蜘蛛の化物vs武士(巻第一「一条もとり橋のはけ物の由来の事」)
いつの頃か定かではないが、京の戻り橋のあたりに、夜な夜な化物が現れるという噂があった。
ここに位が高い、名のある武士がいた。
その頃の彼は、世間をつまらなく思い、洛中をぶらぶらとしていたが、富貴の家の余光もあり、気づまりに過ごしていた。そんなところに戻り橋の化物の噂を聞いて、
「それにしてもどんな化物であろうか、ぜひ見届けてやろう」
と思い、ある夜、戻り橋のほとりに桟敷を設けて、妻と連れ立って化物が現れるのを密かに待つことにした。
するとそこへ、常日頃から武士の屋敷に出入りしている座頭が、通りがかって、
「殿はいったい何をなさってるんで?」
と訊くものだから、これこれこういうわけで、と説明してやった。
それを聞いた座頭は、
「お供の皆様も含めて、こうも人がいては化物もやって来ないでしょう」
と云うので、武士は、自分は妻と二人で桟敷に、他の人々は離れたところに、と分かれて待つことにした。
「二人だけでは退屈なので、伽でもしてくれ」
と武士が座頭を呼べば、
「それは御尤もな事にでございます、であれば」
と応えて桟敷にやってきた。
武士は格別に喜び、宵には座頭に平家を語らせ、慰みとしたが、夜更けになり、人も静かになれば、さすがに夫婦二人とも殊の外眠くなってきて、化物を見逃すまいぞと互いに起こし合い、眠ろうとすればこれを止めていたが、遂に意識も朦朧としてきて、どちらともなく、うつらうつらと寝入ってしまった。
そこで突然、座頭が二人に飛び掛かるや、にゅーっと手を伸ばして、二人を頭から抑え込んだ。
武士は目を覚まし、
「よしきた! えい!」
と起き上がり、太刀に手をかけようとしたが、そこで網にかかったかのように手足が思うように動かせないことに気づく。
ようやっと力づくて縛を弛めると、相伝の来国光の太刀で以て、化物を斬り払い、一太刀斬られて少しひるんだところを続けざまに五太刀見舞って突き飛ばしてやった。
さて松明で照らして見てみれば、座頭であった化物は、手足は龍のごとく、長さ一丈三尺五寸もあり、頭はかの酒呑童子のごとし。
これぞ蜘蛛という蟲の、功を経て人を化かすようになったものであろう、と思った武士は、その後、橋の下に化物の死骸を晒し、道行く人にこれを見せたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます