放たれた三本の矢

 サクヤ達は全員で楽園の部屋(フレイヤは一人で煉獄の部屋)に泊まり、直也の帰りを心配して待っていた。アスとレーヴァはそうそうに夢の世界に旅立ち、リーシェはベッドで一晩中狩りのシミュレーションに耽り、サクヤ、マリー、イズナの三人は起きて帰りを待っていた。そして待っている内に、朝を迎えた。


 本日は快晴で空には雲一つ無く、開け放たれた窓からはさわやかな朝の日差しと心地の良い春のそよ風が入り込み優しく肌を撫で、徹夜で直也を信じて待ち続けたサクヤ達をイラつせた。


 直也が心配で物音や気配がする度に飛び起きて玄関の外に迎えに走ること、一晩で三十数回。十回を過ぎた辺りからは玄関に行くのを止めて部屋の窓から外へ直接飛び出した。二十回を過ぎてからは誰が一番早く直也を迎えることが出来るか的な競争にまで発展し、三十回を過ぎた頃からは数えるのを止めた。その全て無駄だった。

 マリーやイズナは当然野営の経験があり、一晩中見張りに立ったことは数えきれないほどあるのだが、心傷ついた愛しい恋人を心配しながらずっと気の抜けない状況で一晩中待ち続けた経験は無く、神経と尖らせて気力をすり減らしながらひたすらに自分のテリトリーに入るのを待つというなれない行為は、思った以上に精神も肉体を疲弊させていた。


「朝です」

「朝だな」

「朝ですね」


「ぐーぐー」

「私はそこでこう言うんです」

「あたいだっていってやるんだ」


 幸せそうに眠るアスや天井を睨みながらブツブツ言っているリーシェ、眠りながらリーシェと会話するレーヴァを尻目に、玄関をじっと見つめる三人の顔には表情がない。目元にクマを作り、目を半眼にして無表情で直也がいない玄関を見つめている。


「朝、帰りですかね」

「朝、帰りだな」

「朝、帰りですね。厳密にはまだ帰って来ていませんが」


「ぐーぐー」

「私は、あなたに捧げます。だから受け取って下さい。私の大切な純潔を。・・・グフッ、グフフフフッ」

「旦那様、初めはあたいをもらってくれよぅ」


 幸せそうに眠るアスや天井を睨みながらブツブツ言って笑っているリーシェ、眠りながらリーシェと会話するレーヴァを尻目に、三人は玄関をじっと見つめる。


「もう少し待ちましょうか」

「もう少し待ってみよう」

「信じますしょう。直也ならば必ず帰ってきます」


「ぐーぐー、ゲホッ、ゲホ。アウ、・・・グーグー」

「そう、私は蝶のように舞い蜂のように刺すの。蝶になって鮮やかなハメ、いや羽と淫猥な鱗粉を使って直也さんを骨抜きにして、ミツバチになって甘い、甘いナオヤ汁、いや蜜を集めるの。最後は異常興奮した直也さんの針で、串刺しにされるの」

「あたいと旦那様は刀になる。旦那様の抜身の真剣を毎日あたいの極上鞘で包んで、いつでも切れるようにネットリ腰を切って砥いであげるんだから」

「お前らうるさい」× 3


「何ですか、人の妄想(しあわせ)に土足で踏み込む様なマネをして、ちょっとやめて下さい」

「黙れリーシェ、変な話ばっかり一晩中聞かせやがって少し静かにしろ、淫乱エルフ」


「なんだよう」

「レーヴァ様、いい子だから静かにねんねしましょうね。 ・・・アブソリュート・スリープ」


イズナはキレ気味にリーシェを黙らせようと首に腕を回して締め始め、サクヤはレーヴァにスリープの最上級魔法を全力でかけた。


「苦しいです。締めないでくださ・い・・。カヒュッ」

「負けるか。負けるもんか。あたいは、・・・あたいはまだ、・・・グー」

 

バタン×2


 二人が落ちて静かになったと思ったら、部屋の戸を蹴破って何物かが部屋に飛び込み大声で叫んだ。


「この匂いはご褒美の匂。イズナたまが興奮されて出す、刺激的なフレバー! 私にも! 私にもご褒美を下さい。先っちょだけ、先っちょだけでいいから!」


 部屋に勢いよく飛び込んできたフレイヤは、イズナの姿を確認すると叫びながら砲弾のようなスピードでイズナの胸に飛んでいく。


「黙れフレイヤ。お前は一度死んで来い」


イズナに叫びながら飛び掛かって来たフレイヤを殴り飛ばして、


「ご褒美ありがとうございます、ガク」


と、完全に沈黙させると室内はようやく静かになった。

 

 静かになった部屋で、また三人は玄関をじっと見つめ始めた。




 だが、昼近くになっても直也が帰ることはなく、信じ待ち続けて、裏切られ心をすり減らしてしまった三人の女夜叉達は、「信じていたのに!」と、心配を裏切られた怒りの感情に変化させ、直也の追跡を開始した。



 サクヤとマリーが組み聞き込み情報収集、イズナは単身で直也の残り香を追う。二手に分かれて捜査が開始された。サクヤ達は直也が消えて行った方角にある歓楽街から調査を開始するとすぐにある酒場で直也らしい冒険者の情報を入れることが出来た。


「はい、その彼氏でしたら昨日ご利用されました。お連れ様は、それはもう逞しい体付きの御仁で、お二人とも仲良さげに寄り添って飲まれておりました。まるでカップルの様でしたね。帰りにはお連れ様が彼氏さんを背負って、あっちにある宿泊施設のほうへ。あの二人の雰囲気なら、きっと激しい夜になったのでしょうね」


 

 サクヤとマリーは、めまいを感じてその場でふらついてしまい、慌ててお互いを支え合う。


「マリー嘘ですよね? 直也さんが男の人とだなんて」

「当然です! 直也が男となんてあるはずかありません」

「でも、酔って意識のない直也さんを相手だったら」

「・・・お持ち帰られた可能性もあるかも」

「イヤー! そんなの絶対にイヤ!」


 サクヤとマリーの頭の中で、直也が逞しい体つきの男に組しかれている姿がよぎる。


「どうだ俺の一物は?」

「硬くて大きくて・・・」

「硬くて大きくて、どうした?」

「もう焦らさないで、僕の穴を、穴を掘って! お願いします」

「わかったぜ! オラオラオラオラオーラ!」

「おぅ、この刺激ニューワールド! 癖になりそう」


「絶対に駄目!」


 その後サクヤとマリーは必死に辺り一帯の住民に聞き込みをして、とうとう冒険者ギルドに直也が連れ込まれたと言う情報にたどり着くことが出来た。


 二人はギルドの前に立つと、迷うことなく玄関を吹き飛ばして、カチコミをかけたのだった。



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