繋がり
麻央が死んでいた。それも、まず間違いなく殺されていた。それは蓮介にとってもかなり衝撃的だった事実。
「お前が?」
「違う」
「でもそう思われた」
「まあな」
そう、蓮介の悟った通り。厳重な家の守りを壊した天光は、それを壊さなければ手を出せなかったはずである麻央を殺した下手人でないかと、疑われてしまった訳である。しかしはっきりした証拠はないので、とりあえずは死罪でなく、牢行きで済んだのだった。
「なあ、蓮介」
あらためて天光は聞いた。
「お前、なぜあいつが忍者の依頼主だと思ったんだ?」
「それは」
蓮介が麻央を怪しんだのは、自分の行き先を知っていたのは彼だけだった事が一つ。四条烏丸の
さらに忍者の行動から、依頼主はまず間違いなく隠れ里をよく知るカラクリ師であり、外部で蓮介と関わった者たちは考えにくい。
そもそも麻央は、調査人である蓮介が、すぐに帰って来るのを知っていたろう。倉庫に置かれていた"几カラクリ"の傑作群も、明らかに蓮介の攻撃を抑制し、実際そうなったように、彼に味方の邪魔をさせるための物だった。つまり蓮介のことをいくらかは知っている彼が、やはり怪しい。
麻央は全ての条件に合っている。
「天光」
しばらくの沈黙を唐突に破る蓮介。
「一週間、新たに何もなかったら脱獄しよう」
「わかった」
天光はそれだけ返し、牢のベッドに倒れ、目を閉じた。
ーー
嘉永五年二月十三日(1852年3月3日)
大御殿の、最高議長のみが出入り出来る
「三人だけになるのは初めてだな」
特にその事に関して、何かを思ったりしている訳ではなさそうな、無表情の伽留羅。
彼の言葉通り、部屋に限らず、三人が三人だけで話をするために集まったのは、三人の中では一番最後にその地位についた雪菜が最高議長になってから七年、初めての事。
「それで何の用だ?」
他の二人を呼んだ雪菜に、伽留羅はまず問いかける。
「少し聞きたい事があってね」
「余計な詮索はしない方がいいんじゃないのか? 大切な息子のためにもな」
「さあ、それはどうかしら」
妙に挑発的でもあった伽留羅に、まったく動じる事もない雪菜。
「率直に聞くわ、あなたたちの内どちらなの? あの忍者をこの国に招き入れ、そして麻央を殺したのは?」
当然であろうが、その質問から一気に場の雰囲気は変わった。伽留羅の表情はすぐに敵意むき出しとなる。さっきから一言も喋らずにただ突っ立っている海燕も、値踏みでもするように雪菜の方に視線を向けた。
「蓮介は忍者の依頼主を麻央だと考えたそうよ。そして天光に調査を頼んだ。二つの出来事の黒幕は、十中八九同じ人物に違いないわ」
そして雪菜は、その黒幕が目の前の男二人のどちらかだと確信しているようだった。
「あの忍者は明らかに蓮介を利用すべくして利用していた。忍者の背後には必ず彼をよく知る者がいるはずだ。あの麻央とかいう悪戯者を殺したのが天光でないとしたら、状況からいって、本当の殺人者は相当の技術を持ったカラクリ師という事になる。二つの出来事に繋がりがあるなら、確かに私たちを真っ先に疑うのは妥当な所か」
まるで他人事のように延々と語る海燕。
「だが理由がないぞ。それらを仕組んだとして我々に何か利益があるとでも?」
海燕とは対照的と言えそうなくらいに、怒りの感情をはっきり見せていた伽留羅。
「あるでしょうね、少なくとも蓮介や天光よりは」
強気に、伽留羅と睨み合う雪菜。
「私たちがこんな状態では隠れ里の終焉も近いな」
何を考えているのか、相変わらず無表情な海燕。しかし実はその無関心を装った態度は、自分の方の手の内はなるべく明かさず、しかし求めている情報を少しでも得るための策だった。
雪菜も伽留羅も考え込むように黙った。二人とも同じだろう。海燕の真理をはかりかねていた。
「とはいえ私も、雨宮天光のことは知っている。彼に何か理由があって、あの麻央という小僧を殺そうとするにしても、今回のような愚かな展開にはならないだろう。普通に考えるなら、彼に罪をかぶせた誰かが いると考えるべきだろうな。しかしその誰かが、蓮介を利用し、忍者を
それから海燕は、雪菜を見たが、彼女ももう何も言わない。伽留羅もだが、やはり海燕に関して、どう考えるべきか、判断に困っている様子。
「今は、もう話がないなら、私は失礼する」
しばらくの沈黙を破って、それから海燕は平然と奥部屋を後にした。
「あれについて、どう思ってる?」
一人少なくなったその場で、さっきまでとは打って変わって、敵意もなく落ち着いていた伽留羅。
「まだ、難しいわね」
雪菜の方も、すっかり毒気を抜かれた様子だった。
ーー
大御殿からも出た海燕が真っ先に向かったのは、自身の暮らす館の客室であり、そこには牢から特別に呼び出された蓮介と天光が待っていた。
「蓮介。雪菜について、どうだ? 何かわかるか?」
見た目はただの石のようだが、音を保存し発信出来るカラクリ"ヒソ"。そのヒソを使って、ほんの数十分ほど前の、奥部屋での自分たち、最高議長三人の会話を蓮介たちに聞かせる海燕。
「これだけじゃさすがに」
自身の母である雪菜に関し、会話を参考として、何を考えているのかの推測を頼まれた蓮介だが、母の心理についてはわからなかった。
「まあ仕方ないか」
はなから期待はしていなかったようである海燕。
「それで、俺まで呼んだのは?」
尋ねた後、退屈そうにあくびをする天光。
「そうだな、もったいぶっても仕方がないし、単刀直入に言おう。お前たち二人に、私からある重要な仕事を頼みたい。おそらく私が、お前たちに直接依頼する最初で最後の仕事だ」
ずいぶんとあっさりと告げた海燕だが、蓮介は目に見えてはっきりと、天光も少なからず表情を重く変えた。二人共、任務の具体的な内容は知らずとも、その事によって変わるだろう自分たちの立場はよくわかっていたのだ。
「ああ、一応言っておくが、頼むのもこれが最初で最後だ。断るならお前たちと私の繋がりも消える」
まるで思い出したように付け足す海燕。
「約束は守れるんだろうな」
「ああ」
天光の問いにすぐさま頷く海燕。
「なら俺には断る理由もない」
「俺もやるよ」
天光から間をおかず、蓮介も話を承諾した。
「それはいい返事だ。それでは任務内容を一度だけ言うから、頭によく叩き込め」
それから前置き通り、任務内容を説明し始める海燕。それは、カラクリ隠れ里の最大最後の内戦の始まり、先制攻撃でもあった。
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