第26話 シンディードの代表
「初めまして、私シンディードの代表を務めさせていただいております、宇迦野と申します」
私の眼の前にいるのは、見た目が二十台後半位の長い金髪の美しい女性。某高級ブランドのパンツスーツをエレガントに着こなし、この国のサラリーマンの様に見事な姿勢でジャスミンの香り付きのお名刺をフォルさんに差し出している。
「私は運命の女神兼店長のフォルトゥーナです、なの。宜しくお願いします、なの。それで申し訳ないのですが、私はまだ名刺を持っていないの」
これは失礼をしたな、早くフォルさんに名刺を作らなければこれからは色々と必要になるだろうし。
私はフォルさんの隣で忘れない様に「必要な物 名刺」とメモを取る。私がメモを取っている間にも2人の会話は進んで行く。フォルさんが宇迦野さんを店舗のテーブル席に案内をする。
「この度はシンディードをご利用していただき大変ありがとうございます。これはつまらないモノですがご挨拶がわりにお持ち致しました。どうぞお納め下さい」
「まあ、ありがとうございます、なの。・・・これは!あの有名行列高級店の油揚げ、なのっ!嬉しいの、いつか食べて見たいと思っていたの」
「ありがとうございます。そう言っていただけると幸いです。私もこの油揚げが大好きで日に3度は食べています」
二人はウフフ、アハハと私を蚊帳の外の存在とし、和やかに会話を進めている。そのような扱いを受けながらも私は忘れない様にメモを取る。
「宇迦野さん、油揚げ3回、フォルさん、好き」と。
「今とっておきのコーヒーを入れますので、少しお待ちください、なの」
油揚げを貰って上機嫌のフォルさんは、私をおいて厨房に行ってしまった。美人さんと二人きり。同じテーブルの席についているのが、なんか少し気まずい。気まずい? 私が自宅で気まずいだと? 私は肉の身体になってからの自分の変化に驚く。驚きつつもまずは、私はこの気まずい気持ちの正体を確かめるために現状の把握を試みる。
今日初めて会ったと思われる美人な女性の宇迦野さんと喫茶店のテーブルに同席している。お茶を用意しに行ったフォルさんは未だ厨房から戻る気配はなく、もう少しの間は2人きりになりそうだ。そしてこの2人きりになってからのこの雰囲気が気まずい。
宇迦野さんは先ほどまでとは異なり、静かに冷静に観察をする様に某高級ブランドのメガネをクイクイしながら私の事をジィーと見ており、時折私の視線と宇迦野さんの視線が交わるとフンッとそっぽを向いてしまう。
この宇迦野さんの視線が私が気まずいと感じる原因のようだ。恐らくだが、彼女は私を警戒しているのだろう。
そう言えば私は自己紹介をまだしていない。知らない者と二人にされて彼女も緊張をしているのかもしれないな。良し私から歩み寄りの姿勢を見せてみよう。
「挨拶が遅れて申し訳ない。私がこの喫茶店のオーナーをさせてもらっている。宜しく頼むよ」
「はい」
「初めまして、で良いのだよね、宇迦野さん?」
「はい」
「このお仕事は長いの?」
「はい」
「へーそうなんだ」
「はい」
「フーン」
「はい」
「・・・・・・」
「はい」
クッ、負けるものか! 私は少し揺さぶりをかけて見る。
「私は舞が得意でね、昔無益な種族間の争いを止めるために銀河に向かって、俺の舞を見て!と叫んだことがあるんだ」
「はい」
「あの時は私もまだ若かったからね。ちょっと無茶をしてみたよ。はは、ところで君はセブン派?フロンティア派?」
「はい」
「・・・・・・」
「はい」
強者だ。この者は強者だ。この私が手も足も出ないとは。糸口が見えない、会話が続かない、一体どうすれば?宇迦野さんは黙ったまま、私の眼をじっと見つめている。まるでもっと欲しいもっと寄こせと言っているようだ。
「お待せいしたの」とコーヒーを入れたフォルさんが戻って来た。
「どうぞ、お口に会えば良いの」
「ありがとうございます。凄く良い香りですね、美味しそうです」
ここだ、私はすかさず自然な流れに言葉をチョイスして会話を繋げる。
「彼女が入れるコーヒーは中々の美味いですよ」
「はい」
「砂糖とミルクは必要ですか?」
「はい」
「なんと!?」
「・・・」
「いくら美人なお客様だからって、あまりはしゃがないで欲しいの」
「いえいえ、美人だなんてそんな、御上手なんだから」
「はい」
二人はウフフ、アハハと私の存在を無いものとして世間話を続けている。
私は彼女達が苦手だ。でも嫌いだと言う訳ではない。なんとなく、苦手だと思ってしまうのだ。
私はいじられて無視をされて、少し気分がへこんでしまった。
こんな日は思わず私の心の秘密の部分が顔を出してしまう。
たまにならばこのような仕打ちも刺激的で、ちょっとだけ気持ちが良い。
たまにで、あるならば。
今ならわかる気がする。かの偉大なコメディアンの格言「ちょっとだけよ」の奥深い意味が、理解できる気がする。
そんなことを考えながら私はまたメモを取る。要らないと言われるかもしれない。しかしメモを取ることを止めてしまえば、私は今日彼女達に負けてしまったことになる。
年下の女の子達に負けてしまったことになる。ガラスのハートに傷が付き少年時代を思い出す今日この頃。
二人がなんの話をしているのかも分からない。
私は最後の力を振り絞ってメモを取る。
二人の受けたこの屈辱を、この仕打ちを、決して忘れない様に、私は今の気持ちを、メモにする。
「癖になりそう」
そう、ただ一言だけ。
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