助けようとしたよ。何度も止めてって、あいつにお願いしたんだ!」
「お願い? お前は自分の命を奪おうとする者に、這いつくばってお願いをしたのか?」
「それは・・・でも僕には、それしか出来なかったから」
「何故、お前はそれしか出来なかった?」
「・・・僕は、弱いから」
キララはその瞬間を思い出したのか、悔しそうな顔できつく唇を噛んでいる。レーヴァは俯いて震えているキララに諭すように話を続けた。
「そうだ。お前が弱いから奪われたのだ。お前達は弱いから蹂躙された。お前は良いのか? 奪われるだけの弱者で良いのか? 強くなって、大切の者を守れる強さが欲しくはないか?」
「・・・僕は、強くなりたいです。・・・強く、なりたい」
キララは涙を溢しながら腹から絞り出すような声でレーヴァの問いに答えた。
「よし、分かった。あたいの名前はレーヴァ。レーヴァテインだ。キララと言ったな。今日からあたいが稽古をつけて、お前を強くしてやる。 一切の甘えは許さない・・・だからこれからはあたいの事を“ママ”と呼びな」
「アホかー!」
レーヴァが言い終わるや否や、ミサイルを思わせる音速の3倍を持ったイズナのキレのあるドロップキックがレーヴァの後頭部を襲った。
「ブッ、わけら!」
伝説様のドロップキックを直撃でいただいたレーヴァは、物凄い勢いで集落を囲む森に向かって飛び、木々をなぎ倒していく。人が土煙を巻き上げながら吹っ飛んでいくのなんかを見たことが無いキララは、大きく目を開き驚きの表情を浮かべてレーヴァの飛んで行った方と、ふんっ、と息を荒げながら恐ろしいほどの銀に輝くオーラを身に纏い仁王立ちしているイズナを見比べていた。
「少しい良いようなこと言っているような気がしたから黙って聞いていれば、結局狙いはそれかよ!」
「あの、あの、あれ、あれ」
キララは混乱しており上手く言葉を話すことが出来ないようだ。
「心配するなキララ。あいつは頑丈だ、問題はない」
「森をなぎ倒して見えなくなるまで飛んでいくのが・・・・・・問題ないの?」
「こんなの日常茶飯事だ。だから気にするな、キララ」
イズナはこんなのが日常茶飯事?と未知の恐怖に震え始めたキララの体を掴み、自分の方へと向かせた。
「だが、レーヴァが言っていたのにも一理ある。キララ、お前はまだ幼く自分の身を自分で守ることも出来ない。不条理な運命に抗う力も術もない」
イズナはキララの前に立つとその肩に手を当てる。
「どうだ、キララ、変わりたくないか? どんな運命にも立ち向かうことが出来る強くて良い女になりたくはない?か」
「僕は変わりたい。僕、変わりたいよ!」
イズナの問いに顔を真っ赤にしてキララは言った。
「よし、分かった。このイズナが、今日からお前の面倒を見てやる。今日からお前は私の家族だ。強くて良い女の子に育ててやる。だから、今日から私の事はママと呼んで、直也様をパパと慕いな」
「あたいと同じじゃねーかよ!」
まるで転移でもしたかのように突然目の前に現れたレーヴァの炎を纏った右の拳が、油断していたイズナの腹を貫いた。
「う、おえ」
と僅かに言葉を残し、イズナは砲弾のような速度で天高く吹き飛び見えなくなってしまう。
「えっ、えっ!」
人が風を切りながら見えなくなるまで高く吹っ飛んでいくのなんかを見たことが無いキララは、大きく目を開き驚きの表情を浮かべてイズナの飛んで行った空と、ふんっ、と息を荒げながら恐ろしいほどの炎のオーラ身に纏い仁王立ちしているイズナを見比べていた。
「言っていることも、やっていることも、あたいと一緒じゃないか!」
イズナにドロップキックされた後頭部を手で抑えているレーヴァにキララはおずおずと言った。
「おお痛て、たんこぶができてるし」
「あの、あの、あれ、あれ」
キララは混乱しており上手く言葉を話すことが出来ないようだ。
「ん?イズナ姉か。心配をするな、キララ。イズナ姉は頑丈だ、問題はない」
「見えなくなるまで空に飛んでいくのが・・・・・・問題ない?」
「こんなの日常茶飯事だ。だから気にするな、キララ」
・・・お姉ちゃん達は一体何なの?
急落のオークしか見たことがないキララでも並外れた戦闘力を二人が持っていることが分かった。キララは膝をガクガクとさせながら未知の恐怖を感じていた。
「今のは痛かった。痛かったぞ! マジで!」
茫然とするキララの前に天より天使が降りてきた。天使はモフモフの耳とシッポをもっていて、美しい顔を般若のように歪めてメンチを斬り、全身を銀色のオーラで輝かせながら宙に浮いている。
「やってくれたなレーヴァ。私を殴りやがって。どうなるかわかっているんだろうな、ああ!!」
「姉さんこそ、あたいの事を少し甘く見過ぎだわ。歯がゆいね、今日こそどっちが上か思い知らせてやんよ!!」
「「ああ!!×2」」
地上と上空、離れているが二人ともお互いの瞳の色がはっきりと分かるほどにお互いのことが見えており、眼力を込めたメンチを斬り合う。目を逸らしたら負け、二人の胆力は拮抗し決着はつかない。二人の視線の中心ではバチバチとリアルに火花が散っている。
レーヴァの後ろでその様子を見ていたキララは魂が震えていた。この場はヤバイ、死ぬ、このままでは死んでしまう。本能が告げている。
先ほどまで死を望んでいたはずの少女は今、無意識に生にすがり必死に生き残る方法を探していた。
「イズナお姉ちゃんも、レーヴァお姉ちゃんも喧嘩はやめて!」
キララは震える唇で何とか仲裁の言葉を紡ぎ出すことが出来た。 二人を止める。キララはそう選択をした。
「「心配するな、キララ。お前はママが守ってやる×2」」
イズナとレーヴァが重なる。睨み合いながらの沈黙、
「「ああ!!×2」」
二人は再度重なる。深い沈黙が流れる。もう二人には言葉はいらない。
イズナは空を裂き、レーヴァは大地と穿つ。二人は空で衝突し、衝撃が周囲を襲う。 キララは必死に母の亡骸を抑えながら空で戦うイズナとレーヴァの姿を追いかける。殴り合う度に大気が爆ぜて大地が衝撃で震える。光や炎が空を走り天の先にまで伸びていく。
始めは恐怖で震えていたキララも、次第に二人の空前絶後の常識を完全に超越した戦いに魅せられ始めていた。二人の戦いを見ていると高揚する。心に力が、活力が湧いて来る。
“いつか自分もあんな風に”と憧れすら抱いてしまう。
「すごい。すごいや。お姉ちゃん達。・・・僕もあんな風になれるかな」
キララは、オラー!とかウラー!とか言って殴り合う二人を見ながら、静かに眠る母に向けて言った。
「お母さん、僕は生きるよ。生きて強くなるよ」
キララは母に向き返り、愛おしそうに母の頬を撫で頬にキスして言葉を繋ぐ。
「だから僕の事はもう心配しないね」
涙が止めどなく流れる。でも泣いてばかりでいたらお母さんが悲しんじゃう。笑わないと、お母さんが心配しないように、僕は笑わないと。
「・・・さようなら、・・・お母さん」
涙でグチャグチャになった最高の笑顔で、キララは母に最後の別れを告げた。
「「「「「うわーん×5」」」」」
キララと母の別れを陰から一部始終を見ていた直也達はもう辛抱堪らなくなり、全員飛び出してキララを四方から抱きしめた。
赤い夕日が世界を美しく染め上げる優しい時間帯、空ではまだ地平線の果てにまで届くような爆音が鳴り響いていた。
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