ちょっと待ったコール

「おいで、クルちゃん」


 少し離れた空に五芒星が現れ召喚魔法が展開される。


 サクヤの呼びかけに応じて現れたのは全長3メートルほどの若いグリフォン。


 青みががった翼を雄々しく力強く羽ばたき、クルクル鳴きながら


(呼んだ?僕、来たよ。偉い?)


と首をかしげてサクヤの前に降り立った。


 嬉しさが一杯に溢れる熱い眼差しで召喚者のサクヤを見るグリフォンのクルはクルクルと鳴きながら


(褒めて、褒めて。撫でて、撫でて)


と、目をほそめて頭を差し出す。


「来てくれてありがとう。いい子いい子してあげる」


 サクヤに頭や首筋を、いい子いい子と撫でられたクルは気持ち良さそうに目を閉じてクルクルと喉を鳴らしている。


「いつも思うのですが、凄い信頼関係ですね」


 マリーは、完全に気を許してお腹までよしよしされている魔獣グリフォンの姿など、今まで見たことがない。召喚魔法は召喚される者との関係が重要で、良い関係を築けばそれだけお互いの能力を高め合い強力な魔法やスキルを使うことが出来る。


 召喚獣とこれ程まで良い関係を築けるサクヤの召喚士としての実力は一級品と言えるだろう。撫でられて満足げなクルの背中に意識のない青年をマリーと二人で乗せて大社に帰ろうとした時、事件は起こった。


 

「ちょっとー!待った―!!」


 突然、威圧の込められた怒声を浴びせられた。青年を連れて大社に帰ろうとしていたサクヤとマリーは、背後に今までに感じた事が無い凄まじい闘気の高まりと強烈な敵意を感じて硬直してしまう。


(動いたら、殺される)


 マリーは完全に自分の力を圧倒する力を持っていると思われる相手に背後を取られてしまい、全身の毛穴という毛穴から冷たい汗が流れ出し、現状を打開する手段を必死に考える。


(まずい油断した。お嬢様だけは何としても守らなければ)


 棒立ちのままのマリーは少しずつ、本当に少しずつ歩幅を広げ、腰を落として重心を下げ戦闘態勢を取るろうとする。


 そんなマリーをよそに、サクヤは振り返り威圧を続ける人物に声をかけた。


「イズナ団長、後ろからいきなり大声で出すのは止めて下さい」


「!?」


 マリーはサクヤが不用心に振り返ったことや威圧をしてきた者の正体が、ガーディアンズの団長イズナ・シルバー・フォックスだと知って唖然とする。

 マリーが振り返り、そこに立っている女性を見る。その女性は流れるような長い銀髪で肌が透き通る様な白さの美女。数々の武勇を持つ兵士とは思えない細くて綺麗な手足とスレンダーな身体は、全身すべてを神が設計した作品と言っても過言ではない美しさを持っていた。


 イズナは神から直接ギフトを授った千年前の大戦の生き残りで、契約者と共に悪魔と戦って人々を救いセフィロトの町の礎を築いた英雄の一人。

 サクヤはセフィロトの町の代表の娘だったこともあり、小さい時から何度かの面識があったが、普段から公の場に姿を現すことのないイズナを知らない町の者も多い。


「一体どうしたのですか?そんなにも興奮されて」


サクヤはイズナに問い掛けるが返答がない。


 イズナは茫然と立ち尽くし、意識を失っている青年を、驚いて大きく見開いた瞳で凝視していた。次第に白い肌が赤く熱を帯び、その美しい眉をハの字に歪めて涙を流し、唇をグッと噛みしめ声を殺して静かに泣いている。

 多くの戦場で武勇を挙げ、上級悪魔や災害級魔獣の討伐は数知れず。銀髪の美女でセフィロト最強の守護者。

 幾つもの武勇と二つ名を持ち、誰よりも勇ましく誰よりも強い彼女が泣いている。


 サクヤは自分の知っている凛々しいイズナからは想像もできない姿を見て驚いた。

 イズナの高まっていた闘気がみるみると萎んでいく。


「・・・ナ・オ・ヤ様」


 震える声を出して、青年に泣きながらヨロヨロとゆっくり歩みよる。イズナにはもう周囲の景色は見えていない様で、サクヤやマリーの存在すらも忘れて少女の様に泣き出した。


「ああ、神様。ありがとうございます」


そう呟くと、青年の胸に抱きついて号泣した。


 サクヤとマリーは困惑した。青年の事をイズナは知っているようだ。イズナの態度は二人の間には特別な絆があったかのようにも見える。色々と聞きたいことがある。

 が、二人に今出来る事は、満開の花の様な見る者を魅了する美しい笑顔で涙を流しながら、青年に抱きつて名前を呼び続けるイズナを見守ることだけだった。


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