コトアマ

「とにかく、あいつは俺が止めます」

「ああ、でも蓮介、すでにあいつを侵入させてしまった時点で大きな失敗だよ。これ以上は、今はもう何もしないで、おとなしくしてるほうがいいと思うけど」

「あれは忍者ですよ、外の優れた兵です。今この隠れ里では俺が一番彼をよく知ってます」

 そうして、消極的な由梨をその場に残して行く。しかし蓮介は、逃げまくる忍者の方に真っ直ぐ向かった訳ではなかった。


ーー


 蓮介が迷いもせずに来たのは、特定の所有者がいないカラクリ作品群が保管されている、いくつかの城が連結してるような巨大倉庫施設。

 隠れ里は広い。そして敵は明らかにその内部事情をよく知っている。ほぼ確実に明確な狙いが何かある。

 事情はともかくとして、何か狙われるようなもの、というよりも狙われてまずいものがある場所に待ち構えておくことが、今自分ができる一番のことだと、蓮介は考えた訳だった。

 倉庫施設には、かくれ里内部の者にすらあまり知られていない、貴重な品々が多くある。"祖カラクリ"というテクノロジーそのものとも関わる重要な秘密までも……


「やっぱり」

 そうなのだろう。施設の大きな扉は開いていた。誰かが事前に開けたに違いなかった、あの忍者をここに呼んだ誰かが。


(あいつ)

 本当にすごい。攻撃をかいくぐりながら、しかし倉庫の方に着々と近づいてきている忍者も遠目に見える。

 もしかしたら忍者がどうにかやったのか、あるいはやはり内部に仲間がいるのかはともかく、倉庫施設の扉を閉めるスイッチまでは距離があるし、忍者が来るよりも先に蓮介がそれを閉めることもおそらく無理。

「好都合だ」

 迎え撃ってやる。外よりもずっと逃げ場所が少なくなる倉庫内では、こちらとしても攻撃を当てやすくなる。

 普通の拳銃と比べるとかなり大きい印象の、自身のクーホウを右手で握りしめ、施設の中へと入った蓮介。 と同時に真っ暗闇だった施設内が、一気に明るくなる。


「な」

 こんなことまで、ありえない。いや、ありえない訳ではないのだが、しかしこれは……

「なんで?」

 まずい状況だった、非常にまずい。


 倉庫施設に保管されている多くのカラクリの位置は、本来かなり適当である。だが、その時に限ってはそうとは考えられなかった。

 内部の敵は、蓮介のことを知っているものに違いない。少なくとも彼の"几カラクリ"やテクノロジー史の知識の深さを。

 つまり、ちょうど忍者がひとっ飛びする距離としては、ちょうどいいくらいと思われる距離をおいて、非常に重要で、かつ巨大な"几カラクリ"作品が並べられている。


 しゅう国の周公旦しゅうこうたんが造った、乗っている人形が常に南を指差す指南車しなんしゃの巨大なもの。

 かん国の張衡ちょうこうが造った、水力により動く渾天儀こんてんぎという、卵形の宇宙構造の中で水が物質を運行する世界観を表現した天球儀てんきゅうぎ

 古代ギリシアの悲劇詩人エウリピデスが、大がかりな劇に利用することを好んだ、 天空より舞い降りる全能の神を演出する、機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナと呼ばれたカラクリ部隊装置。

 アレクサンドリアの哲学者ヘロンが造った、あちこち自動化されている神殿。

 地中海に面する都市ガザの無名発明家が造った、ギリシア神話の英雄ヘラクレスと怪物女メデューサを演出に使った巨大時計。

 三十八代目天智てんぢ天皇が利用した巨大水時計。

 さらには、"祖カラクリ"を開発した賀陽親王が造ったとされる伝説的な水ねだり人形を配置した田んぼそのまま、まである。


(狙いは)

 まず間違いなく、見事に並んだ貴重な"几カラクリ"群の先であろう。

(あれか)

 蓮介は、小型の望遠鏡のようだが、ある程度高度な探知システムも備わっている"センリガン"と呼ばれるカラクリを使って、数キロほど奥に固定されているそれを確認した。

 とりあえず裏切り者候補はさらに絞られるだろう。それがそういうものだと知っている者も少ないから。

 一見はただの巨大な鉄の箱。それは本当にただの頑丈な箱だが、問題はその内部にしまわれているもの。"祖カラクリ"というテクノロジーを起動するための、第一動力源であるジンギの一つ、"ヤタノカガミ"。

(けど)

 自分に止められるだろうか。あの忍者に本気で攻撃を当てようというのなら、加減してる余裕はないだろう。だがそれだとあまりにも大切な、重要な遺産が自分のせいで失われてしまうかもしれない。


「蓮介」

 また知ってる声に、我に返る。

天光てんこう

 声の主は、一時期、同じ師のもとで学んでいたことがある友人の、雨宮あまみや天光だった。

「蓮介、お前躊躇するなよ。そうじゃなくても邪魔はするな」

 施設内の状況、近づいてくる忍者、悩んでいるような蓮介を見て、天光はもう、だいたいの状況は把握したようであった。

「お前」

 自分と同じように、クーホウを持った天光。どう考えても彼は、貴重なカラクリ作品など、今の状況において眼中にない。

「いや」

 近づいてくる忍者。後十数秒くらいでくるだろう。

「やめろ」

 クーホウをすぐ隣、味方であるはずの天光に向けた蓮介。

「このバカ、冷静になれ、状況考えろ」

 しかしそれを向けられ、 説得の言葉を発しながら本気で撃たれるなんて思ってもいなかったのだろう。

 そうしてる間にもさらに近づいてくる忍者。後数秒くらい。

 そしてついに来た。施設の中、並べられたカラクリ作品群の内、一番外側にあった渾天儀に飛びついてきた忍者。天光は、クーホウを構え、絶妙なタイミングで、その着地予想点を撃とうとした。がそれは叶わなかった。

「やめろ」

 叫びと共に、蓮介は本当に味方を撃ってしまったから。

「うっ」

「ほんと、ごめん」

 さらに、強い衝撃を受けはしたものの、特に吹っ飛んだりはせず、ちょっと痛みを受けただけのようだった彼に、続けてバクもお見舞いし、意識を一瞬失った天光を完全に眠らせてしまった蓮介。


 そして予想通り、忍者はその貴重な巨大カラクリをそれぞれの着地点として、ヤタノカガミがある奥を目指した。


(でもとにかく)

 蓮介はフージンを使って、すぐに忍者をまた追いかける。

 ここまできて、さすがの忍者も疲れがあるのか、大した速度でもなく、追いつくだけなら簡単だった。だがクウホウはやはり撃てなかった。フージンで追いかけながら、飛んでる最中の敵に照準を合わせるのはさすがに難しすぎる。


 そして、忍者は、いよいよヤタノカガミが入った箱にたどり着いた時点で、その動きを止め、追いかけてきた蓮介に振り返った。


「お前がそれに何をするつもりか知らないけど、どうにもできないぞ。運ぶこともできないし、壊すこともできない」

 クーホウを、今度は箱の上に立った忍者に向けた蓮介。

「口以外、ほんの少しでも動こうとするのを感知したら撃つからな」

「ここまで来たら」

 余裕なのか、興味がないのか、忍者は無表情のまま。

「あとはこれを落とすだけと」


 逃げようとしたわけではない。ただ、手を動かそうとしたのに気づいたから、警告していた通りに蓮介は撃って、忍者は強い圧力を受けて、二十尺(6メートル)くらいの距離、吹っ飛んだ。

 同時に蓮介は、もう一つ気づいてしまっていた。

 もうどうしようもない。本当に、どこのどいつかは知らないが、彼をここに呼んだ者は……


 忍者は"コトアマ"というカラクリを持っていた。その形はいろいろだが彼が持っていたのは、ただの球体の形。忍者はぶっ飛ばされたが、その球体のコトアマは、ヤタノカガミを入れた箱の上に落ちた。もはや箱という障壁なども無意味だろう。


 コトアマは、"几カラクリ"でも"祖カラクリ"でもない唯一のカラクリ。起動条件を満たした場合、決して破壊することが不可能なジンギの、その機能を無効化してしまうというだけのもの。

 蓮介はそれを噂でしか知らなかったが、忍者がそれを持っているのを見た時、すぐにその可能性に思い至った。

「こんなこと」

 蓮介はとにかく球体を拾って、生身の自分よりも遥かに強いだろうシシの手でそれを持ち、勢いよく地面に叩きつけた。さらに粉々に破壊したそれの破片を、持っていた袋に全部入れた。

 箱を開けるのは一苦労だが、一部を外して中を確認するだけなら数分でできた。そして中を見ると、ただの円盤みたいなヤタノカガミはあった。やはり本来は放っているはずのいくつかの光を放ってなかったが。

 つまりそれは機能を停止していた。


「お前、どこでこれを?」

 倒れていて、意識がしっかりあるかどうかもわからなかったが、蓮介は袋を忍者の上で見せて聞いた。

「なぜ攻撃できた? お前たちのそのカラクリ、全部止まると聞いていた」

 任務が完了したからだろうか。衝撃を受けて苦しそうにしながら、しかしどこか緊張感を失っているようでもあった忍者。 

「あれだけじゃ大した影響はない。ジンギは他にもあるんだ。それに普通コトアマお前が使ったやつは、一時的なものでしかない。複数のジンギは、それぞれでもつながってて修復機能があるから」

 それは言わなかったが、機能停止した一つのジンギの修復が完了するまではだいたい一年くらい。つまり、本当の意味でジンギというシステムを完全停止させたいのならば、その全てを一年以内に、コトアマによって止める必要がある。

「何をどこまで聞いてたんだ?」

「さあ、そんなことがわかるわけないだろ。何を知らないのかを知らないのに」

 そして忍者は眠ったようだった。


ーー


 ヤタノカガミの停止から数時間後。

 蓮介は、立方体の形をした建物の中で、三人の最高議長を含む、多くのカラクリ師たちに囲まれていた。

「お前の息子だからといって特別な処置はないぞ、雪奈」

「わかってるわ」

 伽留羅の言葉に迷いなく頷く雪奈。彼女もまたかなり怒っているのは、蓮介にはよくわかる。

 それも仕方ない事だろう。

 結果的に隠れ里内の者たちに直接的な被害はなく、侵入者である忍者、亜花も捕まったが、それでも彼をなんとか出来る時になんとかせず、あげくは仲間であるはずの天光を攻撃した蓮介の責任は重大であった。

 だからこそ、蓮介の処遇を決めるための会議はすぐ開かれた。

 

「お前を先一年の禁固刑に処す」

 その最終判決は意外だった。

 侵入者の間接的な手助け、仲間への攻撃、その結果であるジンギの一つの停止。本来なら死罪でもおかしくないような罪である。

「あの「蓮介」

 何か言おうとするも、すぐに自分の方を向いた母の、余計な事を言うな聞くな、という意図を汲み取り押し黙る蓮介。

 確かに、せっかくの予想外に軽い刑罰に、わざわざ意義を申し立てる事はないし、気にしてもしょうがない事だ。おそらく調査人としての自分の功績を考慮しての処置なのだろう。もしくはやはり、何だかんだで長の息子という事での特別待遇があったのかもしれない。


 しかし少なくとも、一年間の牢屋暮らしが決まった蓮介であるが、結局彼はすぐに解放され、また新たに旅立つ事となる。

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