青山食堂のユリの花
冒険者ギルドへの報告を無事に? 終わらせたアマテラスのメンバーは町にあるイズナが行きつけだと言う老舗の食堂で、少し遅めの食事をすることにした。その食堂は表通りから少し入った住宅街の中にひっそりとある小さな店だった。
「直也様ここが私行きつけの青山食堂だ!」
イズナの話では町が出来た頃から何代にも渡って営業する歴史ある店で、肉・魚・麺・豆の料理など様々な料理が食べられることが出来る町の有名店とのことだった。
営業中の暖簾が掛る青山食堂の中からはトントンとまな板を包丁で叩く音や魚や肉が焼ける匂いや揚げる匂い、スープの出汁を取っているのか優しくとても美味しそうな香りがただよってくる。
「何だ? 旦那様? 何なんだここは! この美味そうな匂いは! 一体なんなんだよ! 旦那フガフガ」
美味しそうな香りをクンカクンカと嗅ぐ食いしん坊のレーヴァは、既に腹ペコで狂乱しており、目をギラギラにさせ直也に唾を飛ばしながら大騒ぎをしている。
「分かったから静かにしようねレーヴァ。ご近所の迷惑になるからね。すいませんイズナさん、お店に入れますか?」
直也は大騒ぎするレーヴァの口を手で抑えて静かにさせつつ、イズナに聞いた。
「当然です。私がここを贔屓にしてからもう数百年、他に類を見ない程の常連です。私のための部屋が存在するほどですから」
そう誇らしげに胸を張り、ケモ耳をピンと立てシッポを機嫌良さそうに振り振りしながらイズナは言った。
「ここは何度か私も来たことがありますが、とても美味しいお店です」
どうやらマリーは青山食堂に来たことがあるらしい。イズナが元気よくお店の引き戸に手を掛けて戸を開ける。すると美味しそうな香りと元気な声が聞こえてきた。
「いらっしゃい!」
お昼の時間は大分過ぎているのだが、店内ではまだ多くのお客が食事を楽しんでいた。暖簾をくぐったイズナは、店内の様子を確認しながら厨房に立っている主人と思われる40代ほどの男性に声をかけた。
「大将久しぶり、席は空いている?」
イズナに気づいた男は笑顔を見せて包丁を持つ手を止めた。
「イズナさん、お久ぶりです。何名様ですか?」
「7人」
「でしたらいつもの自宅の居間でお願いします」
「分かった。すまないな、いつも無理を言って」
「いいえとんでもない。イズナさんにはいつもお世話になっていますから」
店の大将と話をしていると、厨房から40代程の女性がお茶を持って現れ、みんなを席に案内した。
「イズナさん、何時もご贔屓にありがとうございます。汚い所ですが皆様どうぞこちらへ」
「ああ女将さん、いつもありがとう」
女将さんに案内されたのは食堂に併設された青山夫妻の自宅の居間だった。
「え、ご自宅の居間に伺っても宜しいのですか?」
直也やサクヤの常識人は遠慮がちに女将に尋ねる。
「はい、構いません。自分の家だと思ってゆっくりして下さいまし」
女将さんは、直也達をユリの花が花瓶に生けてある立派な大きな栗の木の座卓テーブルに案内し、座布団を人数分用意して座らせるとお茶を配る。
「では皆さま、こちらを見て少しお待ちください」
女将さんが本棚の中から、イズナ様用メニューと書かれたお品書きをイズナに手渡した。
「ありがとう女将さん。今日のおすすめはなにかな? それといつもの奴はまだあるかな?」
「ええ、いつものはありますよ。それに今日は良い鳥肉が入っています」
「へえ、じゃあ取り敢えずいつものと鳥からを7人前お願い。この子達の注文はもう少し待って」
「はい分かりました。では決まりましたら声をかけて下さい」
イズナ専用のお品書きあることもだが、さっきからお店の夫婦と仲良く話をして、丁寧に御礼をしているイズナの姿に皆は驚く。
「イズナ様って、お礼が出来る人だったのですね」
「はい、私もただのキレやすい地雷女かと」
「イズナ様には友達がいないと思っていました」
「うんイズナ様って、絶対にボッチだと思っていたよ」
「早く食べようよ、お店を全部食べようよ。早く、早く、早くぅ」
「レーヴァ、お行儀がわるいよ、少し落ち着きなさい」
幸いなことに女将さんと話をしてイズナのケモ耳に、みんなの声は届かなかったようだ。
「今日は私が奢るからみんな好きな物を頼んで良いぞ」
機嫌が良いイズナは大判振る舞いで大風呂敷を広げみんなが何を食べようかをお品書きを見ていると、
「失礼します。イズナさんお連れ様がお見えです」
「お連れ様?」
お部屋の入り口から女将さんの声が聞こえ、「失礼します」と女将さんがふすまが開くと、女将さんの後ろには身長は170㎝ほど、ウェーブのかかった綺麗で長い金髪に美しく澄んだ青い瞳を持つ美女立っていた。
「イズナ様、歓談中に失礼します。今、私も遅いお昼を一人で食べに来たのですが、大将さんからイズナ様来ていると聞いて来ました。ご一緒に相席しても宜しいですか?」
「おおフレイヤご苦労様。別に構わないぞ」
「ありがとうございます。皆さま失礼します。私はガーディアンズで副団長を務めさせていただいておりますフレイヤ・ヴァナティースと申します。どうぞ宜しくお願いします」
そう言うとフレイヤはイズナの隣に座る、直也の隣に腰を下ろした。
「今日は私が奢ってやる、好きな物を注文しろ」
「はいイズナ様、有難うございます」
フレイヤはイズナの言葉に嬉しそうに礼をすると、隣に座る直也に無表情な顔で話しかけた。
「初めまして、君がタカスギ・ナオヤさんですね。君の話はいつもイズナ様から聞いていますよ。これからどうぞよろしくお願いしますね」
フレイヤは直也に手を差し伸べ握手を求めた。差し出された手を細い手を素直に握り返して直也は挨拶を返す。
「こちらこそ、宜しくお願いしま、すお!」
突如フレイヤは握手をする手に力を込めた。その握力はリンゴどころか岩さえも砕いてしまうほどの力だった。
「ええ、宜しくお願いしますわ。タカスギ・ナオヤさん」
無表情な顔で威圧し、瞳に狂気を感じさせてギリギリと手をつぶそうと握ってくるフレイヤに直也は恐怖を感じた。
(何なんだこの人は? 僕はこの人になんかした?)
今何が起きているのか? 何が起きようとしているのだろうか? 僕はただ御飯を食べようと思っただけなのに。サッパリ訳が分からない。直也はただ混乱するばかり。
ガーディアンズ副団長でナンバーズ序列1位 フレイヤ・ヴァナティース。イズナを愛しすぎる元ヴァルハラ所属のヴァルキリーは、嫉妬の炎をメラメラと燃やして直也だけ聞こえるような小声で告げた。
「イズナたまは渡さない。イズナたまの身も心も私だけの、私の愛しいイズナたまだ」
直也は栗の木のテーブルの花瓶に生けてあるユリの花を見つめながら理解した。
ああ、そっちの方面の方なのか、と。初めての百合との出会いに、直也の思考は止まり何の考えも浮かぶことは無かった。
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