願い事はなんですか?

「1つ何でも言う事を聞く券(良識の範囲内で節度を守ったお願いである事)」を発行することで、直也は婚約者達からの嫉妬の怒りから解放された。一時は興奮した一部の婚約者に、このままかぶりつかれるのではないかとヒヤヒヤしたものである。


  直也は彼女達の事は決して嫌いな訳では無い。むしろみんなとても魅力的な女性で惹かれていると言える。

 直也が彼女達と深い関係になる事に二の足を踏んでしまうのは、まだ桜のことを思い続けていて、桜以外の女性と関係を持つことに罪悪感をもっていることと、愛する人を失う喪失感や虚無感を恐れているためだった。


  直也は彼女達一緒に生活を重ねていくことで、少しずつ親密な関係を築き、自身も過去を乗り越えることが出来ていければ良いと思っていた。


 


  数々の難題を乗り越えて、無事に不死のダンジョンからセフィラの町に戻ったアマテラスのメンバーは、まずは屋敷に帰ってお風呂に入り冒険の汚れと疲れを洗い流すことにした。


 

「早くお風呂に入ってサッパリしたいな。ギルドへの報告はその後ね」


 「はい、お嬢様。既にお風呂の準備をさせています。帰ったらすぐに入浴出来るように手配は完了しています」


 「ありがとうマリー、相変わらず仕事が早いわね」


 「いえ、仕事ですので。お嬢様、申し訳ありませんが、私は少し用事があるのでここで失礼させていただきます」


 「そう、分かったわ。気を付けてね」


 「はい、用事がすんだら直ぐに帰りますので。それで直也、帰ったら少し付き合ってもらいたいことがあるから待っていてくれないか?」


 「ええ分かりました」


 「絶対だぞ」


  そう言い残すとマリーは屋敷に帰る途中、商店街に続く大通りの方へ歩いて行った。


 「何処に行くのですかね」


  マリーの事が気になっているのだろうか、消えていった通りを気にしながらリーシェが呟く。


 「確かになんか怪しかったですね」


  アスも何かマリーの行動に引っかかる所があるようだ。 


 「なあ、なあ、旦那様。あたい腹が減ったよ。何か食べながら行こうよ」


 「確かにお腹が空いてきたな。でもあんまりお金ないからほどほどにしてくれよ」


 「レーヴァテイン、少し我慢したらどうだ」


 「レーヴァさん、帰ったら御飯も準備させますから我慢して下さい」


 イズナとサクヤがレーヴァをたしなめる。


「ええ、でも少しだけでも何か食べたいよ」 


 「レーヴァさんの少しは私達の10人前じゃないですか。毎回そんなに食べていたら直也さんが破産してしまいますよ」


  直也は、サクヤの正しく現状の把握できている優しくて、でもとってもプライドに響く厳しい一言をいただき傷つく。


 直也はそっと自分の財布を開いて中身を確認し銀色と銅色の貨幣しか入っていない事に気が付き、スッと一筋の涙を流した。分かっていたはずの事なのに、それでもなお流れ落ちる涙を止めることが出来なかった。


 「旦那様、ほら元気出しておくれよ。お金は心配しなくていいからさ。あたいはこう見えてもお金は沢山もっているから、旦那様を養ってあげるからさ」


 グサグサ、レーヴァの言葉は無職のヒモ時代の悲しいメイド達との出来事を思い出させ、直也の心を切り裂いた。


 「それならば私が直也様を養うから、あなた達は気にしなくても良いわ」


 「ではお金をたくさん持っているイズナ様とレーヴァさんは、これから毎月ちゃんと食費を入れて下さいね。直也さんは良いのですよ。あなたは家の当主になる方なのだから。私が支えますので。ポッ」


 イズナとサクヤにまで自分を養うた言われてグハッと、どんどんと心の傷が広がって行く。


 「直也さんには人を思いやる優しい心と人を守ろうと頑張る強い心があります。私はお金がなくても直也さんが大好きです!」


 「リーシェ、」


 「そうです、主様お金は無いですが特別な何かをもっています!」


 「アス、」


  二人の優しい励ましの言葉に救われ、でもやっぱり傷ついた直也は、冒険者としてお金を稼いで早くみんなでお腹一杯に御飯が食べられるようになろうと改めて心に決めたのであった。


 

 屋敷に帰ると女性陣は思い思いにお風呂に入って汚れを落としていく。今回はアンデットモンスターと多く戦ったため、いつも以上に長湯となり丁寧に体を洗っているようだ。レーヴァはお清めを称してお酒とつまみを持ち込んで、一杯やっているみたいだ。

 直也はいつも女性陣の後にお風呂に入るっているのだが、今日は特に時間がかかりそうだった。


  そこで直也は待っている時間が勿体ないと剣の稽古をすることにして、腰に下げた今回は活躍の機会に恵まれることのなかった草薙の剣を手に持ち中庭へ出る。

 雪は解けてしまい積雪はないが、朝晩はまだ寒い。日暮れの時間にもなると吐く息が白くなる。直也はその寒さを好ましく思いながら剣の青い光の刃を丁寧に操り体を動かし行く。


 (剣を振っている時は嫌なことを忘れられる) 


  直也は時間が経つことを忘れて一心不乱に剣を振り続けていると


 「もっと肩の力を抜いて、心を落ち着かせなさい」


  と懐かしい直也に剣を教えてくれた先輩の声が聞こえた気がした。


 「伊勢先輩?」


  思わず剣を振るのをやめて辺りを見渡すが勿論そこには誰もいない。自分の事を随分と可愛がってくれた優しい先輩を思い出して、込み上げてくる懐かしさに胸を熱くさせていると「直也」と後ろから声をかけられた。

 振り向くと帰宅したマリーが立っていて、手には荷物を大事そうに持っている。マリーは嬉しそうに直也の元に駆け寄って着た。気のせいか少し顔が紅潮している気がした。


 「マリーさん、お帰りなさい」


 「ただいま直也。剣の稽古をしていたのか?」


 「ええ、お風呂に入る前に一汗かこうと思って」


 「そ、そうか。お、お風呂に入る、前にか。お嬢様達はみんなお風呂に入ったのかな?」


 「はい。みんな入っていると思いますよ」


 「そ、そうか。」


 マリーの様子が少しおかしい。


 「マリーさんどうかしましたか?」


 「え、っとだな直也。うーんと、さっき私が言った事を覚えているかな?」


 「付き合って欲しい事があるってやつですか?」


 「そ、そうだ。それだ」


  持っている荷物をぎゅっと抱きしめながら本当に珍しく緊張をして歯切れの悪いマリーの言動をいぶかしみながら次の言葉を待っていると、


 「直也。私と一緒にお風呂に入ってくれませんか?」


  真っ赤な顔で、まるで思春期の少女が初恋の相手に告白するかのように、体をガチガチに硬直させながら緊張と不安、そして若干の期待、様々な感情が混ざった本当にか細い弱々しい声で「1つ何でも言う事を聞く券(良識の範囲内で節度を守ったお願いである事)」を直也に差し出しながらマリーはそう言った。


  ピシッ、


 その時二人の間の時間がはっきりと止まったという。


 


 


 


 


 


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