手遅れになる前に

「直也様、直也様大丈夫ですか、どうか目を覚まして下さいまし」


 イズナは自分の隣で白目を向いて気絶して倒れた直也に膝枕をして必死に声をかけていた。


「旦那様はどうしちまったんだよ」


「突然倒れてしまわれるなんて」


 心配そうに膝枕されている直也をレーヴァとフレイヤが囲んで覗き込んでいる。


 少し離れた所にはサクヤやマリーもいて異変には気が付いているのだが、アスの指導を受けながら霊気による索敵で一生懸命に仕事をしているリーシェの護衛を進んでしているため、直也に駆け寄って来ることはなかった。


「直也様、こんなになるまで私ことを気にかけてくれていたなんて」

(なんかいつもより直也様が光輝いて見えるわ) 


「旦那様、あたいのことをこんなになるまで思ってくれていたなんて」

(旦那様がキラキラだ。凄く格好良い) 


「マスター、私が奴隷となり、お仕えすることが気絶するほど嬉しかったのですね」

(神々しい雄姿、貴方様を見るだけで興奮します)


 直也の新たに獲得したレボリューションスキル「変態たちのメシア」がその力の片鱗を見せ始めており、いつもより輝く直也の魅力に心を奪われ、うっとりとしながら3人は全く同じタイミングで、自分に都合が良い前向きな解釈を言葉にした。 


「「「・・・・・・・・・」」」


「ううーん、これでどうですか!」

「いいよ、いいよ! その調子だよ」


 変態のまわりを静寂が包み、離れたところにいるリーシェとアスの声が聞こえてくる。 


 ピシッっと、何かにヒビでも入ったかのような音と共に、神狐九尾のイズナ、終焉の火竜レーヴァテインに元アース神族ヴァルキュリーのフレイヤ、人外の大きな力を持つ者達が一斉に笑い合いお互いを睨み合い牽制し始めた。 

 さっきまで遠慮がちだったフレイヤも、直也の神々しさ(スキル)に触れてからは、奴隷として二人には負けたくないと強気になっていた。


「面白いことを言うわね。ねえ、レーヴァにフレイ。変態竜に雌豚、貴方達のどこに直也様が好意を持つというの?」


「イズナ姉もお前も残念だったな。旦那様専用はあたいじゃなきゃ駄目みたいだ」


「お二人共申し訳ありません。美しすぎる新参奴隷の私がマスターの心を喜ばせ、興奮させ過ぎたようでご迷惑をかけました」 


「「「・・・・・・・・・」」」



 沈黙の後争いは続く。


「殺すわよ、私の愛情ご奉仕が一番直也様を喜ばせることが出来るんだ!」 


「あたい以上に旦那様の欲情に答えられる雌犬はいないよ!」


「私は奴隷に落ちました。ああ私は愛奴隷、ゾクゾクして興奮が止まらない!」


 変態たちは止まらない。次々と興奮し合い、気持ちを高めていく。みんな甲乙つけがたい変態だが、今の所ではフレイヤが一歩変態リードを保っているようだ。


 

 離れたところから巻き込まれない様に様子を窺っていたサクヤ達はフレイヤに同情を禁じ得なかった。

 一日の内のたった僅か二時間ほどの間に何があったのだろうか? 彼女の中でどんな心境の変化があったのだろうか? 今まではイズナを大好きなお目付け役だったはずなのに、何故痛みや罵倒を欲しがる変態になってしまったのだろうか?


 可哀そうに、と。


 しかしどのような理由があるにせよ、あまり近づきたくない方面の方になってしまったのだから関わらない様にしよう。そう思い、見てみぬ振りをしていた。



「う、ん。ここはどこだ。何だか長い夢を見ていた気がする。うう、痛い、頭が割れそうだ」


 変態たちが興奮する中、直也は意識を取り戻した。直也はボーッと辺りを見渡すと、突然頭を押さえて苦しみだす。

 痛みの中で直也の意識が徐々に覚醒し始め、悲しい事実と置かれた現実を思い出させた。


「変態が、変態の変態たちによる変態のための世界。僕がそのメシア?」


「直也しゃま」

「旦那様」

「マイマスター」


 後一歩で刃傷沙汰にまでなりかけていた変態たちは、一斉に争うことを止めて直也の元へ駆け寄って来た。


直也はやって来た三人に、イズナからレーヴァ、レーヴァからフレイヤへと怯えた表情で視線を向けて、一筋の涙を流した。


ドキッ! 


 直也の涙に濡れた弱々しい顔を見た変態たちは呼吸をすることすら忘れて、ただ顔を赤く染め見入ってしまった。変態たちは心を鷲掴みされる。


 次の瞬間、直也は変態たちの視線を避けるように地に伏せると、心の底から叫んだ。


「嘘だ! 嫌だ! 僕は普通の心を持った人間のはずだ! 変態の一味では無いはずだ!」


 直也の心の叫びが変態たちに届いたのか、はっと現実に引き戻された三人は、心の副音声を巧妙に隠しながら直也を励ました。


「直也様しっかりして下さいまし。大丈夫です大丈夫。貴方は私から見ても普通で、素晴らしい魅力的な殿方ですから!」

(直也様の涙がたまらない。そんな弱った顔を見せられたら愛しくて切なくて抱きしめて、食べたくなってしまう)


「旦那様は変態ではない。少し手癖の悪いエッチで意地悪なだけの人だよ。普通の平均的な男性だと思うぞ」

(舐めたい、吸いたい、堪能したい、旦那様の涙。今すぐにでも押し倒してめちゃくちゃ舐めまわしたい)


「マイマスター。こんな私を愛奴隷の末席に迎えてくれた御心に、心より感謝いたします。今後とも末永いお突き合いを宜しくお願いします」

(貴方様はなんて尊い方だ。その一筋の涙で私をこんなにも興奮させるなんて。おかげで私の小股も鳴きに泣いている)


 表面上だけではあるが、優しい気遣いで (一部嘘の情報をぶっこんで来る輩もいるが) 慰められた直也は少しだけ心が軽くなったような気がした。が、まだ運命を受け入れるには時間がかかりそうだった。


「みんな、励ましてくれてありがとう。でももう少しだけ、あと少しだけで良いから、僕を一人にさせてくれないか?」


「「「はい、わかりました」」」


 変態たちは名残惜しそうに何度も何度も振り返りながらも、直也の言うことを素直に聞いて、離れて行き、岩場の陰や木々の茂みの中から見守りを始める。

 

 直也の新スキル「変態たちのメシア」は変態たちを従わせる力も持っているみたいだった。

 直也はまるで力を試しているように何度も手のひらを握っては開こと、独りごちた。


「どうにかしてこの変態スキルをコントロールできる方法を見つけないと」


 悩む直也の耳に、喜びに弾んだ声が聞こえて来る。


「良くやったはリーシェ。成功よ」

「ありがとうございます師匠」

「おめでとうリーシェ」

「凄いじゃないか。成長したなリーシェ」


 アスの指導によりリーシェが霊気による気の広範囲感知法を取得できた様だった。今は範囲が狭くても、これから頑張りによっていくらでも成長するだろう。喜んでアスやサクヤ達に抱きついているリーシェの姿が見える。


 四人はどうやら「変態たちのメシア」のスキルの影響は受けていない。純粋に喜び合う彼女たちを見て、


 直也は心が救われた気がした。

 自分も出来る気がした。

 困難に立ち向かう勇気をもらった気がした。


「全員が変態な訳じゃない・・・か。 よし僕も頑張ろう」


 直也は変態たちがいる方をそっと見る。メンヘラは深い愛情といたわり、真性変態は熱い愛情と渇望、ハードMは期待と興奮。


 それぞれかの思いを感じる。


 直也は色々と手遅れになる前に何とかしなければと、今一度強く心に決めたのだった。








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