第44話 勇美は死にたがり屋

 実は先日、フェーミナから怪獣の事について聞かされていた。


『怪獣はここや私の出身地とは違う異世界の存在です。出現の前兆の際、レーダーやソナーが反応しないのはその為でもあります』


『やっぱりそうなんですね……』


 俺が思っていた事を舞さんが代弁してくれた。

 怪獣は「別次元から来た」か「舞さんのような能力を持った者が生み出した」のどちらかと思っていたが、やはり前者の方が正しかったようだ。


『それで怪獣の目的が何なのか分かるのか?』


『いえ、彼らが他の異世界に侵攻するというのはこれが初めてなので、生態についてはよく分かっていません。さらに彼らの世界は、我々観測者でも覗く事すらできない不可侵の領域でもあるので……』


『となると結局分からないままか……』


 俺は落胆した。

 といっても、怪獣の目的を知って何になると言われたら返答に困るところ。


 とりあえず奴らが異世界出身だと分かったので「怪獣の製作者を見つけ出して制裁する」なんてやり方は出来ない事が分かった。

 引き続き怪獣の謎を解明しなくてはならない。


 ちなみにこの会話なのだが、舞さんが風呂上がりからのスキンケアをしつつ、スマホで通話するという会話の重要性とは裏腹な日常場面で行われた。


 ともかくこれからも怪獣を倒していこう。

 そう決心した俺達だが、まずやるべき事があった。それはケートス討伐から数日経った時に決行された。


「……えっ? ごめんもう一回言ってくれるか?」


 俺と舞さん、光さん、そして勇美さん。このメンバーである店のテーブルに座っていた。

 その勇美さんが目を点にさせている。


「えっとね……実は私、怪獣が好きなんだ。それで怪獣を実体化できる能力を持ってて……」


「そしてわたしは正義の巨人に変身できます。これが証拠です」


「……っと、初めまして結川勇美さん。私は光の中にいる巨人フェーミナ・アルマです」


 舞さんが自分の能力を明かし、光さんがアルマライザーを取り出す。

 そのアルマライザーがフェーミナ人間態へと変わった。


「あっ、どうも……え? え? えええ……?」


 勇美さんがオロオロと目を泳がすばかりか、いつの間にか取り出したハンドグリップをカチャカチャ動かしていた。


 そういえば光さんが「証拠見せたらハンドグリップ使って~」とか言っていたが、まさか本当に実行するとは……。


「えーと……舞は怪獣が好きなんだ?」


「う、うん……」


「それは別にいいと思うぞ? 美少女が怪獣好きってギャップがあるというか……これからも突き進んだ方がいいな」


「ギャップって……」


 反応に困ってますと言わんばかりの舞さん。


「でもありがとう……嫌な顔をするかと思ってたから」


「そんな奴がいたら私が殴るがな。それと怪獣と戦ってる5号って……もしかして舞が作った奴?」


「うん、まぁ、そうなるか……」


「実は勇美さん、その怪獣5号ってのは俺なんだよ。信じられないと思うけど」


 舞さんが濁しながら返事する前に、俺自身で打ち明けた。

 その事で舞さんと光さんが驚いてしまう。


「悠二君、別にそれは明かさなくてもいいって!」


「そうだよ! 打ち合わせの時に言ったじゃん!」


「いや、2人が話してくれたのに俺だけはそうしないってのはやっぱおかしいって。いずれバレるだろうし」


 実は2人から、俺の正体の事を話さない方がいいと言われていた。


 普通の人間が異能を持っているのと、実は親しい人間が怪獣だったとでは訳が違う。

 俺はその辺を理解した上で打ち明けたのだ。


「えっ? 嘘? 冗談?」


「いや、これが証拠」


 以前、両腕の爪を鋭くさせるという能力を発現した事がある。それを勇美さんに見せ付けた。

 彼女は腕を見下ろしたまま、口をポカンと開けている。やはりこうなってしまう……想定内だ。


 それでもこうして話したのはいずれバレるから。

 そしてもう一つ、勇美さんを信頼しているからだ。


 勇美さんは今までの光さんと違い、怪獣に忌避感を持っていなかった。

 彼女なら俺の事を恐れない……と思いたいが、それとは真逆の事が起こる可能性だってある。

 今、俺はどう出るかと心臓がバクバクしていた。


「可愛い悠二君が……怪獣5号……? えっ? ええええ……?」


 今度は両手でハンドグリップを動かしていた。


 混乱の紛らわし方が斬新だな……。


「……悠二君が怪獣……」


 困惑しながらも、勇美さんが俺を見つめてくる。


 俺は一切、彼女から目を逸らさなかった。

 自身が本気だという事、勇美さんを信じている事を暗に伝える為だ。


「……ああもう! 決めた! 怪獣であっても悠二君は悠二君!」


 バンとハンドグリップを置いた後、俺に近付いて抱き締めてきた。

 いきなり何ぞや……あまりの事で俺が動転してしまう。


「この身体のほどよい柔らかさ! 両手で包み込めれるくらいの小ささ! 顔の可愛さ! こりゃあどうみても人間のショタだよな!?」


「「は、はい……」」


「たとえ悠二君の正体が怪獣だとしても、私は信じるから! 悠二君は人間のショタだ!」


 やけくそ気味な言い方をする勇美さんに、舞さん達が唖然としている。

 ただ、俺は受け入れてくれた事に嬉しくも思えてきた。勇美さんは色々と考えた末、俺を人間として扱ってくれたのだから。


「勇美さん……嬉しいは嬉しいけど……苦しくて……」


「ん? ああごめん! 私つい!」


「い、いや大丈夫……それと信じてくれてありがとう。俺、どう言われるのか不安だったからさ」


 勇美さんが離したのを機に、俺は軽く微笑んだ。

 その瞬間、彼女の顔がトマトのように紅潮する。


「悠二君の微笑み……尊い……死ぬ……」


「勇美ちゃん、死んじゃ駄目だって! 気持ちは分かるけど!」


「そうだよ勇美! この程度で死んだら推せなくなるよ!?」


 何だろうこれは……。


 3人の会話がどこかおかしいと思うのは自分だけだろうか。

 例外は遠巻きで見ていたフェーミナだが、ふと同情するような目で俺に振り向いてきた。


「大変ですね、悠二さんは」


「まぁ、うん……」


 俺はぎこちなく返事するしかなかった。

 そうしていると俺達の元にウェイターがやってきて、テーブルにある物を置いてきた。


「お待たせしました。ごゆっくりとお楽しみ下さいませ」


「ついに来ましたか……」


 喉を唸らすフェーミナ。


 ティースタンドと呼ぶ三段重ねのトレイと、その上に載せられた軽食とお菓子。そして全員に配られた紅茶。


 これはイギリスで有名な『アフタヌーンティー』という食事作法。

 俺達はそのアフタヌーンティー専門の店にいるのだ。


「さてと、この辺でお開きにして一緒に食べようか! 悠二クンとフェーミナも遠慮しなくていいよ!」


 光さんの父の友人がこの店の経営者らしい。

 友人の伝手により、この店を貸切る事が出来たのだ。おかげで俺達以外に客はいない。


「……アフタヌーンティーなんて初めてだよ……」


 緊張しているどころの話ではない。


 基本アフタヌーンティー専門の店は、一般人が簡単に手出しできない値段をしている。それは前世の世界だけではなく、こちらの世界でも変わっていない。

 店の内装も煌びやかで、まるで王室にいるかのような錯覚をもたらしてくれる。そんなところに俺がいるなんて、前世ではありえない事だ。


 さらに舞さん達は色々と個性的だが、れっきとしたお嬢様方。

 こういうのは日常茶飯事かもしれない。


「ではいただきます。……ふむ、このキュウリのサンドイッチ、なかなかの味ですね」


「そのサンドイッチはイギリス貴族の好物だって。舞達も食べて食べて!」


「うん。あっ、美味しいー」


 舞さん達がティースタンドに載せられた料理を食べていった。


 俺は喉が乾いたので、紅茶に砂糖を入れてから飲んでみる。

 するとこれがまた美味い。甘味と香ばしさが互いを引き立てている。


「あ、あの、悠二君」


「ん?」


 勇美さんに振り向くと、彼女がおどおどしながらサンドイッチを持っていた。


「どうしたの?」


「いやあの……も、もしよかったら……あーんしていいかな?」


「…………」


 まさか親以外であーんされるという……。

 差し出したのに食べないのも失礼なので、俺はそのサンドイッチをくわえた。キュウリのパリパリ感が口の中に広がる。


「悠二君があーんしてくれた……やっぱり死んでもいい……」


 対し勇美さんが涙を流して、嬉しそうな顔をしていた。

 一体何故なんだ……。


「勇美ちゃん、まだ寿命があるから! あとあーん出来てよかったね!」


「ショタコンいさみん!! あんたはこの程度で死ぬ女なの!?」


 それとお二方、言い回しがすごいアレなんですけど……。


 なおこの状況下でも、フェーミナはもりもりとお菓子を堪能していた。

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