新たな火種
「そこにいるんだろう。S級冒険者アマテラスリーダー、タカスギ・ナオヤ殿」
「バッカス殿、・・・あなたは何を言って・・・?」
「アマテラスリーダー、タカスギ・ナオヤ?」
「ここにいるじゃと?」
突然バッカスが誰も居ないドアの方に向かって話しかける姿を見た冒険者ギルドの幹部達は、怪訝な表情でバッカスの顔を窺いて無言となる。
「何を、ってだからリーダーさんに、出てこいや! って、言っているんじゃないか」
バッカスの言葉を聞いた幹部達は、言っている意味が良く分からず、バッカスは何故こんな時に自分達に対して嘘をつくのか、何故出てこいやとふざけているのかと、顔を怒りで真っ赤に染め上げて耐えるように目を閉じて俯き震え始める。
「お前達どうした?」
バッカスは自分の言葉を聞いて、俯き震えている幹部職員達の様子を見て不思議そうに声をかけた。すると先ほどまで謝罪について熱く語っていた幹部が、瞳に怒りの炎を宿らせながら口を開いた。
「ギルマス、町の一大事に冗談は止めてくれ!都合よくリーダーがギルドに居る訳がないだろう! 大体にリーダーの行方が分からないからみんなが困っているのだろう! 行方が分からないからイズナ様達がキレているのだろうが! キレているから私が命がけの謝罪が必要なのだろうが! ギルマス、そのコップの中身は本当に水か? 酒を飲んでいるのではないのか? あんたはまた酒に酔っているのではないのか!」
謝罪幹部の怒りの声に間髪入れず二の矢が続いた。家族に宛てた思いの丈が詰まった手紙を涙ながらに書いていた者だ。
「笑えないですね、そのような冗談は。私が、私がどんな思いでこの家族に宛てた手紙を書いているのか分かりますか? 妻と子供は今生の別れとなるかもしれない恐怖と絶望を! 未練、心残りを。・・・何故だ、何故私がこんな目に、私は何もしていないのに? それもこれもクソ共が余計な真似をしたせいで。ああ、憎い殺したいほどに憎い馬鹿な奴らは、私から奪う奴らを殺してやりたい。許せない、本当に許せない!」
手紙したため幹部の声は、まるで地獄の底から聞こえてくる怨嗟の調べのように低く響き狂気を孕んでいる。手紙したため職員は今もなおブツブツと呟いているのだが、危険を感じた他の者達は手紙したため幹部から目を反らして、これ以上刺激しない様に満場一致でそっとしておくことにした。
が、緊迫した張り詰めた空気の中でも空気を読まない者は何処の社会でも必ず一人はいるもので、手紙したため幹部の怪談のような語りをしている内に自分だけこの場から逃げようとしていた者がロイスに拘束されていた
「離せ、離すのじゃロイスよ。いままでの恩を忘れたか! わしは帰るのじゃ」
「いいえ離しません。あなたは幹部、責任者でしょう。責任者は責任を取るためにいるのです。それに私はあなたから恩を受けた記憶がございません。あるのはいつも、いつもあなたに嫌がらせや迷惑をかけられた記憶だけでしょうか」
ロイスは逃走幹部を後ろ手で拘束したまま壁に体を押し付けて、耳元で囁く。
「この恩知らずが。離せ、何が責任だ。そんなのは知らん。責任などお前にくれてやる。なんで儂がこんな目に遭わなければいかんのじゃ」
「あなたは今までギルドで好き勝手にやって来たではありませんか。それが出来たのはあなたがギルドの幹部職員だったからです。そしてあなたが幹部職員であるならば、ギルドに所属する者の不始末には責任を取っていただかなくてはなりません」
「嫌じゃ、儂は内に帰るんじゃ。帰ったらしばらくの間は休暇を取って休むんじゃ!」
「残念ですが今は有事です。例え身内に不幸ごとがあったとしても、問題が解決されるまでは帰す訳にはいきません」
「じゃあ辞める。儂はギルドを止める。だから離せ、離すんじゃ!」
「ええそうですか、わかりました。では私が責任をもって退職の手続きを致しましょう。ですが先ほども申した通り今は有事です。手続きはこの問題が片付きしだいいたしますので、それまでの間の業務は今まで通りにお願いいたします」
「嫌じゃ、それでは何も状況が変わらない上に、儂だけが損をしているだけじゃないか」
「大丈夫です安心して下さい。あなたの事は決して忘れません。反面教師をして末永く愚か者がいたことを語り継いでいきたいと思っていますので」
「嫌じゃ、儂はただ、儂はバッカスみたいに楽をして威張りたいだけなのじゃ! 離せ、離すのじゃ、イダダダダ」
「ふふふ」
ロイスは逃走幹部を拘束した手に力をいれたまま、泣いて嫌がる姿を嬉しそうに見て笑うのであった。
そんな中、
「飲んでないし、嘘もついてないし、楽もしてもいねーよ。お前らが今まで俺をどんな風に見ていたのかが良く分かったぜ」
バッカスの声はやけに寂しげに聞こえた。
混乱を極めるバッカス達の話を聞いていた直也は、展開についていくことが出来ずに、
扉を開けるタイミングを失っていまい、困り果てていた。
自分が酒を飲んで酒に飲まれて、酒に惑わされて眠っている間に大変なことになっていることを知った。なんか、大げさに大きなことになっていた。
(サクヤさんやマリーさんがいるから大丈夫だとは思うけれども、一刻での早くみんなの所に帰らなければ)
直也がそう思い今一度ドアのノブに手を掛けようとした時、ドーンと激しくドアが破られた音と、女性の怒声が聞こえてきた。
「直也さんは何処ですか。酔った直也さんが大柄の男にここに連れ込まれたことはわかっています。直ぐに私を直也さんの許に案内しなさい。敵対する者には勿論、もし万が一にも直也さんの身に、もしものことがあれば容赦しません」
「直也。何処だ、何処にいる! おのれ貴様ら、私の直也に何をした! 男同士で酔った直也に何をした!」
扉を破って押し入って来たのは直也が信頼するアマテラスの良識、サクヤとマリー。二人はいつも決して他人には見せることが無いような取り乱した様子だ。
「早く直也さんの所へ案内なさい。隠し立てするとただでは済みませんよ!」
「私の直也の貞操にもしものことがあれば、覚悟してもらうぞ!」
二人は町で酔った直也らしいが、大柄な逞しくて立派そうな下半身の男に連れ込まれたとの情報を得てギルドに押し入って来たのであった。しかも、「男同士であんなことやそんなこと」の妄想は2人の思考力を著しく低下させていたために、ここが冒険者ギルドである事を忘れ、目に写る男みなそっちの方ではないのかと本気で疑っている様だった。
目に映る逞しい男達はみんな直也を掘ったのではないか?
目に映る逞しい男達はみんな直也に掘られたのではないか?
でも、アリかもしれない。
・・・でも。
そんな腐の感情が2人の心をがっちり支配していた。
直也はわずかに開けたドアの隙間から事態を確認して、話はまた少し面倒臭くなってきたことを理解したのであった。
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