5章

第43話 夏になりました

 7月中旬。すっかり日差しが暑くなった日々になった。


 数週間前、俺は舞さんと光さん達を話し合わせ、その後に巨大怪獣6号タイタンを撃破した。記念すべき光さん&フェーミナとの初共闘である。

 それからというものの、案の定と言うべきかツイットにおいてその事が取り上げる事になった。


《なんか急にアルティっぽい巨人が出てきて、5号と共闘しているんだけど。防衛軍基地の怪獣6号を倒したとか》


《怪獣5号と巨人が共闘とかマ? 2人の間に何があったし》


《巨人はどうみても女性っぽいから、きっと5号に手取り足取り調教されて……》


《待て。5号が雌という可能性があるだろ? つまり百合の可能性がなきにしもあらず……》


《何……だと? 怪獣(♀)×巨人(♀)とかなんて新ジャンル……》


 中にはおかしな文章もあったのだが、要は俺と光さん達がどういった関係なのか……暇潰しにも似た議論が中心となっている。


 もちろん俺はその事を公表するつもりはなかった。

 そもそも真実を語っても、誰も耳を傾けないのがオチだ。こういうのは俺達だけの秘密にしておきたい。

 

 ともかく俺は彼女達と協力して、怪獣退治にいそしんでいた。

 今日もまた怪獣が出現したので出動したのだが、今回の戦場は街でも山でも防衛軍基地でもない。


「もう一度聞きますが、本当に呼吸は大丈夫なんですね?」


「ああ。びっくりするくらい呼吸できる。会話もできるってのもすごいよ」


 青白い水に包まれた空間に、優雅に泳ぐ魚の群れ。その下に生えている珊瑚。


 そう、ここは海の中だ。


 フェーミナはあくまで巨人なので窒息の心配はなさそうだ。

 何故巨人だと平気なのかと普通は思うだろうが、元々光の巨人は水中にいても窒息した事はないので、つまりはそういう事なのだと思われる。


 そして俺も潜ったところ、同じように窒息しなかった。

 特にプロフィールに「水中呼吸が出来る」とか書いた訳ではない。ただこれについてはある仮説が浮かんでいた。


『私もそうなるなんて思ってもみなかった。何でだろ?』


「その辺はハッキリ言えないけど、もしかしたら舞さんの考えというか解釈が俺に反映されるかも」


『私の解釈?』


 通話越しでも、舞さんの言葉に怪訝けげんさが増すのが分かった。


「舞さんは多分『怪獣は窒息しない』って思っているはず。その考えが勝手に俺に反映されて、水中呼吸が出来るようになった……っていうのが俺の推測」


『ああ、なるほど……』


「あと、地中潜行の時に怪獣の位置を把握できるのも、その影響じゃないかな。『怪獣は地中を潜っても敵を見失わない』って思ってそうだし」


『言われてみれば……ちょっと勉強になったかも』


 要は舞さんのイマジネーションが能力に影響を与えているという事だ。

 怪獣に対抗するために能力を発現したという触れ込みであるが、改めて思うと凄まじいポテンシャルが秘められているように感じた。


「話の途中申し訳ないのですが、そろそろ奴が来ます。戦闘準備を」


「おっと」


 フェーミナの言葉に真正面に向く。

 

 ここにいるのは敵の怪獣が来るのを待ち伏せしていたからでもある。

 前方を見やれば、その敵の姿があった。


「あれか……」


 鋭い牙を備えた巨大な顎、丸太のように太い胴体と手足、長い尻尾。それらを覆う黒い鱗。

 パッと見ではワニのような姿をした怪獣だ。ただ背中の鱗だけは鋭い棘のようになっていて、さらに頭部の側面には1対のヒレが付いている。


 尻尾をくねらせながら海中を泳ぐと、周りの魚が怯えるように逃げだす。

 さらに奴が俺達を確認し、大口から咆哮を出した。


 ――オオオオオオオオオオオン!!


「奴が上陸する前にここで叩いておきましょう」


『腕が鳴るねー』


 ファイティングポーズを取るフェーミナと光さん。

 俺も威嚇の意味合いとして牙をむき出しにし、喉をグルルルル……と鳴らした。


『あの怪獣には「ケートス」と名付けるね。それから私の目の前にしか召喚できないから、そこにアメミット出す事が出来なくて……ほんとごめん』


「大丈夫だよ。3人いれば十分」


 さすがに海の中に連れていける訳がないので、舞さんは地元に待機させている。

 ケートスと名付けられた怪獣が大口を開けて迫り来る。すると先にフェーミナが飛びかかった。


「フェーミナ!」


「心配無用です!」

 

 フェーミナとケートスが激突する。この時にケートスが俺達より何倍も大きい事に気付いた。

 フェーミナというと、奴の目の上辺りに取り付いている。


「その目を潰していただきます!」


 フェーミナの宣言通り、貫手をケートスの右目へと突き刺した。

 ケートスが目を潰されて悶える間、彼女が右手を上げる。


「≪アルマセイバー≫!!」


 前腕から伸びる光輝く剣。それを振るって頭部のヒレを斬り裂いた。


 ここでフェーミナが下がると、ケートスが彼女へと口を開ける。

 喰らい付くのかと思えば、喉の奥から海を歪ませるような衝撃波が放たれた。

 

 フェーミナがかわした直後、そこにあった珊瑚礁が鈍い音を上げながら粉砕される。

 さらに大きなクレーターが出来上がった。


『何今の!?』


「奴は衝撃波を弾丸のように発射するようです。悠二さん、気を付けて下さい」


 光さんの疑問に対してフェーミナが解説する。

 俺は無言で頷きつつケートスを捉える。奴は俺に対しても衝撃波を放とうとしていた。


「出来るかな……っと!」


 ぶっつけ本番になるが仕方がない。俺は衝撃波を避けつつ尻尾をくねらせた。


 ――成功した!


 まるで怪獣王のように優雅に泳ぐ事が出来た。やはりこれも舞さんのイマジネーションの影響かもしれない。


 そうと決まれば接近するのみ。

 ケートスが次々と衝撃波を放ってくるので、俺はその猛攻を掻い潜る。ある程度接近した後、防御が薄い腹へと≪ロングテイル≫を放った。


 見事、腹に尻尾が突き刺さったところで≪暴龍雷撃≫。タイタンから奪った電撃技だ。


 ――グウ!!? ガアアアアアア!!! ギャアアアアア!!


 棘から発した電撃が尻尾を経由し、ケートスに流れ込む。

 当然、奴は膨大な電力を受けて痙攣する。そのまま潰れていない片目が白く濁っていき、ぐらりと力尽きた。


「やりましたか?」


「それ言わない方が……ああでもやったか」


 テンプレに突っ込んでしまったが、一方でケートスがもやとなって海中に溶け込んでいく。

 何とか討伐は成功したようだ。


『いやぁ、何とかなったね! 図体の割には大した事なかったけどさぁ』


「光に同意です。ただ我々がアメリカまで赴く事になるとは……」


『まぁ、アルマライザーがあればひとっ飛びだし、別にいいじゃない?』


 光さんとフェーミナの言葉通り、ここはアメリカの沖なのだ。


 もし上陸を許せば、怪獣側における初のアメリカ襲撃になっていた。

 現代兵器が効かない怪獣が暴れれば、軍は間違いなく核を使ったりするはず。そうなる前にここで仕留めた訳だ。


 というかよくよく考えれば、人間が決して勝てない怪獣を倒していく俺達って相当チートだな……。


「怪獣を倒せるのは同じ怪獣、あるいは光の巨人」という鉄則があるとはいえ、こうも簡単に倒すのはかなりすごい事だ。

 もし俺の正体がバレたら防衛軍が人体実験したりして……そんな猟奇的な事が起こらないよう祈りたいが。


『お疲れ様、皆。戻ってきたらケーキ食べる?』


「おっ、それはいいな。ちなみに今回の戦闘の感想は?」


『……最高でした……初めての水中戦が見れて涙が……』


「おお、舞さんが嬉し泣きするとは」


 彼女の嬉しそうな顔が想像できる。

 俺も初めての海中戦闘で上手くやれてよかった。

 

「では悠二さん、そろそろ戻りましょうか」


「ああ、頼む」


 敵がいなくなったのでここには用がない。俺とフェーミナの周りにバリアが形成された後、素早く日本へと戻った。

 戻った時間はたったの3分程度。ジェット機顔負けの速さにはただただ感服するしかない。


「ちょっと疲れたから一旦休憩すっか」


 人気のない日本の海岸に着いた後、俺達は人間の姿に戻って砂浜にへたり込んだ。


「怪獣退治ってのはやっぱ大変だわ~。少し休んだら舞のところに戻ろうよ」


「うん。悪い舞さん、もう少しだけここにいさせて」


『うん、大丈夫だよ。ゆっくり休んでて』


 舞さんの了承を経たので、俺達はその通りにした。

 夏間近というだけあって、海からの潮風が心地よく感じる。こうやって海を眺めるのも悪くない気分だ。


「ねぇ、悠二クン。見てみて」


「ん、どうしたの?」


「実はさっきのケートス戦、もうツイットに書き込まれているんだよ」


 光さんが持っているスマホを覗き込んだところ、英語のツイートがズラリと。

 アメリカの出来事だからあちら側が書いたらしい……が、英語なんて未知の文字なので全然分からない。


「何て書いてあるんだろう?」


「英語読めるから言うね。『さっき軍が報告してたんだけど、5号と巨人が上陸する前の怪獣7号を倒したらしい』」


「よく分かるなぁ……」


「まだまだあるよ。『なんていう事だ……あの7号は潜水艦を撃沈した奴だぞ! 5号は化け物か!』『黙示録の獣!! そうだ、5号は神が遣わした黙示録の獣だ!!』『巨人はさながら使徒って訳か! おお神よ!!』……って感じ」


「おおげさすぎ!!」


 俺はそんな大層なものじゃないよ!!?


「よかったね~、黙示録の獣さん!」


「光さんまでも言わんでくれ!!」


 何でこう、ツイットの人間は百合とか黙示録の獣とかに例えるのか。

 俺はただ人間に害を与える怪獣を倒しているだけなのだが……。


「……ん?」


『どうしました悠二さん?』


「あっ、いや。何でもない」


 明後日の方向に向いた俺に、アルマライザー状態のフェーミナが尋ねてきた。

 何となく、誰かに見られたような気がしたのだ。そもそも視界の隅に何かが映ったような気がする。


 何かの……丸い物体だったな。

 もしかしたらドローンだったかもしれないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る