第二章・旅の仲間
疑惑
嘉永五年二月八日(1852年2月27日)
周囲にはほとんど何もなく、ただかなり高そうなところでぶら下がってるような四角い施設。そんな外観である隠れ里の刑務所の牢屋の一室に蓮介が収容されてから数時間……
「だから言ったのに。おとなしくしてた方がいいって。わたしの予感は当たるんだよ」
「由梨さん」
誰かが会いに来たことを悟った時は正直少しビクッとしたが、それが由梨だと知るや、蓮介は胸をなで下ろす。
「あの」
そして一縷の望みをかけて、彼女にあるお願いをしようとした蓮介。
「天光のやつ、あれはかなり怒ってたよ、仲介役だって危険なくらい。だから、仲直りなら自分だけでやってね」
頼む前から釘を刺されてしまう。
「でもあの、あいつて短気だし。いやもちろん今回のことは俺が悪いんだけども、悪いんだけど」
「まあ、 正直に意見言わせてもらうと、さっさと逃げたほうがいいかも。あいつとの仲直りとかは、私にはどうしようもないところだけど、ここの牢屋から出る手助けくらいはしてあげてもいいよ、私は君に恩があるわけだし」
「恩があるなら、仲直りの方を手伝ってくれてもいいと思うんですけど」
「それはねえ、さすがに命賭けるほどはって」
「わかった、わかりました。この話もうやめて。またちょっと恐ろしくなってきたから」
しかし、蓮介は逃げるわけにもいかなかった。由梨を信頼していないわけでもないが、しかし彼女にはどうしても頼めない別のお願いが、天光に対してあるのだった。
「あの、ちょっといいですか」
由梨が去ってすぐ、蓮介は自分から牢屋の管理者たちを通して、天光を呼んだ。自分から呼ぶ方が、まだ話も聞いてくれやすいだろうと考えて……。
しかし予想に反して彼はすぐには来なかった。来なかった訳ではないが、それは二日ほどしてから。
ーー
嘉永五年二月十二日(1852年3月2日)
「蓮介」
「よかった。来てくれなかったらどうしようかと思ってた」
「用件によってはやはり殺そうと思ってな」
牢ごしに、無表情のまま、あっさりそう言う天光。
「いや、あの」
どうしても少しばかり震えてしまう蓮介。
「本当にごめん」
「まったく」
怒りを和らげたようには見えないが、何か諦めが混じっているかのようなため息をつく天光。
「あ、あの忍者、どうなった?」
とにかく、話を聞いてくれない様子ではないので、大丈夫(?)そうな間に、さっさと本題に入ることにする蓮介。
「さあな」
「そっか」
その返事はまったく予想通りだった。侵入者の処遇は彼には関係のない話だし、別に興味もないのだろう。
「実は、彼の依頼主に心当たりがあるんだ」
蓮介のその言葉には、天光も驚きを見せる。
「雪菜様か?」
すぐにそうでないかと、彼は考えた。
「いや、違うよ、おか、あの人のやり方じゃない。ただ、もっと意外な人かも」
蓮介自身が、まだ確信を持てないほどには。
「そいつの目的もわかっているのか?」
「いや、そこまでは。で天光、わかるだろ。お前にその辺の事を調べてもらおうと思って、もちろん相応の報酬は払う。正直、危険かもしれないから」
「報酬の話は後でいい、前の件に関してもな、今はいい」
今は、という部分だけ声が大きい。どうやら事情をだいたい察して、協力してくれる気にはなったようだが、それとこれとは話が違うらしい。
「あ、ああ」
「で、そいつは?」
そして次の瞬間、蓮介の口から出た名前は、確かにかなり意外だった。
「麻央だ、ほら、あのうるさい奴」
ーー
それから刑務所施設から出てきて、そこから伸びる細道を少し進んでから、下で交差する大きな道に飛び降りた天光。
「雨宮天光」
ついさっき会ったばかりの罪人の母に名前を呼ばれ、振り返る。
「何だ?」
「蓮介に呼ばれたのね?」
「だから? あんたには関係ない話だよ」
里の長の一人に対してとは、とても思えないような態度の天光。雪菜の放っていた威圧感にもまったく臆さない。
「あの子は何を?」
「あんたに話す義理はない」
「後悔するかもしれないわよ」
とはいえ、彼女は少し楽しそうでもあるように天光には見えた。
「仮にあんたに嫌われても、恨まれても、俺にはどうでもいい話だ。もっとも、あんたの本心がどうあれ、実際的には俺に何かするつもりなんてないだろうが」
苛立っているように見せて、内心はかなり慎重に言葉を選んでいた天光。
「私はあなたが知りたい事を知っているわよ」
雪菜の意味深なその言葉は、もう立ち去ろうとする天光の足を止めるには十分だった。
「あんたが?」
「もう少しはっきり言ってあげましょう。私は、あなたの家族を皆殺しにした人を知っているわ」
自分の全てを変えた出来事、父母、そして妹の死。それを引き起こした人物を知っている?
「迷っているのでしょう」
確かに天光は迷っていた。ただ迷っていても、自分がすべき事はちゃんとわかっている。
「それが本当だとして」
そう、ちゃんとわかっている。自分の今の立場くらい。
「どうしたら教えてくれるんだ?」
「簡単な事、あの子のお目付役を頼みたいのよ、あなたが一番適任でしょう」
予想するのも簡単だった雪菜の提示条件。つまり蓮介に対する間者になること。ただ、今、彼が目の前の女の息子を裏切ること、それがどういうことか、彼女は理解しているだろうか。もう感づいているのだろうか。
何にせよ、答は同じだろう。
「その条件は呑めない」
きっぱりとそう告げる。
それからは一言も言葉を交わす事なく、天光はその場を立ち去った。
天光が去った後、しばらくはその場で、息子が囚われている刑務所施設の方を見ていた雪菜。
「蓮介」
一番近くにいる人でも聞こえていないだろう小声。
「もしあなたが……」
それ以上は言葉には出さなかった。
ーー
雪菜の前からさっさと逃げてから、天光は真っ直ぐ麻央の家に向かった。
雪菜のことも気にはなるが、今考えるべきは麻央の事だろう。
カラクリ師の麻央。苗字はおそらく持っていない。年齢も知らないが、二十代くらいだったはずの自分とそう変わらないように見える。お喋りで、相手にすると非常にうっとおしい。そんな男。
何があったのか、どんな根拠があるのか、蓮介は、彼が例の忍者を里に招き入れた張本人だと考えている。
「麻央、いるか? 麻央」
家の前で呼びかけても、扉を叩いてみても反応はない。しかし隠れ里の全ての家の玄関についている、家内に、ある程度以上の大きさの生物がいない時に灯るはずの不在電灯はついていない。
「入るぞ」
とにかく、遠慮なく扉を開く天光。
「ちっ」
扉を開いた瞬間、不法侵入者対策のカラクリが起動したようで、家の天井から銀色のハサミのような何かが三つ、天光めがけ飛んできたが、それらは天光の右手についていた、蓮介のシシに似ているが、細腕の先は球状であるカラクリ、"セイテ"によってはじかれた。
はじかれた三つのハサミは、目にも止まらぬ速さで地面を転がり、一つにくっついて再び天光の元に飛んで来たが、今度はセイテで真下に叩き落とした後、さらに左手の平にくっついた、埋め込まれているようにも見える、四角で黄色、数ミリほどの大きさしかないが、それ自体は巨大な岩をも粉々に砕く事も可能なカラクリ兵器、"ツムジ"の衝撃波を放つ天光。
そしてハサミカラクリが粉々になるやいなや、また新たに何か起動しそうであった、壁の赤く光った部分全てを、天光はツムジによって破壊した。家が崩壊でもしたら大変なので、さすがにかなり抑えてはいたが、それでも後に残った、攻撃された数だけ穴の空いた壁と、地面に落ち、壊れたカラクリの残骸が、ツムジの凄まじい威力を物語っていた。
「麻央」
それから、家の中でも姿の見当たらない家主の名を、再び呼ぶ天光。
「二階にいるのか? 上がるぞ」
二階で彼を待っていたのは、恐ろしい光景というさらなる謎。
ーー
それから数時間後。
「何があったの?」
「蓮介」
なんと蓮介の隣の牢に入れられてしまった天光。
「いったい」
隣同士は壁で閉ざされてるから、表情などは確認できないが、蓮介は天光から、怯えと、少し前にあった時に自分に向けられていたものとは全く違うような怒りを感じた。
そして天光の次の言葉で、そのような怯えも怒りも納得できた。
「麻央は死んた」
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