生き残りをかけた戦い

 宿屋の食堂、今そこはまさに戦場となっていた。7人の戦士達が今夜の3つの聖なる寝床を巡って一触即発、お互いが完全武装をしており、血走った眼で殺気立ちながらお互いを牽制している。

 

 さっきまでは宿に宿泊する者達で賑わいをみせていたのだが、今はもう宿のウエイトレスを勤めている若い猫の獣人以外の姿はない。

 戦士たちはアルコールを多量に摂取しているのだが、誰一人として盃を置く者はおらず、何度の何度も怯えるウエイトレスを呼びつけては、お替りを繰り返し、自身を高みへと昇らせていった。


 

 

 本日の宿泊の宿屋エキサイティング。2階建ての大きな旅館。団体客が入っている為に直也達が借りることが出来たのは4人部屋を2部屋のみであった。


 聖地201号室「楽園」。この町にある宿の中でも高い人気を誇る白が基調の綺麗な広い4人部屋。無駄な家具は一切なく天幕が付いたキングサイズのベッドと最新のシャワー設備がある。まさに行為の為だけの高級な性なる部屋。その大舞台たる性なる寝床を手に入れることが出来るのは3名のみ。



 対するは、禁忌の地たる202号室「煉獄」。駆け出し冒険者用の2段ベッドが2つある狭い部屋。この部屋を借りる者達は深夜聞き耳を立てて隣室の壁にへばりつき、いつかは自分も隣の部屋を使えるようになりないと強い決意得ると言う。


 天国を地獄。勝者と敗者。エグ過ぎる別れ道であった。


 直也と性の楽園でスルことが出来るのか? 

それとも悲しみに溢れる煉獄の中で、必死に聞き耳を立てモウモウと妄想することしか出来ないのか?


 もう既に話し合いでことを収める段階は過ぎ去っており、生の感情を滾らせた戦士達は誰一人として一歩たりとも後ろに引く気は無いようだ。戦士達はアルコールの力も手伝い思いの丈を口々に話していく。



 狐のモフモフ耳の戦士は言った。

「直也様の褥を共にするのは千年の悲願。この私ほどこの時を待ち望んだ者はいない。今日私は直也様の真の女となる」


 町の美人権力者の娘は言った。

「直也さんと初めて出会ったのは私。初めても私以外に適任者はいない。私以外に、直也さんと一夜と共にするにふさわしい者はいない」


 いつの間にか忍者姿になっているメイドは言った。

「私が一番直也の気持ちを理解している。直也が私以外を求める訳がない。私は直也が求めるところならどこでも行こう。例えそれが煉獄だろうとも」


 天然の森の妖精は言った。

「私もイッパイご奉仕したいです!」


 変態が馴染み始めた最強の火竜は言った。

「旦那様の一番槍! 何人にも譲る気はない。勿論ロマンティックが止まらないくらいの、思い出に残る、激しい一番槍が欲しいのだ」 


元魔王の少女従者は言った。

「フッ、主様に一番馴染んでいるのは私。主様の体で私の唇か触れていないところなんて何処にもないわ」


戦士の魂を導く戦巫女は言った。

「私はマスターのまぐわいを聞いて妄想するだけでも良いです。そのプレイだけでも十分興奮出来ますので」


 戦士達の望みは愛情深くて欲深く、一部の戦士は業まで深い。戦士たちは猛る欲情を滾らせるためにか、はたまた抑えるためになのか、店のアルコール飲料が底をついてしまいそうな勢いで次々と飲み干していく。飲みながら思う。


 もう、英雄の判断に全て任せようと。必ず自分との同衾を選んでくれるはずだ、と


 この混迷する部屋割り戦場で、事を収めることが出来るのは英雄のみ。戦士たちは酔いに酔った目に期待を映し、ふらつきながら英雄を見つめ、決断を迫った。




「この決断を間違えれば大変なことになる」


 英雄はビビりまくっていた。正直「煉獄」の二段ベッドの上段、もしくは宿屋の廊下でも良いからでゆっくり一人で寝たいと思っていた。  

 

 しかしそれはもはや叶わぬ夢幻。


 誰を選んでも死あるのみ。自分という獲物を前にした戦士改めハンター達は、狩りの獲物を追いつめるように、こんな時だけ団結した様子で英雄を包囲し追い込んで来る。


 だが今日の英雄は一味違っていた。既に策を打っていたのだ。そう太古から使い古されてきた策を弄していた。


「ウエイトレスのお姉さんこれで彼女達が飲むお酒を全部濃い目でお願いします」

「もう濃い目で出す酒がないって! どんだけ飲むんだ、あいつらは! じゃあお姉さん、これで、このお金であいつらが飲む酒を色々混ぜてもらっても良いかな」


 そう、英雄は金を使って酒を濃くしてもらったり、混ぜて貰ったりして、全員を酔い潰して寝かせてしまおうと考えていたのだった。


「あと一歩。あと一歩で作戦は完了する」


 酔いきったハンター達を見て、密かにほくそ笑みながら、英雄は最後の仕上げに取り掛かった。


(こんな手なんか本当は使いたくなかったよ)


 英雄はさっきまで「お眠りで事なし大作戦」に心血を注いでいたというのに、今更少し後悔の念と言うか、争うことの切なさや悲しみを感じていた。だが、もうここで引くわけには行かない。 


 英雄は動き出した。


「みんなもう飲み物が無くなってしまったね。実は僕カクテルっていうお酒をつくることが出来るんだ。せっかくだから、みんなに飲んでもらいたいな。今厨房に行って作ってくるから少し待っていてね」


 英雄を引き留める声は上がらなかった。第一段階を突破だ。そもそも、何故英雄がカクテルを作ることが出来るかというと、大戦前にアルバイトをしていた喫茶店のマスターがこっそりと作り方を教えてくれたからだ。

 

 マスターの話では、かつてある神が勢いに任せてコレを飲みまくり、人間の腐女子達に拉致されてしまい、しばらくの間に引きこもってしまう事件が起きたことがあるそうだ。(サイドストーリーのオタにハマって地球に降臨 第9話犠牲の対価参照)


 それほどまでの力を持つカクテル通称「レディーキラー」。


 これさえあれば、今夜の安眠は守られる。


 英雄は、7つのカクテルを濃いめの強目で作り、酔っ払い達が待つテーブルに足早に歩を進めた。



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