ユリの花、可能性の種

「むっ、これはイズナたまの気配。 ・・・そこだ!」 


  直也をイジっていたフレイヤが突如弾丸の様な速さのバックステップで大きく後方に移動、飛びながら体を捻りイズナの正面を捉えた。さらに大地を踏み込んで翼をたたんで、砲弾の様な速度でイズナの元に飛んで行く。


 一瞬の素早い動きに、直也君談義に熱を上げていたサクヤ達一同は、誰もフレイヤの動きに反応することが出来なかった。


「早い!!」 


  半拍おいてフレイヤ行動を把握した直也達が一斉にそのフレイヤの後ろ姿に目を向けると、もう既に木の陰に立っているイズナに僅か数メートルの距離にまで接近していた。 


「イズナたま、会いたかった」


 両手を開いて満面の笑みを浮かべて抱きしめようとするフレイヤに対して、


「私の直也様を侮辱したな」


 イズナは般若の様な怒りの表情を見せながら抱きついて来ようとするフレイヤに対して渾身の右ストレートを顔面に放った。

 イズナのパンチは寸分たがわずにフレイヤの人中(顔にある急所)を捉える。 


「あべしっ!」


 フレイヤは世紀末の荒くれ者達を思い起こさせるような声を上げながら吹き飛んで、地面をゴロゴロと結構な距離を転がり、やがて勢いを失い静かに停止した。 

 直也達は目の前で起きた凄まじいバイオレンスな事件に息をのみ、倒れているフレイヤと殴り倒したイズナを交互に見比べた。


「主様、あれ死んだかな?」 


 アスが直也に怖いこと言う。


「会心の一撃ね」


「はい、見事な急所への一撃でした」


  武道に精通するサクヤとマリーは額に冷たい汗を垂らしがら二人で話す。


 イズナは動きを止めて、うつ伏せに倒れたまま動けないフレイヤに向かって、


「いくらお前でも直也様を中傷するならば、私の敵だ。良く覚えていけ!」


 と一喝した。


 ピクピク。 


 「あ、生きています。ピクピクしています」


「思ったより元気そうだな旦那様」


 「イ・イ・・イズナ・たま・・・の過、激な愛情、・・・・癖に、なりそう、」 


  ガーディアンズ副団長にしてナンバーズのトップ、フレイヤ・ヴァナティース。イズナを愛しすぎる元ヴァルハラ所属のユリの花が良く似合うヴァルキリーは、嬉しそうな顔でドバドバと鼻血をだしながら、自身の新しい変革せいへきの扉を開き意識を手放した。


 


 「おいフレイヤ、生きているか? それとも死んだか?」


 イズナはフレイヤの体を足でガンガンと乱暴に蹴りながらしながら、声を掛けていた。フレイヤは既にサクヤの回復魔法で怪我をした顔面を治療され、元の美しい傾国級の美女の顔へと戻っていた。


 (もう少しこのまま、・・・蹴られていたい) 


  フレイヤはサクヤの治療後には意識を取り戻していた。フレイヤの中に芽生えた新しい性癖の種は、イズナから与えられる折檻の痛みに喜びを感じていた。

 今フレイヤは寝たふりをしながら新しく生まれた初めての感情に戸惑いを感じながらも、イズナから与えられる極上に痛み≪かいかん≫に心を奪われていた。


「早く起きろ、フレイヤ。起きて直也様に謝れ。私の旦那様に謝罪しろよ」 


 イズナはケモミミとシッポをピンと逆立て剣呑な光を目に宿しながら横たわるフレイヤの顔にビンタを入れる。


バシバシビシバシ。「グフッ」(これはたまらない。イズナたまモッと)


  フレイヤは興奮で頬を赤らめているのだが、誰もが殴られて赤く腫れているのだと思い、気が付くことはない。何時までも起きないフレイヤに業を煮やしたイズナは、フレイヤの首を手で握ると一気に引き起こし、片手で体を空にかかげた。フレイヤは首が締められ呼吸が出来ない。


「グホッ」(これは凄い。イズナたま、さい、こうです。良、い、・・・イク、逝ってしまう)


 ビクビクと喜びに震えるフレイヤの姿は一見すれば、死の淵で苦しむ美しい女性に見えなくもない。

 伝説の武人イズナの苛烈な折檻に完全に引いてしまったサクヤ達はただその様子を見守る事しか出来なかった。


「旦那様。あのままだと死んじゃうな」


「でもあのヴァルキリアからは興奮と快感、劣情を感じるような?」


 レーヴァとアスの声を聞いて我を取り戻した直也は、


「イズナさんそこまでだ」


 とイズナの手を取って諫めた。


「グォ」(タカスギ止めろ、止めるな。もう少し後すこしで) 


 「でもこの子は直也様を、」


 「いいんだ。何とも思っていないよ」


 「でも、」


 「イズナさん僕はね、イズナさんのそんな顔はみたくないな。そんな荒ぶった姿もみたくないな。イズナさんは、笑顔が一番よく似合うよ」


  イズナの体から徐々に力が抜けていき、フレイヤを静かに地面に降ろす。


「ハアハア」(嘘、いや、イズナたま止めないでくださいまし。私はまだ)


「直也様」


 イズナは完全に沈黙し、動きを止めてしまった。


「ハアハア、や、め」(いやあ、止めないでイズナたま)  


「ありがとうイズナ、僕の事で真剣に怒ってくれて。でも本当に気しにしてはいないから、もうフレイヤさんを許してあげて」


「タカ、スギ」(お前やめろよ、余計な事をするな)


「直也しゃま」


「イズナありがとう」


 不意に名前で直也に呼ばれて抱きしめられたイズナは、もう野生の牙を全て失いただのケモミミシッポの可愛らしい女の顔になってしまった。


  愛しいイズナたまに絶頂に連れて行ってもらう予定だったのに、後一歩のところでお預けを喰らわせたばかりか、イズナたまを胸に抱いて優しく声をかけている直也の姿を見るとフレイヤは怒りと嫉妬に駆られてしまう。


 (許せない、本当に許せない) 


  フレイヤの嫉妬の眼に入ったのは、恋する女の顔で直也に抱かれている幸せそうなイズナ。


 自分の事など完全に忘れているのだろう。そう思うと、泣いてしまいそうになるほどの寂しさと、言葉に出来ない今まで感じたことがない気持ち良さがフレイヤを襲う。


 直也とイズナの幸せそうに抱き合う姿を見せられながら、完全に放置されることで得た快感に、フレイヤは恍惚の表情を浮かべていた。


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