公衆の面前で

 直也が目を覚ますとそこは宴会場となっていた。何が起きているのかが分からない直也は痛む頭部を手でおさえながら、寝かせられていたソファーから起き上がり周囲を見渡す。


 窓ガラスの無い窓の外は既に夕暮れ時で夜の帳が降り始め、ギルドから見える町の家々の煙突からは、夕食の準備をしているのだろうと思わせる煙がモクモクと昇り、家の窓からは温かな明かりが漏れ、町の景色を照らしていた。


 冒険者ギルドに併設されている酒場には多くの人が集まり、職員や冒険者達の他にも明らかにギルドとは関係のないと思われる老い若き女性達や子供達の姿が見てとれる。


 みんなは大いに盛り上がっているようで、ギルド職員や冒険者達はイズナやフレイヤの下に集まり話を真剣に聞いては質問し、多くの女性達は輪となってサクヤとマリーを取り囲み、子供達は同じ年頃の姿をしたアスやいつの間にか召喚されているフェンリルのフェルと楽しそうに笑って遊んでいる。


 みんな酒を飲んだり、料理を美味しそうに食べたりと、楽しそうに歓談しているように見えた。

 

 どうしてこうなったのか経緯は分からないけれども、何とか無事に収まってくれたみたいだな、若干の建物の破損が気にはなるものの直也は安心して胸を撫でおろした。すると突然背後から何者かが、直也の首に手をまわして抱きついてきた。


「直也さん! 心配しました。直也さんは出かけたきり帰って来ないし、直也さんを探して来て見ればこんな所で倒れているし、私は直也さんが倒れている姿を見て、もう気が気ではありませんでした。 ・・・ヒック」


 涙ながらに心配しましたと抱きついてきたリーシェは結構お酒臭い。結構な量のお酒を飲んでいると思われた。

 リーシェはトローンとした顔で頬をプンプンと膨らませながらに直也の目を見つめた。


「直也さん聞いています?」 

「聞いているよ。心配をかけてごめんね。僕はもう大丈夫だよ」

「もう、私は直也さんの事が心配で夜も眠れなかったんですよ」


 リーシェは抱きついた直也の首筋を指で優しく触れながら耳元に唇をよせてお酒臭い息を吐きながら直也に甘えるように言った。


「でも、もう良いんです。直也さんの無事な姿を見たから、直也さんのいつもの優しい声を聴いたから。とっても安心しました。 ・・・でも、」 


 お酒の匂いをさせながら首にしがみ付くリーシェ優しく受け止めながら直也は言葉を促す。


「リーシェ?」

「・・・でも、後少しだけ、・・・ほんの数日間だけ、私が安心できるように、めちゃくちゃに抱いて下さい!」


「!?」

(は? 数日めちゃくちゃに抱いて? 聞き間違えか? レーヴァじゃあるまいし、リーシェがそんなことを言う訳がないもんな?)


 リーシェが言っている言葉の真意が分からない直也は頭に「?」を浮かべてフリーズしてしまう。直也の沈黙を合意と受け取ったらしいリーシェは、いそいそと直也の着ている服の上から体を弄ろうとしていると、


「エッ、リーシェ? 何をして?」 

「直也さん、ああ直也さん!」


 混乱する頭で取り敢えずリーシェの行動を制止しようとする直也の元へ、突如一陣の激しい炎が舞い起こった。炎は完璧に制御されリーシェだけを焦がしている。 


「危ない旦那様! この変態エロフめ、あたいの旦那様から離れろ!」


バキッ! ゴキン! 


「エッ、レーヴァ!!」


 今までに見たことが無いような、リーシェの対するレーヴァの激しい突っ込み。炎に焦がされた上頭頂部に拳骨をまともにくらったリーシェは、音も無くその場で崩れ落ちた。更にレーヴァは追いを打って崩れ落ちたリーシェをつまみあげて外に投げ捨ててしまった。

 

 一部始終をまるで夢を見ているような感覚で呆気に取られて見ていた直也は、「ふん」と鼻を鳴らしながらこちらに向かって戻ってくるレーヴァに詰め寄った。 


「レーヴァ、今のアレはヤバいって。普通の人なら死んじゃうレベルの一撃だったって」 

「騙されるな旦那様。あいつはもう優しい森の妖精なんかじゃないんだ。狩人なんだよ。旦那様が知っているあいつはいなくなってしまったんだ」

「狩人って?」


 直也の問いかけを無視するように、レーヴァはお酒臭い息を吐きながら直也に甘えるように目を潤ませながら抱きついた。


「それよりも旦那様! あたい心配したんだぞ。 旦那様帰って来ないし、旦那様を探してみればこんな所で倒れているし。倒れている旦那様の姿を見た時は、本当に心配したんだぞ。 ・・・ヒック」

「・・・さっきも聞いたような」


 涙ながらに心配しましたと抱きついてきたレーヴァは、リーシェよりお酒臭い。レーヴァはトローンとした顔で頬をプンプンと膨らませながらに直也の目を見つめた。


「聞いている?」 

「聞いているよ。レーヴァも心配をかけてごめんね」

「もう、あたい旦那様の事が心配で夜眠れなかったんだぞ」

「・・・」


 レーヴァは抱きついた直也の首筋を指で優しく触れながら耳元に唇をよせてお酒臭い息を吐きながら直也に甘えるように言った。


「でも、もう良いんだ。旦那様の無事な姿を見れたから、旦那様のいつもの優しい声が聞けたから、とっても安心したよ。 ・・・でも、」 

(・・・この展開は)


 お酒の匂いをさせながら首にしがみ付くレーヴァに既視感を感じて、直也は身を固くして警戒を強める。


「あの、レーヴァ?」

「・・・でも、後少しだけ、・・・ほんの数年だけ抱きしめておくれよ。そして、あたいがもう寂しくならない様に、安心できるように、卵を孕ませてくれよう!」

「!?」


 レーヴァが言っている言葉の真意が怖すぎて直也はフリーズしてしまう。直也の沈黙を合意と受け取ったらしいレーヴァは、いそいそと直也の着ている服を脱がそうと、涎を出して興奮している。

「レーヴァ、やめろってば。こら離せ。ここには大勢の人が、子供も居るんだぞ!」

「旦那様、ああ旦那様!・・・ギャー!」 


 取り敢えずレーヴァの変態行動に本気で抵抗する直也の元へ、突如一陣の霊気弾が飛びこんだ。霊気弾は精密制御されておりレーヴァの後頭部を狙い打っていた。


 ドガン!

「痛って」


 後頭部に強めの霊気弾の直撃を受けたレーヴァは、 ・・・思ったより平気そうだ。


「レーヴァさん、暴力は嫌いです。止めて下さい。それに何ですか今の? あたい心配したんだぞ、ってところから見ていましたが私を丸パクリじゃないですか!」

「リーシェ、あたいの邪魔をするな。あたいは何もパクってないし。実力でお前の上をいっていただけだし」

「笑わせないで下さい。片腹痛いです。全然私の足元にも届いていません。大体あのままレーヴァさんが邪魔しなければ、今頃私は直也さんと明るい家族計画についてまったりと密に絡み合いながら話していたところです!」

「あたいだってお前が邪魔しなければ、今頃あたいは全身ネトネトに初雪のように白く染められて、お腹のお部屋に愛の結晶が誕生していたはずさ!」

「有り得ません。絶対に在り得ません!」 


「一体何があったんだ? レーヴァは元々アレだけど、あのリーシェがレーヴァと同じ土俵で争うなんて」


 直也は茫然と声で罵り競い合うリーシェとレーヴァをただただ見ることしか出来ないでいた。

 

 当然、美女の二人がこれだけ騒ぎを起きこせば周りの人が放ってはおかない。ご婦人達は聞き耳を立てながらソワソワチラチラと様子を窺い、男性達は美しい二人の女性に両腕を掴まれてもみくちゃにされている直也に、呪いの言葉嫉妬の視線とを向けている。


「二人共、いい加減にやめて・・・、はわわ!」


 直也が二人の胸に顔を挟まれながら恥ずかしい話をやめさせようとした時、刺すような鋭い視線を複数感じた。


 それは、物理的な痛みをも伴う常人ならば殺してしまうのではないかとすら思わせるほど殺気をのせた視線で、直也は汗を掻き震え始めたそうな。

 

 今冒険者ギルドは、楽しい宴会場から、公開処刑場へと変わりつつあった。

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