面倒くさい追跡者
ハイオーク群の討伐のための準備が終わり、直也達がセフィロトの町の外に出て港町にむけて街道を少し歩い時のことだった。
「主様、あそこ、あそこ」
アスが指を指す方を見ると、林の木々の陰に気配を完全に消しながら顔を半分だけ出して隠れる様に立っているイズナが見えた。
イズナは警戒しながら辺りの様子を窺っているみたいだった。直也がイズナに手を振りながら声をかけようとすると、
「シー、シー、静かに」
と、右手の人差し指を唇に当てた、辺りを警戒しながらゆっくりと、まるでコメディー映画に登場する泥棒のような足取りで近づいて来た。
「事情は後で説明しますから、早く移動しましょう」
蚊の鳴くような声で直也にそう話した。いまいち、事態がのみ込めていない直也達だったが、取り敢えずイズナの言う通りに静かにまた港町に向かって移動を始める。
イズナはまた木々に隠れながら周囲を警戒して、直也達の後を追うように離れずについて来ている。
「イズナさん、どうしたんだろう」
「まるで誰かから追われているみたい」
「はい、何かあったのでしょうか?」
口に手を当て、直也がこそこそとサクヤ、マリー達と話をしていると、自分達に高速でセフィロトの町の方から近づいて来る者がいることに気が付いた。
直也が正体を確認するため町のある方を振り返ると、100mほどの上空を飛んで近づいて来る者が見えた。
「飛んでる」
「飛んでます」
「飛んでいますね」
「おお。飛んでるな」
「凄いです。私も空を飛びたいです」
「リーシェ、霊力を極めれば空だって飛べちゃうのよ」
「本当ですか! 私頑張ります」
「ああ、バレた。やっぱりきちゃた」
みんな各々素直に驚いていると、イズナは再び木々の陰に隠れてしまった。
近づいて来るのは直也が感知した霊気は知っている人のだったが、万が一に備えて一応警戒をしておくことにした。
何故ならこの霊気の持ち主は気が立っているのが昂っているのか興奮しているのか、激しく霊気が乱れていたからだ。
「ターカースーギー、ターカースーギー!」
対象の怒鳴り声が聞こえる。それと共に対象は風貌もはっきりと確認できるよう距離にまで接近して来ていた。
白く輝く二対の大きな翼を広げ、全身に白銀色に輝くまるで天馬(ペガサス)を思わせるような鎧と、とても女性の力では持つことさえ出来ない牛や馬すら一撃で両断するような大剣を背に背負うように装着している綺麗で長い金髪の女性。
ガーディアンズ副団長でナンバーズ序列1位 ユリ花のワルキューレ、フレイヤ・ヴァナティース。
直也の前に降り立ったフレイヤは、目を血走られながら興奮した様子で直也の元に詰め寄ると、
「タカスギ、貴様イズナたまを何処に隠した! 返答しだいでは只ではすまんぞ! 」
「落ち着いて下さい、フレイヤさん。一体どうしたのですか」
「これが落ち着いていられるか!」
「落ち着いて下さいってば。落ち着いて何があったのか教えてください」
「落ち着ける訳が無いだろう。これを見てもお前はそう言えるのか!」
フレイヤが持っていた上質な紙を直也に乱暴に差し出した。その過密はただ一言だけ「後の仕事はよろ、行ってきます」とだけ書いてあった。
「 ? 」
メモを見た直也が不思議そうにフレイヤを見ると、フレイヤはイライラとした様子で話し始めた。
「今日はイズナたまの大切で貴重な出勤日だ。当然私はイズナたまの補佐に一日中つくことが出来るように有給休暇を取っていた。誰にも邪魔をされずにイズナたまの側に一日中いられるようにだ!」
「はあ」
「今日は私の手作り弁当や手作りおやつを食べていただきながら、イズナたまに私と一緒にデスクワークに勤しんでいただく予定になっていたのだ」
「はあ」
フレイヤは気持ちが落ち着いてきたのか、それとも気持ちが入ってきたのか、遠くを見ながら幸せそうに話し始めた。
「私は幸せだった。イズナたまのすぐそばに居られるだけで。イズナたまのお手伝いが出来るだけで、私は幸せだったのだ」
「はあ」
「しかし、その幸せは突然失なわれた。イズナたまのために朝の五時から頑張って早起きして作った、愛情が一杯こもったお弁当を、まさに愛妻弁当と言っても過言ではないお弁当を準備している時だった。喜んでくれるかな、美味しいって言ってくれるかな、そう期待に胸を膨らませルンルンと部屋に戻って来た私を待っていたのは、一枚のこのメモだった」
フレイヤの話し声に悲しみが混じり始めてだんだんと声量が大きくなっていった。
「はあ」
「後はよろ。って私はいらない子? イズナたまにとって私はただの都合の良い部下でしかないの? と私はあまりのショックでしばらく動けなかったくらいだ。傷心の私は泣きながらイズナたまを探した。町中を探した。が、イズナたまの気配すら見つけることが出来なかった。何故イズナたまは私から隠れるのか? 行ってきますとは何処へ? あの面倒くさがりのイズナたまが自主的に、積極的に、能動的に動くことなどあるのかと」
フレイヤは怒りと嫉妬で顔を歪め、頬を引きつらせながら直也の眼を見て、魔獣ですらその眼を見ただけで逃げ出してしまいそうなほど気合の入った見事なメンチを切った。
元が傾国の美女級の美女なので、フレイヤのメンチ切りはとても迫力がある。
「あるじゃないか、あるじゃないか。ああ、なあ、あるじゃないか! イズナたまが自主的に、積極的に、能動的に動く原因が。迷わず私をおいて行く理由の原因になる奴が! 今、私の、目の前に! ああ!」
頭のネジが一本か二本飛んでしまったようなフレイヤの様子に恐怖を感じつつも状況が見えてきた直也は、面倒くさいので早期解決を試みることにした。
「なんとなく状況が分かりました。では、」
「私は直ぐに大社に向かったが、お前達は誰も居なかった。そこで次に私は冒険者ギルドのシャロン代理にアマテラスのことを聞きにいった。その時お前達がハイオークの討伐依頼を受けて南の港町に行くことを聞いた。直ぐに私は飛んだ。今後の任務において自分のアドバンテージが失われることになろうとも、この隠していた翼を広げて文字通りに、飛んで来た」
直也の声を無視してフライヤは話を続ける。まだ言い足りないことが沢山あるようだ。
「・・・」
「もう分かっただろう。タカスギ・ナオヤ。イズナたまを何処にやった? 隠しても無駄だ。お前の事はシャロン代理からよく聞いている。幼女のパンツをかぶることに無上の喜びを感じ、人妻を視姦してはギルトのトイレでソロプレイを楽しむ変態だそうだな」
「事実無根だ。そんなことなんかしたことないわ」
「黙れ、変態! 変態はみんなそう言うのだ。何もしないから、大丈夫だからと言って油断させてその汚いボークビッツで悪戯しようとするのだ!」
「え、ちがいますよ。直也さんの直也くんは特大のフランクフルトですよ」
「主君は昔でいうところの、500ミリリットルのペットボトル位はあるわね」
フレイヤの言葉にいち早くリーシェが即応して、アスが援護攻撃を、戦線は拡大、直也の心の傷が広がっていく。
「やめろよ! そんな話を大声でいうなよ」
「直也、私達以外は誰も居ないからそんなに恥ずかしがらなくても大丈夫だぞ」
「旦那様の大きかったから、自信もって良いと思う」
「そうだよ、主人様のは本当に凄いよ」
「いや、そう言う話でも問題でもないから、そこから離れろ」
今度は直也が叫び状況は泥沼化、みんなでワイワイと直也君の話で大騒ぎをしている。
イズナはその直也君の話の輪に入りたそうに、物欲しそうに、林の木の陰に顔を半分だけ出して、気配を消すことも忘れて羨ましそうに直也達を見つめていた。
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