迷い

 かつて無慈悲で、僅かな抵抗すらできない強大な暴力によって大勢の人が命を奪われた。

大切な者を失う悲しみや抗うことが出来ない一瞬で死を運ぶ暴力に怯え、蔓延する疫病に苦しみ、腹を空かせ、やがて生きることに絶望し、地獄の様な世界からの開放を求めて大勢の人が自ら命を絶った。


 そんな世界でも、それでも人は助け合い必死に生きて生を繋いでいた。

だが、必死に生きる人達から奪い殺す人間もいた。

 弱い者を襲い持ち物を奪うだけでは飽き足らず命までも奪い、子供や女性を襲い犯して欲求を満たし、挙句の果てに命が尽きるまで拷問のように弄ぶ。他者の痛みを考えることがなく、平然と人を傷つけては自分の欲求だけを満す事だけしか考えられない。必死に生きようとする人々を苦しめ、簡単に殺してしまうような人間の屑と言われる者達。


 そう、今直也の目の前にいる男達のような奴らが。


 直也も戦い命を奪ってきた。他にも天使、魔族、亜人、そして人間。守るために生きるために自分達から奪おうとする者、自分達を殺そうとする者達と戦い殺してきた。殺すことでしか守ることが出来ない時もあった。

 しかし自らの欲望快楽のためだけに傷つけたり殺したりしたことは当然一度もない。人殺しの業を背負い、目を背けることなく生きたつもりだ。


 欲望にまみれた獣にも劣る行為。


 無慈悲に奪われ殺されて人が逝くのを何度も何度も見送って来た直也には許せないことだった。暴力の力、数の力で脅して自らの欲のために女性を辱めようとするこの男達の行為。女性のウエイトレスが何度止めようとも聞くこともなく暴力を振るい、言葉で諫めても耳を傾けることなく、逆に逆上して躊躇なく集団で暴力を振るう。男達の行為は直也が最も忌諱するものだった。

 



「奪い、殺し、犯す・・・か」 


 欲望のためだけに殺されてしまった人達のその悲しい過去の記憶を思い出して、普段の直也からは考えられないほどの怒気と含んだ乱暴な言葉を口にする。こんなクズは殺して良いのではないか、そういう考えが直也の脳裏を掠める。男達を見るその目は冷たく、纏う殺気は密度を増していく。


「「「直也(さん)」」」 


 直也の気配が急速に危険なものに変わっていく。イズナとレーヴァは怒れる直也を見守る中、直也の過去の事情を知らないサクヤ、マリー、リーシェは不安げに直也の様子を窺っていた。 直也が本気で怒った姿も、ましてや殺気を纏って相手を威圧する姿などいままで一度も見たことがない。いつも優しい直也が、これほどまでに怒りの感情を表に出すとは思いもしなかった。


「すいませんでした。本当にすいませんでした」

「助けて、助けて下さい」


「お前らはいつもこうやって人を傷つけているのだろう? 暴力で奪って犯しているのだ

ろう? だったら、今回は自分がそれをされる番になっただけだと思わないか?」


「許して下さい、許して下さい」

「もうしません。二度とこんな事はしません」

「死にたくない死にたくない」


「因果応報ってやつだよ」


 男達は必死に土下座をしながら許しを乞い続けるが直也からの圧は増すばかりである。このままでは本当に殺されてしまう、男達は本気でそう感じていた。直也が黙って男達に近づこうとした時、その行動を止める者が現れた。


「落ち着いて主様。ここでこいつらを殺してもどうしようもないわ。後で主様が苦しむだけ。こんなことで人殺しの業なんて背負う必要はないわ。だから主様、私に任せて」 


 幼い姿をした魔王アスモデスこと従者のアスは怒れる直也の手を優しく握り、子供を諭すような優しい声でそう言った。


「私は主様の心が傷つくところは見たくない」

「・・・・・・」

「主様お願い、私に任せて。こいつらにはちゃんと責任は取らせるから」

「・・・・・・」


 自分を慈しむように触れながら、包み込むような優しい愛情のこもった瞳で話すアスに心を癒されて正気を取り戻した直也は、ゆっくりと深呼吸をして怒りの感情を落ち着かせていく。徐々に直也が纏う殺気が弱り、酒場の殺伐とした空気が薄れていき、のしかかる様な重苦しい空気が和らぎ、この場にいる者達は安堵の息を吐いた。


「少し一人で頭を冷やしてくるよ」


 そう言い残すと直也は宿の外に一人肩を落として出て行った。




「「直也さん」」

「二人共、一人にしてあげて。主様も今の自分の姿は見られたくないだろうし」

「でも、」

「直也様は思い出してしまったのだろう。当時は本当に酷いものだった。毎日大勢の人送った。中には人間達に犯されて殺された子供や女も大勢いた。直也様は亡くなった人達を前にいつも苦しんでいたからな」

「過去の悲しい記憶がフラッシュバックして、それが原因で怒りの感情が溢れてしまった。

主様がこれからもこの仕事を続けるのであれば、今後も同じようなことが必ず起こる。盗

賊ならまだしも、その度に町の小悪党を殺してばかりなんていられない。今回のように感

情にとらわれて、自分を見失ってしまうことが無いようにしなければならないの」

「・・・」

「安心しろ、大丈夫だ。直也様なら心配はない。今回は不意に過去を思い出してしまった

から、混乱もされたのだろう」


 直也の後を追おうとするサクヤとリーシェを引き止めて、酸いも甘いも知る元魔王アス

と武人のイズナは直也の心を慮る。気持ちに整理をつけることが出来るように。


「直也」

「旦那様」


 マリーとレーヴァも同じような被害で亡くなった人を知っているので直也の心情は理解

できた。自分達であれば間違いなく男達をためらいなく制裁しただろう。こんなクズ共に

気を使う必要なんて要らないのだから。


「それでこいつらはどうしますか?」

直也が消えた出入口をいつまでも見ているサクヤ達に、1人だけ直也の素性を知らない

フレイヤが死の恐怖から解放されて魂が消えてしまったかのように放心している男達を慣れた手つきでロープで拘束していた。


 アスは少し何かを確するそぶりを見せた後にゆっくりと男達に近づくと、


「はい注目。もうすぐここに衛兵がやって来る。お前達はそこで今まで犯した罪を全部告白しなさい。これはお前達への最後の機会よ。嘘偽りを話せばその報いを受けてもらう」



 幼い少女の姿をした元魔王の魔力がのった言霊を聞いた男達は一斉に頷き、素直にアスが言ったことに従うと誓約し、駆け付けた衛兵達に今までの悪行をすべて自白し連行されていった。




 サクヤ達は直也の帰りをずっと起きて待っていたのだが、直也は宿に帰ってくることは無かった。



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