お風呂に入ろう

「・・・、今なんて?」 


  直也は自分が聞き間違えたのであろうと考えてもう一度聞き直した。 マリーは持っていた1つだけ何でも言う事を聞く券を見せながら、


 「私に直也の背中を流させて欲しいのだ」 


 「なんでそうなったんですか? 一緒にお風呂はまずいですって」


 「私が育った国には古くから伝わるある伝承があるのだ。それは千年以上前からあったとされていて、今は正しく伝承の内容を知る者はいない。だがしかし、それは親しい男女が末永く仲良く過ごすための儀式的なものだったと言われているのだ」


  マリーが話す言葉の内容に一抹の不安が直也をよぎる。


 「男女の中を仲を良くする?」


  マリーは真剣な表情となり伝承の中にある言葉を紡いでいく。


 「あなたお帰りなさい。御飯にする? お風呂にする? それとも・・・、」 


 (あれか。新婚さんの日常的な? あの言葉の事か!) 


  直也の顔に緊張が走る。


 「残念だが文献の保存状態が悪く、伝承はここまでしか伝わっていない」


 本当に悔しそうにマリーは言う。


 「親しい男女が末永く一緒にいるための言葉であると言うならば、それに縋り私は直也との関係をさらに一歩進めたい。手作りの御飯はもう食べて貰った。ならば次はお風呂で背中を流してあげたい、そう思っていた。私は今日、はからずもこの1つ何でも言う事を聞く券(良識の範囲内で節度を守ったお願いである事)券を手に入れた」


  マリーは直也が渡した1つ何でも言う事を聞く券(良識の範囲内で節度を守ったお願いである事)券を大切そうに見せながら、捨てられた子犬の様な目で直也を見つめる。 


 「駄目なのかな、直也? 私も裸で一緒にお風呂は恥ずかしいしはしたないとも思う。まだ早いと思う。でもどうしても一緒に入って直也と仲良くなりたかった。だからこうやって水着も用意した。どうしてもお前と一緒にお風呂に入りたいから」


  こんなにも自分を好いてくれている女性が、精一杯の勇気を振りしぼり、自分とお風呂の時間を過ごすために買ったという新品も紺色の水着を見せながら、赤い顔をして不安そうに、すがるような目で自分の返答を待っている。直也はそんなマリーが、すごく可愛く愛おしく見えた。 


 「本当に駄目なのかな?」


  マリーの心からのお願いに、直也は意を決し気持ちを伝えた。


 


 


 

 直也とマリーの様子を屋敷の陰からこっそりと覗いている者達がいた。


 「ふふっ、マリーさん、こんな面白恥ずかしいことを企んでいましたか。これは見逃せませんね。是非私たちも加えていただきましょう」 


 「はい、みんなで入るお風呂は楽しそうです」


 「そう、そして主様には、私にしてもらいましょう」


 「?」


  2つの影はそれぞれ行動を開始した。


  ひと気のない午前0時、屋敷いる者は使用人も含めてみんな眠っている時間。月明かりが屋敷の窓から入り込み暗い廊下をほのかに照らしている。


 直也は暗闇に紛れるようにして、お風呂に向かっていた。


  高鳴る鼓動を抑えながら周囲を警戒しつつ歩みを続ける直也の後ろ姿は、とあるエッチで世界的有名な泥棒の3世の様に見えなくもない。

 直也は滑る様に脱衣場に入り込み周囲を確認する。脱衣場には異常なし、ここまで追跡や魔法の探知の類いもなかった。脱衣場の外を一度だけ目視で注意深く確認して慎重に静かにドアを閉めた。


「僕は、一体何をやっているんだ?」 


  こそこそと暗闇の中を泥棒のように、こっそりと脱衣場に侵入した自分の有様を考えて、昂っていた感情がちょっとだけ沈んでいく。


  マリーの可愛いお願いを結局断ることが出来なかった直也は、水着を着ているのだから厳密には温水プールに遊びに来ているようなものだと自分に言い聞かせて、女性と2人きりでお風呂に入るという罪悪感や背徳感、スケベ心を抑えこみ、今現場に参上していた。


 

「直也?」


  ドアを閉めたままの姿で固まりながら葛藤を続ける直也に声がかけられた。

 直也が後ろを振り向くと、お風呂の準備をしていたのであろうマリーが風呂場の中から水着姿で現れた。


  着姿のマリーの長い髪がしっとりっと濡れて、いつもはメイド服の下に隠れている均整が取れたしなやかな肢体、うなじや形の良い豊満な胸の上に張り付き、いつも以上に色気を感じさせる。


  恥ずかしそうにしている姿は、とても可愛くて綺麗だった。


 直也は心奪われ見惚れてしまった。


 「あまりジロジロ見ないでくれ。私も恥ずかしい」 


 「ごめんなさい。でも、本当に綺麗だったから」 


 「・・・、ば、馬鹿」 


  目を伏せながら恥ずかしそうに濡れた髪をかき上げる、その仕草が色っぽくエロっぽい。


 「本当に綺麗です」


  直也とマリーの間に出来た甘酸っぱい雰囲気は、次第に大人の恋人同士が持つ甘くて熱い熱を帯びる始めて、2人の男女の距離を縮めていく。


 「直也」 


 「マリー」


  言葉はもういらない、心と体、2人の距離がゼロになり重なりそうになった時に、


 邪魔してさらに状況を面白くしようと考える者がやって来た。


 「主様、私も綺麗? エロっぽい?」


 「ああ、とってもエロい・・・んッ?」


 「嬉しい。やっぱり主様は少女の私が一番好きなのね」


 「・・・」


  何処からともなく聞こえてくる、よく知っている面白いことが大好きの少女の声に二人は固まってしまう。


 「こんな面白そうなイベントは、見逃せない。二人だけは役者が足りないと思ったから、みんな呼んでおきました!」 


「!?」 


 直也が覚悟を決めて声がした方を見ると、そこには満面の笑顔で、ポロリとチラリをしそうな感じの所を卓越したセンスで絶妙に守り切った裸タオルの美少女元魔王が立っている。さらによく見るとその姿の奥に、顔を真っ赤にした裸バスタオルのエルフの少女も隠れるように立っている。


  裸タオルの美少女元魔王は、見た人がとても不安になってしまう様な悪い笑顔を浮かべながら、 


 「さあお楽しみはこれから、パーティーの時間よ」


  某アクション映画の俳優が、クライマックスのシーンで機関銃を振り回しながら敵味方に向かって言う様な、そんな怖いエキセントリックなセリフを震える直也に言ったのだった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


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