劇場

 コーアン町の冒険者ギルドの歴史は結構古く、この地で創業してから既に二百年以上の歴史がある。ギルドの建物はギルドがコーアンの町での創業時に建てられた物で、当時の有名な建築家が「千年いけます!」をコンセプトにゴシック調風味な建築物だ。外装は高級レンガを惜しげもなく使い、内装にはケヤキやヒノキなどの高価な木材を贅沢にも太く厚く贅沢に使って建てられている。町の文化財にも指定され歴史的にも大変貴重な建築物だった。

 当然ギルドの顔たる玄関の扉にもこだわっており、二本の美しい剣の形に彫銀された芸術的な細工が、歴史を感じさせる無骨な鉄の金具が木製の扉の上でうまく飾り合わされており「双剣の扉」と呼ばれ、二百年という時間の中で数多の冒険者達を迎え、送り出してきた。


 そんな貴重な歴史ある大切な建築物の、冒険者達の愛されたギルド自慢の双剣の扉が、


 激しく爆散した。



 吹き飛んだ扉から押し入って来たのは二人の美しい女性であった。興奮した様子の二人は寝ていないのか目の下にクマを作りっており、表情には疲れが見て取れる。


「直也さんは何処ですか。酔った直也さんが大柄の男にここに連れ込まれたことはわかっています。直ぐに私を直也さんの許に案内しなさい。敵対する者には勿論、もし万が一にも直也さんの身に、もしものことがあれば容赦しません」

「直也。何処だ、何処にいる! おのれ貴様ら、私の直也に何をした! 男同士で酔った直也に何をした!」


 ギルドに居た職員や冒険者達は突然のことに呆気に取られてしまい、言葉が出ない。玄関の扉が爆破され襲撃されたというのがあまりに非現実的な状況過ぎて頭に入ってこない。

 創業から二百年間、コーアン冒険者ギルドはただの一度の襲撃を受けたこともなかった。ましてや爆破されることなど考えたことすらもない。


「早く直也さんの所へ案内なさい。隠し立てするとただでは済みませんよ!」

「私の直也の貞操にもしものことがあれば、覚悟してもらうぞ!」


 爆破襲撃の実行犯の美女達は非常に好戦的だ。ここに来てようやく我を取り戻した職員や冒険者達が動き出した。


「そんな、双剣の扉が吹き飛んだ、・・・襲撃だ!」

「貴様ら何者だ! こんなことをしてただで済むと思うなよ!」

「取り囲め、相手は二人だ。拘束するぞ」


 二人のけだるげな美女を取り押さえるため、屈強で逞しい男達が大勢集まり取り囲む。二人の美女達は集まった屈強で逞しい男達を一人一人ずつ、疑わしそうに、いかがわしそうに、どこか眩しそうにして穴があきそうなほどに見ていた。


「あり・・・あり・・・なし・・・あり・・・ギリ、あり・・・なし・・・腐腐腐」

「掘って掘られて、長い時を出し入れされて、穴に咲く一輪の赤い花。ああ、穴も締めねば、切れぬのに」


 十代と思われる髪の毛は少し茶色がかった黒髪をした美女は頬を赤く染めボーっとした様子で呪文のよう有無とかを呟き、二十代半ばほどの黒縁の眼鏡をかけた美人は何か詩を読んでいる様だった。


 二人に共通するのは美人であることと、普通ではない事。美しいほどに狂気が引き立つ。


 あの目付きはヤバイ、恐らくは薬で脳をやられているのだろう、そう屈強で逞しい男達は思った。


 屈強で逞しい男達取り囲まれているのに全く動じない二人の美女は、何かしらの決意を感じさせる雰囲気を纏い、屈強で逞しい男達に向かって口を開いた。


 それは二人にとって最も重要な事項で、核心に迫ったものであった。


「あなた方は致したのですか?」


 屈強で逞しい男達は質問の意味がわからない。何を言っているのかも検討すらつかない様だった。 屈強で逞しい男達は茶色がかった黒髪の美女の質問を無視して投降勧告、説得を始めた。


「あなた方は直也さんで致したのかと、聞いているんです!」


「なんのことだかは知らないが、大人しく投降しろ。出来れば女性には手をあげたくはない」

「何を言っているんだ、あの女は? まるで意味が分からない」

「今ならまだ間に合う。またにやり直せる。これ以上問題が大きくなる前に止めるんだ」

「地面に膝をついて手を後ろにまわせ! 手錠を嵌めてやる」

「早くしろ、早く手を後ろにまわせ! みんな気を抜くな、相手は異常者だ!」


「大人しくしろ、女を相手にするのは嫌だけれど、意味もなく、大きくした前のヤツで、地面に跪かせてからまわして、後ろからみんなでハメてやる、自分達は異常者だ、だと! やはり貴様らはヤった、のだな!・・・ヤってしまったのだな!」

「そんな、嘘よ。そんなのは嘘よ」


 黒縁の眼鏡をかけた美女は屈強で逞しい男達の言葉をアナグラムして、話を切り取りつなげ別の意味がある言葉へと見事に昇華させることに成功していた。これは無意識で行われたようであった。

 黒縁の眼鏡をかけた美女の言葉に、茶色がかった黒髪をした美女が激しく取り乱している。髪を振り乱し両手のひらで顔を隠している。

 しかしどうも嘘くさい。芝居じみている。その場にいた、みんながそう感じた。きっと指の隙間から見える目と口元のせいだろう。


 取り乱した茶色がかった黒髪の美女の体を黒縁の眼鏡の美女が寄り添い支える。黒縁の眼鏡の美女の瞳には、激しい炎が燃え盛っていた。


「お嬢様、お嬢様しっかりして下さい。 貴様達、直也ばかりか、お嬢様まで傷つけたな。許さない。絶対に許せない!」



 黒縁の眼鏡を胸のポケットにしまった美女は、半身に構えた。腰を下ろすこともガードを上げることもない。ただ脱力し身を半身にするだけ。構える姿を見た瞬間に奥にいた男が全身に鳥肌がたち大声で叫んでいた。


「そいつから離れろ!」


 だか、どうやら黒縁の眼鏡の美女の実力に気が付いたのは奥にいた男だけであったようで、黒縁の眼鏡の美女を取り囲む屈強で逞しい男達は、余裕を見せ包囲を徐々に狭めていく。


「少しは出来るようだな。だが所詮は女一人。どうと言う事はない」

「心配し過ぎでだせ、ギルマス。こんな奴直ぐに取り抑えてやります」

「ちょっとくらい痛いのは我慢しろよな」

「馬鹿野郎、いいから早く後ろに下がれ!」


 ギルドマスターと呼ばれた男は屈強で逞しい男達に下がるように諫めるが聞き届けら

れることは無く、逆に今にも飛び掛かってしまいそうな勢いだった。その様子を静かに

見ていた黒縁の眼鏡の美女は低い声で屈強で逞しい男達にむかい言い放った。


「女一人、抑えてヤルから痛いのは我慢しろ、だと。クズどもが覚悟しろ」


 半身に構えた黒縁の眼鏡の美女が深い深呼吸をして息き出した瞬間に、その場は黒縁の

眼鏡の美女の狩場となった。突如増大したプレッシャーに屈強で逞しい男達は当てられてしまい動くことさえ出来ずにいた。この黒縁の眼鏡の美女の実力は自分たちの遥かに高みにあるのだ、屈強で逞しい男達はようやくそう気がついたようだった。

 今ギルドではみんな脂汗を流して硬直している。弱い非戦闘員の者達などは白目を向いて倒れていた。ギルドを見渡せばギルドマスターと呼ばれた男以外に動く者の姿はない。


「情けない奴らめ。この程度の力で動けなくなるとは。さあ、直也の貞操とお嬢様の仇だ」


 黒縁の眼鏡の美女は屈強で逞しい男達に向かい歩み始めた。


(命をまで取るつもりはない。しかし責任を取って不能にはなってもらう)


 黒縁の眼鏡の美女は屈強で逞しい男達の股間に意識を集中し始め、その手にはいつの間にか長めの針のような物を数本持っていた。


「息子さんの御命、頂戴」


「止めろ、止めてくれ」

「助けてくれ」

「タカスギ、何とかしやがれお前の連れだろうが!」



 屈強で逞しい男達は涙ながらに訴えるが、黒縁の眼鏡の美女は耳を全く貸さず歩み止めようとしない。とうとう屈強で逞しい男達が諦めて自分の息子に別れを告げ悲しみの涙で頬を濡らし始めた時、ギルドマスターと呼ばれた男の声に応じた小股の息子達の救世主が現れた。


「マリーさん、僕は無事ですから止めて下さい」


 そう叫びながら、奥にある扉からマリーの目の前にまで一瞬で飛び出して来たのは、

一晩中心配して裏切られて、飲み屋でお持ち帰りされ行方不明になり、必死に探していた、無事な姿の直也だった。心にたまった様々な感情が一斉に押し寄せ、またサクヤの不眠の疲れも重なりどう対処したら良いのかがわからなくなってしまった。

 半分脳が眠ったままでいる状態のマリーは、取り敢えず直也を本気で殴って一度気を鎮めることにした。高められた気が拳一点に集められ、青白い綺麗な光を放つ。


「オラーッ!!」

「マリーさん待ってください。彼らは・・・・グハッ!」


ドッゴーーン!


ガン、ゴン、バキバキバキッ!!


 完全に不意を突かれ、自分が殴られることなど考えもしていなかった直也は、人が殴られても絶対に出ない様な音がするくらいに強く殴られてギルドの床でバウンドし、高い吹き抜けのケヤキを使った丈夫な天井に頭を突き刺して気絶した。


「ふー、少し落ち着いたかな」


 思っていたよりも疲れとストレスが溜まっていたマリーはスッキリとしたように額の汗を手で拭っている。

 

 ギルドにいる者はそんなマリーと天井を何度も見比べる。無残に天井に頭を刺してぶら下がる人間の姿を見た者の中に、マリーに逆らおうとする者は誰一人としていなくなっていた。



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