鬼神を愛してしまった男(巻第一「女のまうねんは性をかへても忘れぬ事」)

 数年来、修行してきたある僧が、何か思うところがあったのか、一人の女に入れ込んで還俗した。


 そうして年月が過ぎたところで、この僧、つくづくこれまでの人生を思い返して、

「一度は出家の身となって、滅多にない立場にありながら、このまま空しく三途に帰ろうとしている。かえすがえすも口惜しいことだ」

と思い、ちょうど近所に尊き聖がおり、よくよく申し上げて、その聖の下で再び修行の日々を送り始めた。


 一方、僧と暮らしていた女は、彼が再び修行を始めた後も、折を見て寺を訪ねてきた。僧は女を疎ましく思うものの、この女、日頃から常軌を逸して気性が荒く、その度になんのかのと言いくるめて、やっとの思いで宥めて帰えらせる、という日々が続いた。


 そんなある時、僧は病にかかり、苦しみ始めた。

 病床にかねてよりの友人である僧を呼ぶと、こんな頼みごとをした。

「もしあの女が私を訪ねてきたら、『彼なら寺社へ参拝に出かけました』と伝えてくれ」

 案の定、女が寺へとやって来た。僧の居場所を尋ねられた友人の僧は、頼まれたとおり、

「彼なら昨日、寺社へ参拝しようという気持ちを起こして、どこへ行ったのやら、出かけていきましたよ」

と答えた。女は少し顔色を変えたようであったが、そのまま帰っていった。


 さて、その後、僧は快癒することなく、遂に涅槃に入ったのだった。

 日頃のこともあり、流石に知らせないわけにもいかないので、院主から女へ使いを出した。

 報せを受けた女は急いで寺までやって来ると、少しも嘆いた様子もなく、こう言い出した。

「この僧は五百回生まれ変わる以前より、我々の仇であった。こやつが成仏しようとすれば、色々と形を変え、この身を変じて、障碍を成して妨げてきたのだ。今生も、もし死に目に遭ったなら、なんとしても往生は遂げさせてやるまいぞと思っていたのだが……」

と憤怒の気色で、みるみるうちに、身の丈二丈はあろうかという鬼神へと変じ、口から火焔を吐きながら、天へと昇っていった。

 しばらくは雲の隙間にその姿が煌めいていたが、やがてそれも見えなくなった。


 このようなことは仏の教えでも説いていると云われ、わが身のことと恐れて、普段から慎ましく生きるべきである。

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