リーシェ覚醒

「直也さんは英雄で契約者様、・・・つまり直也さんは使徒様?」


 リーシェは告げられた衝撃の事実を処理しきれないでいた。自分が慕っていた男性はこの世界に住む者であれば誰でも知っているお伽話の登場人物で、その中でもとびっきりに愛されている物語の主人公。神と大聖霊に愛された英雄。


(直也さん・・・私・・・)


 リーシェは自分が知っているお伽話を思い出していた。



 千年前に戦争があった。突然世界に現れた神と魔神の戦争。戦争は1年に渡り、多くの生命の命を奪った。強大な力を持った神、凶悪な力を持った魔神の争いは空も海も大地を蹂躙し、星の生態系を大きく変えてしまった。当時世界を支配していた人間達も神の力の前に一瞬の時すらも抗うことが出来ずに次々と死んでいった。彼らは何の力も持たないただの無力な人間であった。運命に抗うための力をも一切もたず、恐怖して、絶望して、死が救いの狂った世界で、怯え隠れながら生きてく他に道はなかった。


 大戦が始まって数ヶ月後、北の大地に突然大きな巨木が現れた。樹には大精霊が宿っていて自らを生命の樹と名乗った。

 生命の樹の大聖霊は世界の管理修復とこの地に生きる生命の保護を神から命じられ、この世界に顕現したとのことだった。


 生き残っていた者は、惹かれるように生命の樹に歩みを向けた。だか、多くの者は戦禍に巻き込まれ、生命の樹に辿り着くことが叶わず命を落とした。運よく生き残り辿りつくことが出来た者達はごく僅かだった。しかし辿り着く者達は増え数人が数十人となり、数十人が数百人となる。やがて千人を超える頃には、生命の樹の周囲には砦と小さな里が作られ、人々は助け合い支え合って生きるようになっていた。


 大聖霊の他にも魔物や魔獣から砦を守るために戦う者達がいた。

それは人ではなくこの世に残った神の使いで、金の瞳に銀色に輝く美しい毛並みを持った大きな神狐。そして常に神狐の傍らに立つ一人の男。

 

 男は人に身でありながら魔物が出没する戦場を神狐と共に渡り歩き、人々を助けては生命の樹の砦に連れ帰り手厚く迎い入れた。神狐と男はやがて人種以外の亜人や獣人、妖精や精霊などの多種族の者すら差別なく助けるようになり、中には親とはぐれたドラゴンの子供すらいたという。


 危険を省みず身を挺して先頭に立ち、多くの命を救う人間の男。そのただの人間の男の周りには、種族の垣根を越え老若男女問わず志を共にする多くの戦士達が集まり、戦士達は家族や里の仲間を守るために、男と共に戦場へ立つようになっていった。


 ある日、里に一柱の神が降臨した。神は男に祝福と契約による神の力の貸与を、神狐にはさらなる神気の力を、戦士達には魔法とギフトを与え、全員に生きるように伝え去って行った。


 力を与えられた男は、仲間と共に今まで以上に多くの命を助けた。しかし多くの命を助けた結果、里の存在に気がついた強力な悪魔達が次々と襲ってくるようになった。しかし神の力を授かった男は襲ってくる悪魔を悉く撃退し里を守り続けた。

 

 だか、悪魔達もいつまでも黙っている訳ではなかった。ついに業を煮やした悪魔達は大罪を司る悪魔の王を里に送り込んできた。

 

 魔王の力は凄まじく、いかに神の力を宿した人間と言えども太刀打ちできないほどだった。男が魔王と戦っている間に、仲間達は一人また一人と次々と命を失っていく。大勢の仲間が命を落としていくのを見て、男も自分の命を神に捧げ最後の力を振り絞って戦い、魔王を退かせることが出来た。が、その代償に男は命を落とし世界からは消えてしまった。


 それ以降は何故か、里には悪魔達が現れることは一切なくなったという。

 



「お伽話の消えた英雄が、直也さん・・・私の青春の君が」


 うつむいたリーシェの瞳には先ほどまでの混乱の後はなくなり、今では眩いばかりの希望の光を宿し、口の元にはニヤリと笑みが浮かんでした。実はリーシェは幼いころからこの生命の樹の英雄のお伽話が大好きだった。大好きて里にあった生命の樹や英雄にまつわる書物は全部読んでしまい、リーシェは何時の頃からか物語の英雄に恋をしていたのだった。

 リーシェがセフィロトにやって来た理由も、英雄が存在した、英雄が命を懸けて守った土地で、少しでも英雄を感じて生きていきたいと思ったため。


(いま私は確信した。初めて直也さんにあった時に運命を感じたのは私の間違いではなかった。直也さんは私の理想で運命の生涯を共にする人だ)


 今、リアルと絶対に叶うことがないと思っていた思いと妄想が、一つの道に繋がり広がり目の前の世界が七色に輝きだした。


(こうしてはいられない!)


 天然エルフのリーシェの頭の中では、自分史上で最高の、物凄い勢いで直也を落とすための計算されていた。そこには森の天然のエルフの姿はもういなく、確実に獲物を狩るために全力を尽くす森の狩人の姿であった。


 事実を聞いて静かになったリーシェを見て、ショックをうけた心を落ち着かせて休ませようとみんなが気遣い優しく声をかけていく。


「リーシェ、簡単には信じられないとは思います。突然の話で混乱するのも分かります。今日のところは休んでください。直也さんの事は信じて帰りを待ちましょう」

「はい」

「リーシェゆっくり休めよ」

「はい」

「考えすぎないようにね」

「はい」

「旦那様の凄さが分かったか」

「はい」

「直也様早く帰ってこないかしら」

「はい」

「ではイズナたまは、私と一緒にめくるめく熱い・・・」

「黙れ、ウザい」

ゴン!

「ご褒美ありがとうございます」



 一見うつむいてしおらしく見えるリーシェの心は、ギラついていた。熱く滾りまくっていた。既に数度の脳内シミュレーションでは、2度に一度は直也の子供を産む所までうまくいっている。しかしこの灰汁が強い女性メンバーを出し抜くにはまだ足りない。直也さんのセカンド童貞と第一子は私が!


(直也さん、私は絶対に直也さんの体をいただいてみせます)


 普通に心ではなく、当然のように体を奪おうとするリーシェであった。

 




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