嫉妬と宿命

「地下10階層にS級クラス鉤爪の黒ピエロが出現して、11階層はスケルトンの畑?」


 直也達アマテラスの一行は、冒険者ギルドに不死のダンジョンの攻略状況とバイオレット・ブルームの存在に関する報告を行っていた。しかし、冒険者ギルドの職員たちは直也達の話があまりにも突飛過ぎて理解が追いつかないらしい。


「はい、信じられないと思いますが本当です。本当に畑ではえらい目に遭いました」


 直也はここ数日にあった様々な事件の発端となったレーヴァのシャインマスカット事件を思い出して身震いをした。直也がちらりとレーヴァの方を見るとまだ眠たそうにあくびをしていた。


 「で、その農夫のスケルトンからバイオレットがその農場の主だとの証言を得たと?」


 「一体どうやって話を聞いたんだ?」

「そもそもスケルトンって話せるのか?」 


  本日冒険者ギルドは暇なのか、ギルドの職員たちは直也達の側に集まりみな話を聞いている。するとそこへフルプレートの鎧に身を包んだセフィロト支部のギルマス代理エルフ族のシャロンが姿を現した。


 美しさと凛々しさを備え持つエルフのシャロンは 


 「関係の無い者は自分の仕事に戻りなさい」


  両手のひらをパンパンと叩きながら職員たちに注意して仕事に戻させると、直也、というかアスの元へ下心丸出しの顔となって近づいて来た。


 「アスちゃんは今日も可愛いね。お姉さんが何でも買ってあげるから一緒にちょっとお出かけしようか?」


「えっ、本当に! 何でも!」


「ああ、何でも買ってあげるよ。だから何もしないからさ、ちょっとだけ」


 シャロンの吐く息が少しずつ荒くなり、話の内容が危ない方向へと向かっていく。さっき凛々しく職員達に注意した者とは別人の様だった。


「でも、今は主様の側で一緒に報告しないといけないからまた今度お願いしますね」


  アスはシャロンの申し出を断り直也の腕に抱きついた。


「タカスギ、貴様!」

「ええー」


  直也に抱きついたアスの姿を見たシャロンはギギギと音が聞こえて来るほどに歯を噛みしめ、見ただけで人を殺せてしまう様な目付きで殺気を放ち直也にぶつけてきた。


 そんな様子を視界の隅に置きながらサクヤとマリーはギルドの職員に報告を続けて行く。


「アンデット達とはアスの魔法でコンタクトをとりました」


  サクヤの報告を聞いたシャロンは、直也に向けていた夜叉の顔を、アス専用の天使の笑顔に変え感動の眼差しで見つめながら、


「アスちゃん凄いよ! 凄すぎるよ! 君はやっぱりこんな男の所では無くて、私の秘書になって隣でニャンニャンしているべきなんだ」 


  再びハアハアと興奮しながらこりずにアスの勧誘という名のハンティングを始める。


 「ごめんなさいシャロンさん。私は主様専用雌子猫のニャンニャンなの」


「嘘をつくな嘘を!」


 「タカスギ・ナオヤ!! 貴様決闘だ! 貴様を血祭りに上げて正々堂々とマイ天使を奪い取ってやる!」 


  そう言うとシャロンは持っていた皮の手袋を直也に向かって投げつけた。しかし直也は投げ捨てられた手袋をひらりとかわす。


「貴様避けるな!」


「嫌ですよ。僕は決闘なんて受けません」


  受けろ、嫌ですと直也とシャロンがギルドのカウンター前の広場で言い合っていると、


「はいはい、うるさいからその位で。それ以上は外でやって下さい」


  白いワイシャツに紺色のパンツスーツ姿の働く女性、茶色の長い髪を後ろで縛り動きやすい様に纏めていて、そこから見えるうなじに色気を感じさせる美人人妻職員のアリッサが玄関から入って来た。


「むっ、出たな直也様を誑かす魔性の人妻め。それ以上こっちに来るなあっちに行け」


  アリッサの姿を見たイズナはケモ耳シッポをピンと立て直也を守る様に二人の間に立ち塞がった。元シーフの美人職員のアリッサは、何でか余裕の笑みを浮かべて伝説の武人を恐れることなく言い放つ。


「あら怖い。ねぇ直也、イズナ様何処かお加減が優れないのかしら?」


「呼び捨てだと! 直也様を呼び捨てだと! しかもなんか甘い感じに聞こえたぞ!」


  伝説の美人のはずのイズナは元シーフの人妻アリッサの何かに何故か気圧されてしまっていて、余裕を感じさせない。まるで大人とお子様の様だった。


「ふふふ、お帰りなさい高杉君。無事に帰って来てくれて本当に嬉しいわ」


 アリッサはひまわりのような温かく全部を包み込むような笑顔を直也にむけてそう言った。  

 直也はアリッサの笑顔に少し恥ずかしそうに顔をはにかませながら 


「ハイ! おかげさまで帰ってくることが出来ました」


「直也様が凄く嬉しそうに!」


「しかもダンジョンの階層ボスを倒して11階層まで攻略したって凄いじゃないの、後で私にもお話聞かせてね」


  そう言うと警戒を続けるイズナの脇をすり抜け直也の胸を拳でトンと叩くと、「また後でね」とグッと大きな胸を張り、ウインクをしながら通り過ぎて行った。

 直也はアリッサが視界から消えるまで、ずっと見守っていた。


 「直也様。なんか分からないけど、すっごく悔しいよ、直也様」


  直也の切ない背中を見て、悔しそうに唇を噛み締めながらイズナは直也に泣きついた。


 「イズナ様が負けたの?」 

「あれが人妻の持つ色香の力なの?」


  ギルドのそこかしこで、こそこそと話をする声が聞こえてくる。その中には「嘘だ。アリッサ御姉様まで」と震える声で呟くシャロンの姿もあった。どうやらシャロンはアリッサにも特別な感情を抱いていたらしい。


 「タカスギ・ナオヤ! 貴様、私のアリッサ御姉様にまで手を出しているのか!」


 般若となったシャロンはとうとう剣を抜いて直也に振るう。素人の目には光が走ったようにしか見えない斬撃を直也はサッっとよける。


 「避けるな、タカスギ!」

「避けるに決まっているじゃないですか!」


  振り出しに戻りギルドへの報告は進まない。騒ぎの元凶のシャロンはアリッサを元としたギルド職員達に簀巻きにされて隔離されてしまった。


 シャロンはその時直也の事を、自分の生涯の敵だと強く意識したという。


 


 


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