仲直りの作戦
決死の覚悟で何とかレーヴァとリーシェの興奮を落ち着かは直也は、己にはおっぱい・おっぱいなどという下心などは一切ないと言わんばかりに真摯なほほ笑みを浮かべて、町の有力者や冒険者達と話をしながら完璧に制御された嫉妬からくる直也だけに向けた指向性の非常に強い殺気を飛ばしてくるイズナに向かい、とびっきりのさわやかに作った笑顔を送った。
直也の春の透き通った新緑の森林のようなさわやかな笑顔をもらったイズナは、麗らかな秋の日の太陽に照らされた、朱色の鮮やかな山野の紅葉のように頬を朱に染め上げると、少女のような屈託のない笑みを浮かべた。
直也に関して、生クリームとハチミツ砂糖掛けパンケーキくらいに甘くて、優しく微笑むだけで、秒で落ちるくらいにチョロインのイズナであった。
「ああ、直也しゃま」
「おや? イズナ様お顔を真っ赤でございますが、どうかされましたか?」
「も、問題ない。少し熱くてな、酒を飲み過ぎたのか」
「ああ、イズナたまが私には絶対に見せてはくれない乙女の顔に! 悔しい、・・・でもそんないけずな、イズナたまも、好・き!」
「だまれ、誰がイズナたまだ!」
ドゴン!
真っ赤になりながらも、街の偉い人達と関係を修復するためのお仕事をしているイズナに突っ込んだフレイヤは、いつものように物理的な指導を受けて、幸せそうな顔で沈黙した。
フレイヤ・ヴァナティースは本来イズナの後継者としてガーディアンズの副団長を務める実力ある超有名な大物である。
戦場では白銀の剣と鎧を身に纏い、一騎当万の力で敵を薙ぎ払うセフィロトの戦巫女と讃えられ、平時では数々の政治・外交的な問題を表面化させることなく解決、又は鎮圧する智謀と手腕を持った傑物であった。
あったはずであるが、直也と出会い、新しい自分に気が付き目覚め、その新しい自分を受け入れてしまった今のフレイヤは、パッと見正真正銘、自他ともに認める、本物の変態になり下がってしまっていた。
「どうしてこんなことになってしまったのだろうか?」
イズナは幸せそうに気絶するフレイヤを見て、心の底から今後のガーディアンズの行く末をかなり本気で心配した。
(よしイズナさんはもう大丈夫そうだ)
自分に向けられていたイズナの殺気が消えたことを感じた直也は、次なる懐柔策、いや解決策を思い浮かべながらサクヤとマリーがいる方へ向き直った。
サクヤとマリーは二人とも、町の有力者のご婦人や年頃の女性の相手をしているが、その意識は復活した直也に向かってきており、ご婦人方とエレガントな会話しながらも直也の動向をチラチラと探っているようだった。
二人の視線が自分を見ていることを確信した直也は行動、いや状況を開始した。これはミッションである。勿論自分が招いた・・・、いや本音で言えば若干巻き込まれた感も無いとは言いきれないが、騒動の発端は自分。彼女達には昂る感情という名の鉾を収めてもらい、冷静な話し合いの場を得なければならない・・・。
直也は背筋を伸ばして顎を引き、指先を揃えて腿に添え、踵を揃えて直立不動の姿勢をとり、
「心配かけてごめんなさい。でも、心配してくれてありがとう。うれしかったよ」
的な表情を浮かべながら、少し涙を浮かべた目で二人を交互に見る。
直也を見た二人の表情が、「え、直也さん!」的な驚きから、「・・・直也さん」柔和な優しい表情に変わった瞬間に一粒の涙を流し、すぅーと自然に流れる様な見事な最敬礼をする。
「ああ、直也(さん)」
直也から流れる涙と、気持ちのこもった愛と感謝の礼を受け取ったと感じたサクヤとマリーは、今すぐ直也に抱きついてしまいたいと言う激情に駆られるが、今回のギルド襲撃実行犯の身としては、ここで少しでも町の方々と仲良くして信頼関係の修復と更なる発展をなさなければならないという、セフィロトの為政者としての矜持がそれを許さなかった。
直也は顔を上げ腕で涙の痕をふき取るしぐさをしながら、自分を愛おしそうに見る二人と視線を合わせると、春の透き通った新緑の森林のようなさわやかな笑顔を向けて、唇で「ありがとう」と伝え、その場を去った。
「ああ、直也様・・・」
直也に関して、あんこに練乳をかけた上にクリームをトッピングした団子くらいに甘く、涙を見みせれば秒で落ちるくらいにチョロインのサクヤとマリーであった。
直也は二人の激情が消えて、愛する人が立ち去る後ろ姿を止めることが出来ずにただ切なく見送ることしかできない女子的な雰囲気を感じ、勝利を確信した。
何に勝ったのかは分からないが勝利を確信した。
この時のみんなへの直也の行動が後に、振り出しへ戻るという、古来から言い伝えられているお約束となってしまうことに気が付かないままに。
「主様って、少しずつだけれども、確実に女心を弄ぶ最低すけこましヤローになってきているよね。私は好きだな」
元色欲の魔王アスモデウスこと従者アスの誉め言葉? が聞こえたような気がしたが、直也は前だけを見据えて、決して振り向こうとはしなかった。
何とかこの場は乗り越えることが出来た直也が周囲を見渡すと、酒場の隅でひっそりと壁に背を預けて、一人で飲むバッカスの姿が目に入った。
「バッカスさんこの度は大変ご迷惑をお掛け致しました」
「ああ、目が覚めたのか。本当に大変だったぜ。おかげで寿命が少し縮まってしまったぜ」
「本当に申し訳ありません」
「もう気にするな。今回の件はお前が眠っている間に話がついた。お前達を捕らえる気はない。・・・第一お前達は俺らでは捕らえることが出来ないからな」
「すいません」
「だから気にするなって。俺達だってお前らに迷惑をかけたし、その辺はお互い様だ。それにギルドの修復費は全額払って貰えることにもなった。伝説やセフィロトの町のお偉いさんに太いパイプを作ることも出来た。これはとんでもないことだぜ」
直也が気絶をしている間に、イズナとサクヤがコーアンの冒険者ギルドと示談をしていた。冒険者との諍いに対し冒険者ギルドには一切の責任を問わないこと、壊れたギルドの修復費用を支払うことを条件に、今回の騒ぎはギルド襲撃の対応訓練と言うことで処理、イズナやサクヤは襲撃役の特別ゲストのサプライズ教官と言う扱いとし、町の冒険者や住人に周知されることとなったようだ。
今行われている宴会は特別ゲストの歓迎と訓練の反省会を兼ねたものとのことだった。
「しかし驚いたぜ。お前のとこにはフェンリルまでいるんだな」
「はい、少々口は悪いですが良い奴ですよ」
子供を相手に疲れてしまったのか、それとも諦めてしまっているのか、子供達によって黙ってもみくちゃにされているフェルを見ながら直也はそう伝えた。
「本当に今日は、伝説三昧だぜ。伝説の武人から伝説の火竜、伝説の神獣、一生で一度拝めるかどうかっていうのを、一日で拝見出来たぜ。 ・・・そんな伝説をいくつの侍らせているお前もしかしてなんかの伝説か?」
「いえ、僕はしがない、大事な人すら守れなかった、只の人、ですよ」
「そうか・・・」
「・・・」
「ほら、飲め。辛気臭い顔をするな。今日はお前達の歓迎の飲み会なのだから。っと、言っても支払いはお前持ちだけどな」
「はい、それくらいはさせていただきます」
「おう、良く言ったな。おい、マスター今日はこいつのおごりだ。この店の高い酒を全部みんなに飲ませてやってくれ」
「「「おおーーー!!」」」
いっそう盛り上がりを見せる人々を見ながら、二人は壁に背を預けて同じ酒を飲み、夜が更けるまで色々な事を語り合った。
次の日、背中を煤けさせて飲み代の請求書をもったまま、茫然とマスターの前で立ち尽くしている直也の姿を、大勢の人が目撃したと言う。
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