命懸けの謝罪
バッカスは混乱していた。次々に問題が起こっている。まさに一難去ってまた一難。問題自体は、何一つ解決はしていないのだが。だが、解決はしなくとも問題はどんどんとやって来る。
(あの銀髪の女は狐獣人の獣人か? あの態度はどう見てもあいつの関係者だ。あいつの仲間で銀髪の髪と言えば、・・・・・・、イズナ・シルバー・フォックス。最上位の重要危険人物だけだ)
「綺麗だ」
「惚れた」
「結婚したい」
「この美しさは天使様だ」
「寒い」
バッカスの耳にギルド職員や冒険者達が、銀髪の女の容姿を褒めたたえる声が次々と聞こえてくる。
(お前らはあの女の正体を知らないからそんなことが言えるんだ!)
この場でこの異常事態を正確に理解出来ているのはバッカスとアマテラスの情報収集を担当したロイスだけであろう。現にロイスも思い当たる節があるのか銀髪の侵入者を見て茫然と立ち尽くしていた。
コーアンの町の冒険者ギルドの人々がイズナのことが分からないのには訳がある。当然この生業に身を置くものでイズナのことを知らない者はいない。数多くの英雄譚や武勇伝に名を残すイズナではあるのだが、その容姿までを知る者は極めて少ないのだ。何故なら数百年程前からイズナは公の場へ姿を現さなくなり、セフィロトの当主シラサキ家やガーディアンズの幹部の限られた者のしかイズナと会うことが出来なかったためだ。
直也がセフィロトの町に来てからは大社や冒険者ギルドの他、町の商店街や飲食店などでも頻繁に見かけるようになったためにセフィロトの町に住む者であればイズナのことを知らない者はいない。しかし、町の外に住む者に容姿に係わる情報などはほとんど伝わっておらず、しいて言うならば多くの物語で語られている美しい銀髪の女くらいなものである。
「直也様の身に何があったのですか?」
自分が出来る最良の対処用法はなんだ? 限界近くまで思考しているバッカスの耳に、怒気を孕んだイズナの声が聞こえてきた。怒気を乗せたイズナの一言は、ギルド内の雰囲気を一変させた。
バッカスは直也の頭を愛おしそうに撫でるイズナの姿から目が離せない。イズナは直也の頭を撫でながら顔だけ後ろに振り返り、この場にいる全員に対して睨みを聞かせながら言った。
「直也様に、何をしたのですか?」
その瞳に宿っている激しい怒りにバッカスは心の底から恐怖した。
(こいつは化け物だ。さっきの狂犬達よりもずっと。桁違いだ)
イズナに怯えガクガクと震えるまともに立つことすら出来ないバッカスにはもう出来る事が無い。一体どうすればことをうまく収めることが出来るだろう。考えても、考えても思いつかない。祈る事しか出来なかった。
(神よ、私達をお助け下さい)
バッカスの祈りは届いた。
まるで今にも爆発してしまいそうな火山の火口に立っている様な張り詰めた緊張間に包まれているギルドの中に、騒がしい新たな侵入者が現れたのだ。
「面白いことが起こっているのはここですか!私も一枚噛ませて下さい!」
「おい、アス何でお前はそんなに早いんだ。あたいより早いってお前は一体何者だ!」
「待って下さい。作戦では私が最初に直也さんに甘えるように抱きつかないと、うまくいかないんですよぉ」
「ぜー、ぜー、なぜだ。なんで天界の戦巫女たる私よりもエルフや人間が早いんだ!私だって結構本気だったぞ」
四人の侵入者達は元正面玄関から入り込み周りの事などお構いなしに大騒ぎしている。
「あ、主様が眠っている」
「旦那様、無事だったか」
「直也さん、私心配しました。直也さんのことを考えすぎて夜も眠ることが出来ませんでした」
「イズナたま、マスター。フレイヤは、フレイヤは寂しゅうございましたー」
「黙れ、うるさい」
ガツン!
「ありがーとーーごーーーざーーーーいーーーまぁーーーーす」
イズナに抱きつこうとしたフレイヤはいつものごとくキツイご褒美を頂き、壊れた窓から勢いよく外へ飛んでいく。フレイヤは声が聞こえなくなるほどの遠くまでぶっ飛ばされたようだった。
「ふう、まったくフレイヤの奴は」
フレイヤをぶっ飛ばしたせいか、イズナの表情は少し柔らかくなっており、先ほどまでの物騒な気配は消え去っていた。さっきまでの張り詰めた緊張間から解放され金縛りが解けたバッカスは、決死の覚悟でイズナの数メートル前にまで走りこみ、飛び込むような見事な土下座を決めた。その後にはギルドの幹部達も続き土下座を始める。
「申し訳ありませんでした。どうか、どうかお許し下さい」
「申し訳ありませんでした。賠償はしたしますのでどうか命だけは」
「命だけはお助けください。家にはまだ小さい子供がいるのです」
「私は何もしておらん。だから助けてくれ」
バッカス達に話かけた。バッカスの全生命をかけた土下座は果たしてイズナの心に届くのだろうか。
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