第23話 女神様とお買い物

 運命の女神フォルトゥーナことフォルさんが来てから数日、彼女も私と接する事にすっかり慣れたみたいで実に親しみ深く声をかけてくれるようになった。


 「ご飯を食べたら食器は流し台に持って行って、なの」


「テレビの前に寝転がるな、なの。掃除の邪魔なの」


「洗濯物は脱ぎ散らかさないでちゃんとご自分の選択かごに入れろ、なの」


「ポテチは一日一袋、コーラも一日一本、ゲームもアニメもプラモもそれぞれ一日一時間までなの」


「夜食のカップ麺は禁止なの。私も食べたくなっちゃうの」


「夜更かしはお肌の大敵なの!十時には寝るようにして欲しいの!」


 


 変われば変わるもの、慣れれば慣れるもの、昔の人は良く言ったものである。きっとフォルさんは良い方に変わっているのだろう。


  私はそう思いたい。


 


 

 今日は喫茶店で使うテーブルや椅子などを買い揃えるためにフォルさんに連れられて某高級アンティーク家具販売店に来ていた。   


 フォルさんはブルックリンスタイルと言われる作りの喫茶店をイメージしているらしく、なんと言うか強いこだわりがあるようだ。

 実際にお店で働くのは彼女なので、その辺は好きにすれば良いと思っていたのだが、このお店の家具についている値札を見て、私は震えてしまう。


  なんだ、この値段は?これはだだの古い椅子ではないのか?一、十、百、千、万、十万・・・・・・。私は不意にクラクラと強い眩暈に襲われ膝をついてしまう。


 「大丈夫ですなの?倒れる時は周りの家具さん達に気を付けて倒れて欲しいの」


  分かっているとも、そんなことは分かってはいるさ。この家具達は洒落にならない奴らばかりだからな。こんなん巻き込んでしまったら私は借金を背負ってトンでしまうことだろう。


 「はうわ!!」


  私は、ある事実に気が付いてしまった。

 気が付いてしまいとても怖くなった。私は財布の中身を確認しさがら、恐る恐るフォルさんの方を見る。


  ギャー! 何、あの売約済みの札は! 


  フォルさんは店員さんと店舗を見て周っているのだが、次々に売約済の札が家具達に張られていく。


  止めろ、止めてくれ。お支払いは、このお高い家具達のお支払いは私には出来ないんだ。今、財布の中には3万円しか入っていないのだから。


  私はフォルさんに人としての力のみで一生懸命念を送る。


  響け、私の切なる思いよ。届け、私の預金残高。


  みょんみょんみょんと擬音まで付けて強烈に念じる。


  おお、やったフォルさんが振り向いてくれた! 私の念も伊達では無いというところ見せることが出来たようだな。


  フォルさんは上機嫌な様子で私を見ると小さな体の小さな胸の前で小さく手を振ってくる。あまりの彼女の可愛さに思わず私は「うむ」と頷きながら手を振り返してしまった。


 

 違うだろ、違うだろぉー。


 

 今の私の態度では、購入についての許可を出したように見えなくもないだろうが!


  私は自分自身に鋭く突っ込むがもう遅い。何故ならば、もう既にフォルさんは私から高級家具達に向き直り、次々とお高い高級家具さん達に、売約済みの札を張ってもらっている。


  終わった。私は終わってしまった。そう、・・・感じ・て、わ・・たし・・・・は意識を・・・・・・失っ・・・た。


 


 

「起きて、起きて下さいなの。早く起きないとぶってしまいそうの」


  私はまどろみの中、フォルさんに優しい声を掛けられながら頬を強く張られた夢を見て目を覚ます。


  私の知らない天井だ。


  気を失っていたのか?それに頬に感じる心地良い微かな痛みは、なに?


 「いきなり倒れたから心配したの。でも、家具達を巻き込まずに済んでとっても安心したの」


  確かに私もそれは安心だ、と思わなくはないが、私の体の事も少しは心配して欲しいなと思ったりもする。


 「大丈夫なら早く起きて、来て見て確認をして欲しいの」


  私はフォルさんの言葉に釈然としないものを感じながらも、素直にコンクリートの床から起き上がる。


  「はい、これなの」


  フォルさんに渡されたA4サイズの書類を手にして目を向ける。


  御請求書? 一、十、百、千、万、十万、百万。私は請求書と書かれ、七桁の数字が書かれている謎の書類を5度ほど、それも穴が開いてしまいそうになるくらいに見返して見るが、おかしいな? 何度見も請求額が変わらないな?


  その他にも気になる箇所がある。支払い方法はカード払いの一括払いとなっているが、私が持っている秘蔵のトレーディングカードにはそんな効果は付いてないし、とてもとてもお高い高級家具さん達の支払いをするのには無理であろう。謎は深まるばかりである。


  しかし、年下のフォルさんにそんなことを聞くのは、私のプライドが邪魔をしてはばかられる。聞くは一刻、聞かぬは一生とも言うしどうするべきか。うーん悩ましい。


 

「どうですか、なの?」


 「いいんじゃないかな」


「良かったの。店員さん、これでお願いなの」


  しまった。フォルさんの問い掛けに思わず見栄を張って返事をしてしまった。


 アワアワアワ。全身から汗が噴き出してくる。ヤバいよ、ヤバいよ、マジでヤバいよ。


  動悸に息切れ眩暈に倦怠感が私を襲う。これは辛い。感情、気持ちの急激な変化は人の体にこれ程の急激な変化をもたらすものなのか? 


  お医者様は、この店にお医者様はいらっしゃいませんか?


 

 取り乱しまくっている私を見てフォルさんはクスっと笑う。


 「じゃあ、これで支払いをお願いなの」


  そう言うとバックから黒いカードを取り出す。


  あれはデュエルマイスターズのカードか?しかし、そんな黒いカードを私は知らない。


 「これは伊勢様にいただいた魔法のカードなの。これさえあれば戦車だって買うことができるの」


  な、なんですと―。


  私は身を乗り出して黒いカード見る。伊勢君がお金持ちだと言う事は気が付いていたけれども、これだけの金額をポンと簡単に買えてしまう、そんなカードを人に預けても平気な位のお金持ちだったなんて。

 て、言うかそんなトレーディングカードがこの世に存在有るなんてオタ王一生の不覚!!


  フォルさんは、何故か敗北感にさいなまれている私を笑いながら見ていた。


 「オタ王がお金を持っていないことなんて知っていたの。だから始めから期待はしていなかったの」


 ならば、ならば何故なにゆえに、何故なにゆえ此度こたびような、仕打ちを拙者に?。


 「でも、万が一と言う事があるかもしれないから試してみたの。でも現実はやっぱりとても辛く厳しくて甲斐性なしな結果だったの」


  グッ、何も言えない。が、分かったこともある。私は彼女にイジられていたのだ。本日はイジられていたのだろう。

 何の毒気も感じさせない明るく可愛らしい見るものを虜にする笑顔を見せるフォルトゥーナ。

 その笑顔に隠されたの裏側の姿に気が付くことが出来ず、私はイジり倒されていたのだ。



  私は彼女に対して屈辱感や悔しさにと一緒に、何とも言えない感謝、そして僅かな幸福感を覚えた。


 言の葉にすると「大嫌い、でも大好き」


  新しく芽生えた感情は恐らく3分の一の純情。何を言いたいのかなんて、もはや自分ですら分からない。私は混乱する純情な感情を空回りさせたまま、お会計をするフォルトゥーナの後ろ姿をずっと見つめていたのであった。


 


 


 


 


 


 


 


 


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