千年前の出会い いずな語り
私は“いずな”と申します。
町が見える高台にあるひっそりとした神社の隅にあるお社、私たちの偉大なお頭様、宇迦之御魂大神様が祭られている社の一角に特別に住まわせていただいております。
私の姿は当然、人間には見えませんし、声も人間には届きません。まあ、ここにはあまり人間が来ることもありませんが。
私は人間も、人間が住む町も大好きです。沢山の人間の営みを見てきました。たまには変な人間もいるけれど、それは我が同胞でも同じことです。
人間はとても美味しい物を作ります。昔はお米やお酒やお塩、大好きな油揚げをお供えいただきました。年に何度か頂ける稲荷寿司はとても美味しくて私の大好物です。とても大好物ですが、最近稲荷寿司を越える存在に出会ってしまいました。稲荷越え、それは初めてお供えいただいた、シュークリームなる食べ物でした。食べた時には、あまりの美味しさに驚き、一刻ほども心臓が止まってしまいました。ふわふわで、白くて甘いとろりとしたクリームなるもの。こんな美味しい物があるなんて。こんな美味しい物を作れるなんて、私は人間を尊敬します。
私にシュークリームをお供えしてくれたのは、たまにお参りに来てくれる青年の方。確かナオヤさんとおっしゃったはずです。
こんなにおいしくて甘いのだから、とても高価な食べ物なのでしょう。心肺停止の状態から息を吹き返した私は、はしたなくもかぶりつき、奪われないように周囲を警戒、威嚇しながら一気に食べてしまいました。誰にも見られることもないというのに。
(足りない、もっと食べたい)
私は食欲という疼きに負けてナオヤさんが持っていた、シュークリームを出した袋へ引き寄せられました。私の姿は見えていないはず、その思いが私を大胆にさせ、ナオヤさんが持つ袋を正面から覗き込んでしまいました。
すると中にはもう一つのシュークリームが入っていました。私は食べたくて、食べたくて仕方が無くなり、恥ずかしくも涎を垂らしながら、尻尾を振りながら
「もっと食べたいな」と、
思わず声を出してしまいました。
するとどうでしょう、私の姿が見えない、声が聞こえないはずのナオヤさんが、再びシュークリームをお供えしてくれるという奇跡が起きました。
私の思いが伝わったのです。
ナオヤさんは帰り際に何度も何度も目をこすり、こちらを見ておられました。ありがとうの意を込めて、見えてはいないのを残念に思いつつも、私は丁寧な御礼の挨拶をさせていただきました。彼は私の気持ちを感じ取ってくれたのか、満面の笑みを浮かべて去っていきました。
ナオヤさんの事は前から中々に見どころのある若者だと思っておりましたが、どうやら私の感に間違いはなかったようです。
ナオヤさんはそれから週に1度位お供えを持ってお参りに来てくれるようになりました。喫茶店でアルバイトをした帰りに寄ってくれます。ナオヤさんには、稲荷寿司とシュークリームを両方持って来ていただいたこともありました。私は信じられませんでした。年に数度しか食すことが出来ない稲荷寿司とほっぺが落っこちそうになるほど美味しいシュークリーム。
こんなにも美味しい食べ物をいつもお供えしてくれる方を、もう呼び捨てにはできません。私は彼をナオヤ様とお呼びすることにいたしました。聞こえてはいないかもしれませんが、私は彼が来ると直ぐに駆け寄り挨拶して傍に控えるようになりました。ナオヤ様はとても細かい気配りが出来る方です。ナオヤ様は毎週お参りに来ては私のお社をお掃除してくれます。温かい毛布も敷いて下さいました。ワンカップの空き瓶を見つめて鳴くとお酒もお供えしてくれます。
「あれ、私って見えています?」
と感じたことは2度や3度ではありませんが、ナオヤ様は「見えてないよ」、「聞こえないよ」とおっしゃいます。
それを聞いて、私は安心します。私は末席とはいえ神の眷属をさせていただいておりますので、そうそう人に、いくらナオヤ様とはいえ簡単には姿を見せるわけには行きません。
そう、私は簡単な女ではありん。
・・・が、とても幸せな女です。そう、ナオヤ様がいる日常はとても幸せでした。
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